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森保一監督インタビュー(前編)
日本代表の森保一監督は、365日、頭をフル回転させている。
休日はある。それでも、サッカーが、日本代表が、頭から離れることはない。
欧州視察前に実施したこのインタビューでも、日本代表と日本サッカーへの思いを熱っぽく語ってくれた。日本代表の活動がなくとも、指揮官は常在戦場のメンタリティなのである。
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── 2026年の北中米ワールドカップ・アジア最終予選で、順調に勝ち点を重ねています。そのなかで「世界一を目指す」という発信がありました。
「みなさんは『世界一』ということに対して、何か特別感を持っているのかなと感じます。日本サッカー協会(以下:JFA)は2005年宣言で、『2050年までにワールドカップを日本で開催し、日本代表はその大会で優勝チームになる』と言っています。この目標へ向かっていく、ということが僕の真意です」
── 2005年宣言は記憶していますが、「2050年までに」がいつの間にか抜け落ちて、2050年のワールドカップで達成する目標との認識になっていました。
「今から本当に優勝を目指して成長していかなければ、2050年までに達成できないと思うのです。だから、世界一、とあえて言う。
僕も選手もスタッフも、心の底から優勝を狙っています。実現可能性でいうとまだ低いのは客観的なところで、2050年というか未来へ向けて、大会の本命としてワールドカップで優勝する力をつけていくことが大切じゃないかな、と。
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メディアのみなさんをはじめとした、いろいろな立場の方々、いろいろな環境も含めて、世界一になるためにはどうしたらいいのだろうと考えてもらうためにも、発信していくことは大切なのだろうと考えています」
── いちメディアとして、私自身は、世界一になるために自分に何ができるのか、どんな認識に立つべきなのかを意識したことがなかったです。
「ワールドカップは、生活を投げ打ってでも現地へ駆けつける方々がいて、現地には行けないけれど仕事そっちのけで応援する方々がいるような大会です。2018年、2022年と関わって、これはもう競技だけで勝てるレベルではないな、と。国として、組織としてのエネルギーがないと、絶対に勝てないと感じました。
もちろん競技力は大切ですけれど、優勝する国はサッカーが実質的な国技で、国の関心事です。 サッカーが文化の国です。その環境をどうやったら作れるのだろうということは、いつも考えています」
【ワールドカップ優勝国はすべて自国の監督】
カタールワールドカップ後に森保監督が続投となったのも、代表強化の可能性を拡げるためと理解できる。
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4年ごとに監督が変わってきたこれまでのサイクルではなく、異なるアプローチでワールドカップへ向かっていけば──。8年のチーム作りの是非を検証し、さらなる長期政権を探ることもできるはずだ。
もちろん、「4年のサイクルに戻すべきだ」との答えが出るかもしれない。はっきりしているのは、代表強化の幅が拡がる、ということである。
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── 元ドイツ代表監督のヨアヒム・レーヴ、現フランス代表監督のディディエ・デシャンは、監督として2大会目のワールドカップでチームを優勝へ導いています。
「継続には、メリットとデメリットがあると思います。日本には2大会連続でやった方がいないので、自分が初めてチャレンジさせてもらえるのは、率直に名誉なことです。そのうえで、果たして実際に何が起こるのだろう、という好奇心のようなものがあります」
── たしかに我々は、これまでなかった日本代表の強化を、今まさに目撃していると言えます。
「それを日本人監督がやるのと、外国人監督がやるのとでは、また違うかもしれないですが。そこの選択肢は無限ですので」
── それについては、ワールドカップの優勝国はすべて自国の監督に率いられている、という事実は見落とせません。
「過去のデータにはなくても、これから先は外国人監督に率いられた国が優勝するかもしれません。可能性としてはあると思いますけれど、自国の監督しか優勝していないというのも納得できます」
── 森保監督がそう考える理由とは?
「ワールドカップのようなギリギリの戦いでは、その国のサッカーのアイデンティティとかDNAといったものが戦い方に反映される。それが、チームの根幹にないといけない。
もうひとつ、愛国心というか国に対するロイヤリティ(忠誠心)があり、最後にどれだけ踏ん張れるかとか、本当に勝つために死に物狂いで準備できるか、戦えるかというところは、自国の監督と外国人監督では、ほんのわずかかもしれませんが差が出てくるような気がします」
【3人とも日本人監督なのは意味がある】
── そのわずかな差が、勝負を分ける。
「日本代表を率いた外国人監督はすごい方々ばかりで、その時々で日本に足りないものを植えつけてくれたと思います、そして最終的にみなさんが指摘するのは、インテンシティをさらに高く、フィジカルをもっとたくましく、デュエルをもっと激しく、といったものです。
もちろんそれは、対世界での日本人選手の課題、日本サッカーの課題と受け止めています。ですが、日本人監督はその足りないものをどうやって補い、勝っていくのかを考えます」
── 長くその課題と向き合ってきたので、「どう補うのか?」という考えは深い。方法論も多いでしょう。
「ワールドカップでベスト16入りしたチームは、日韓共催だった2002年のフィリップ・トルシエさんを除くと岡田武史さん(2010年/南アフリカ)、西野朗さん(2018年/ロシア)、自分(2022年/カタール)です。3人とも日本人なのは、意味があると思うのです」
── 自国の監督は覚悟が違うと思います。日本に住んでいるのだから、逃げ隠れができない。家族との生活もある。そのなかで結果が出なければ、批判や非難を真正面から浴びることになります。
「自分が批判されるのは、ぜんぜん構いません。家族とか自分の周りにいる大切な人たちが傷つくリスクは、できる限り抑えたいですが」
── SNSにさまざまな意見が投稿される時代ですから。
「SNSに関しては、悪質な投稿は法律で発信した人を特定できるとか、最終的にその人にペナルティが与えられるといったことが、どこか拠りどころになりますね。『えっ?』と思うようなコメントがあると教えられることがありますけれど、僕自身は正直に言って気にしていません」
── その境地へ至るまでには、いろいろな思いがあったはずですが。
「たとえば、選手交代で僕はA選手を選びました。でも、なぜB選手を選ばなかったのかとか、4バックで戦ったけど3バックのほうがよかったじゃないかとか、具体的な提示があるとそれもヒントになるというか、今後の選択肢になりますよね」
【勝って喜んでもらうだけが目的ではない】
── それはもう、恐ろしいほどのポジティブ思考ですね。
「いや、でもホントに、サッカーを見てもらっている時は喜怒哀楽のすべてに包まれますし、ストレス解消に役立ったらいいなと本気で思っていて。真剣に応援していれば、悔しさも、悲しさもあるでしょうし、点を取られたら怒りが沸き上がるでしょうし。試合を見ている1時間半から2時間で、日頃のストレスから、日常から解放されてくれたらと思います」
── 個人的には、日本代表の試合は喜怒哀楽よりも「願い」とか「祈り」に近いですね。頼むから勝ってくれ、という。
「そうやって思ってくれる人たちのためにも、勝ちたいですね。日本代表を応援して下さっている日本人のみなさんに、勝って喜んでもらいたいのと同時に、日本人の誇りを感じていただきたいというところが、我々が戦ううえでの根幹にあって」
── 「誇り」がキーワードになるのは、自国の監督だからでしょう。
「たしかに。そう言われたら、そうかもしれないですね。勝つ、勝って喜んでもらう、ということだけが目標・目的ではないというのは」
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森保監督はどんな質問にも、真正面から真面目に答える。説明を尽くして答えるからなのか、真意が伝わりにくいとか、面白みに欠けるなどと言われることもある。
素顔の森保監督は真面目でありながら、実はウィットに富んでいる。インタビュー中編では、そんな彼を知ることができるはずだ。
(つづく)
◆森保一・中編>>「新戦力のテストはいつやるの?」
【profile】
森保一(もりやす・はじめ)
1968年8月23日生まれ、長崎県長崎市出身。1987年に長崎日大高からマツダに入団。1992年にハンス・オフト率いる日本代表に初招集され、翌年「ドーハの悲劇」を経験。サンフレッチェ広島→京都パープルサンガ→広島→ベガルタ仙台を経て2004年1月に現役引退。引退後はコーチとして広島とアルビレックス新潟で経験を積み、2012年に広島の監督に就任。3度のJ1制覇を成し遂げる。2017年から東京五輪を目指すU-23代表監督となり、2018年からA代表監督にも就任。2022年カタールW杯の成績を評価されて続投が決定し、現在2期目。日本代表・通算35試合1得点。ポジション=MF。身長174cm。