ナショナリズムを煽る政権とメディアの凋落を描くドキュメンタリー『あなたが見ている限り真実は生き残る』

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2025年02月24日 12:01  サイゾーオンライン

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『あなたが見ている限り真実は生き残る』(原題『WHILE WE WATCHED』)/アジアンドキュメンタリーズで配信中(https://asiandocs.co.jp/contents/1392)

<配信ドキュメンタリーで巡る裏アジアツアー> 第四回

 インドの人口は14億4000万人を超え、今や世界最大の人口国となっている。GDP(国内総生産)は世界第5位だが、近年中に日本とドイツを抜いて、米国・中国に次ぐ経済大国になると目されている。そんな急成長を遂げているインドを牽引しているのが、ナレンドラ・モディ首相だ。貧しいチャイ売りから現在の地位にまで昇りつめた人物で、国民から絶大な支持を得ている。

 だが、インドのマスメディアがモディ政権をどのように報道しているのかを、日本で知る機会は限られている。ドキュメンタリー作品『あなたが見ている限り真実は生き残る』(2022年制作)は、インドで公正な報道を続けようと奮闘するテレビ局「NDTV」のニュースキャスター、ラヴィシュ・クマールを追った注目すべき作品だ。政権に忖度することなくニュースを伝えるものの、視聴者からのクレームが殺到し、スポンサーが離れていくなど、厳しい調査報道の現実が描かれている。

 インドのメディア事情について、アジア各国のドキュメンタリー作品を配信している映像配信サイト「アジアンドキュメンタリーズ」の代表・伴野智氏に話をうかがった。

伴野「NDTVの正式名称はニューデリー・テレビジョンと言い、インドのCNNみたいなニュース専門のテレビ局です。1984年に設立され、24時間ずっとニュースを流していました。もともとインドは国営放送しかなかったのですが、ニュースの制作会社だったNDTVが独立し、政権や大企業に支配されない報道を標榜した、インド唯一の独立系テレビ局としてスタートしました」

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キャスターの携帯電話に届く脅迫メッセージ

 モディ首相は、グジャラート州首相時代に太陽光発電や道路などのインフラ整備で国内外の企業の誘致に成功し、強いリーダーシップで政権の座に就いた。だが、次第にインド国内でのナショナリズムを煽ることで、権力をより強固なものにしていく。2019年2月、カシミール地方で自爆テロ事件が起き、インドの治安部隊40名が亡くなった。インドのメディアは一斉に報復を叫び、隣国パキスタンへの攻撃を主張。モディ政権はこのメディア熱に便乗するように、インド軍によるパキスタンへの空爆に踏みきる。人気が下降気味だったモディ政権は、これで支持率を回復させることになった。

 インドのマスメディアがモディ政権に賛同する一方、NDTVだけが独自の立場を貫き、冷静に対応するよう呼びかける。地方での失業対策がなされていないことや電力の普及が進んでいないことを取り上げれば、視聴者たちの怒りを買い、NDTVの看板キャスターであるラヴィシュの携帯電話には「愛国心がないのか」「お前はパキスタンの愛人だ」などの嫌がらせや殺人予告が相次ぐことになる。

伴野「日本のテレビを観ていると、娯楽番組や情報番組、賑やかなCMなどに目がいきがちですが、この作品はメディア本来の意義について考えさせます。メディアの重要な役割のひとつには「権力の監視」があります。世界でいま何が起きているのかを解説するために、各テレビ局は解説委員を置き、ニュースを正しく伝え、状況を検証することで言論の自由を体現してきました。そのためには、きちんと取材する必要がありますが、当然ながらお金も手間もかかりますし、クレームも来る。それならばと手っ取り早くお金儲けに走った結果が、いまの日本のマスメディアの現状のように思えます。まさにインドのテレビ局と同じ状況で、日本のメディア関係者は耳が痛くなる内容でしょうね」

フェイクニュースが真実になってしまう恐怖

 日本でも戦前戦中の新聞や雑誌は、国威発揚に努め、ナショナリズムを煽った。政権や軍部に強要されただけではなく、日本の強さを謳うことで売れ行きが伸びたからでもあったろう。2003年の米軍によるイラク侵攻も、米国のほとんどのマスメディアが当時のブッシュ政権を後押しした。ナショナリズムには大衆の感情を掻き立て、権力者の人気を高める効能がある。

伴野「インドはヒンドゥー教徒が全体の80%を占め、イスラム教徒は14%程度だと言われています。かつてのインドは多様性を認めた寛容な社会だったはずですが、モディ政権になってからはナショナリズムを煽り、少数派であるイスラム教徒に圧力を掛けるようになりました。カシミール地方は、パキスタンと国境問題を争っている最前線です。政権は明確な敵をつくったほうがより高い支持を集めることができるため、マスメディアをうまく利用していて、メディア側もモディ政権の人気に乗っかっている。

 パキスタンはイスラム教徒が多数を占める国ですが、イスラム教徒がインドを支配しようとしているといった裏付けのないフェイクニュースでも、あらゆるメディアが流すことで本当のことのように思えてくるんです。人間は自分が信じたいものしか見ないし、都合のいい事実だけを受け入れてしまうものです。本作は、フェイクニュースを平気で広め、視聴者に信じ込ませてしまうメディアの恐ろしさも描かれているのです」

 苦労してラヴィシュらが取材したニュースは、電波妨害によってオンエアされず、クレームの多さにスポンサーは撤退し、それまで無料放送だったNDTVは有料放送に切り替わることを余儀なくされる。この厳しい状況に耐えかね、ラヴィシュが信頼していたベテランスタッフたちは次々と職場から去っていく。長年苦楽を共にした仲間との別れの日、カメラは報道フロアのテーブルに置かれたデコレーションケーキがぐしゃぐしゃに潰れた様子を映し出す。

伴野「ドキュメンタリーの制作や配信をやっている僕も、似たようなことを味わっています(苦笑)。スタッフが去っていく職場にケーキが用意されていますが、あれはレストランなどを借りて送別会を開く余裕が時間的にも経済的にもないからでしょうね。手の空いた人がそれぞれケーキを一切れずつ食べて、それでお別れ。ラヴィシュさんたちが食べたケーキは、さぞかし苦い味だったに違いありません」

 家族に心配されながらも、ジャーナリストとしての矜持を守り続けるラヴィシュだったが、そんな彼に希望の光が差すことになる。2019年8月、フィリピンの財団が運営する「マグサイサイ賞」を受賞したのだ。「アジアのノーベル賞」とも称されるこの賞は、2024年に「環境保護や平和を提唱した作品を数多く手がけた」として宮崎駿監督が受賞したことでも知られている。

伴野「インド国内では苦闘が続いたラヴィシュさんですが、アジアの中では、彼の地道な活動がちゃんと評価されていたわけです。本作で描かれるのはそこまでですが、その後のNDTVやラヴィシュさんの動向が気になる方は調べてみてください。それは、視聴者が想像するとおりなのか、驚きの展開なのか…。本作『あなたが見ている限り真実は生き残る』は、正しいジャーナリズムを続けることの難しさを克明に描いているのです」

 メディアは目先の視聴率や売り上げに左右されることなく、ジャーナリズムを貫くことができるのか。国民を戦禍に巻き込むことにつながるナショナリズムをむやみに煽ってはいないか。本作で提示されている問題は、今の日本のメディアにも言えることなのかもしれない。

(文=長野辰次)

『あなたが見ている限り真実は生き残る』(https://asiandocs.co.jp/contents/1392
製作国/インド、イギリス 監督/ヴィナイ・シュクラ/2022年制作/作品時間94分

「アジアンドキュメンタリーズ」
https://asiandocs.co.jp/

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  • 左翼は貧困撲滅や世界平和など夢や理想を煽るよね、何が違うのか?到底実現しない事を語るのは右も左も同じ。
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