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2024年12月の週刊誌報道で明るみに出た、元SMAP中居正広さんとフジテレビ女子アナウンサー(女子アナ)との性的トラブル。多額の示談金のやりとりがあったという報道もありながら、年明け後には一転して社員が関与していた疑惑があるフジテレビへの猛批判という、当初は予期しなかった展開になっています。
これまでの報道で盛んに取り上げられている、フジテレビ批判は次のポイントに整理できます。
(1)第1回記者会見(1月17日)の開催方法
(2)フジテレビ幹部社員が当該トラブルに関与した疑惑に対し断定的に否定したこと
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(3)初期動作を含めた社内対応
(4)(外部調査を日弁連基準ではないもので実施すると当初発表した)事後検証調査の在り方
(5)社風を作り上げたとされる相談役の処遇
●フジテレビがとってしまった「最悪」の初動とは
筆者は、コンプライアンス推進機構(OCOD)認定のコンプライアンス・オフィサーの資格を有しており、企業不祥事発生時には常に「コンプライアンスの観点から何に最も注視すべきか」という観点で事象を捉えるようにしています。これは同時に、調査委員会が組成された場合、報告書を読む際の大きなポイントでもあります。
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今回の事件について考えると、上述した批判のうち特に重視すべきものは「(3)初期動作を含めた社内対応」であり、「(4)事後検証調査の在り方」もまた、コンプライアンス管理上では重要であると捉えています。
「(3)初期動作を含めた社内対応」について、調査のポイントをさらってみます。
トラブルが起きたのは、2023年6月であったといいます。記者会見で港浩一社長(当時)は「自社の社員であった被害者女性の変化に気付いた社員が声をかけ、話を聞いたところ、当事者2人の間で起きた極めてセンシティブな領域の問題であった」と、トラブル発生直後に事実認識をしていたと話しています。この件は上席にも報告され、大多亮専務(当時、現関西テレビ社長)を経て港社長にも報告されたことが分かっています。
一方でコンプライアンス推進室への報告はなく、ごく一部の人間だけで共有するにとどまっていました。フジテレビが犯した「最大」の、コンプライアンス軽視の初動といって良いでしょう。
●なぜ、コンプライアンス軽視の動きをとったのか
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初動の理由について港前社長は「当時の判断として、事案を公にせず他者に知られずに仕事に復帰したいとの女性の意思を尊重し、心身の回復とプライバシーの保護を最優先に対応してきた。この件は会社としては極めて秘匿性の高い事案として判断していた」と説明しています。しかし、情報の秘匿性を優先してコンプライアンス対応を怠るのは、コンプライアンスに関する基本的な理解すらなされていない、といえます。
もし、当時事実を知っていた社長あるいは専務に「コンプライアンス推進室への報告は、秘匿性を危うくすることにつながる」という誤った理解があったとするならば、自社のコンプライアンス部門を信用してない証でもあるでしょう。社長らのコンプラ意識がお粗末であったのか、あるいはコンプライス推進室が名ばかりでその体を成していなかったのか、その辺りは第三者委員会が調査すべき重要なポイントです。
そもそも中居氏は、フジテレビがキャスティングした番組で、被害者の女子アナと共演して知り合ったといいます。この流れを踏まえれば、女子アナからトラブル発生の事実を告げられた同社は、即刻中居氏から事実確認をするべきであったでしょう。
しかし現実は「調査に着手することは、より多くの人間がこの件を知る状況を生む」(港前社長)との理由から、会社から中居氏への正式な聞き取りはありませんでした。
「被害者擁護の観点から秘匿性を重視した結果」という旨の釈明は、あまりもコンプライアンス軽視の非常識な判断であり、後付けの言い訳に過ぎないといわれても弁明の余地はないように思います。今後の調査では、対中居氏へのヒアリングに動かなかったことの背景にある決定経緯(誰と誰が話し合い、誰が最終決定に関与したのかなど)を明らかにし、再発防止を図るべきと考えます。
●トラブル確認後もMC起用を続けた謎
会社が何ら動きを取らない中「事案からしばらくして、中居氏から女性と問題が起きていると連絡があり、(中略)その後、両者で示談の動きが進んでいるとの情報も聞いていた」(港前社長)と、中居氏本人からトラブルの発生に関し説明があったともいいます。この時点で「両者で示談の動きが進んでいる」と聞いていたということは、中居氏がコンプライアンス違反行為に関して、自らの非を認めているのを知ったこととイコールです。
このタイミングで、フジテレビは中居氏のキャスティングを見直すべきでした。具体的には、レギュラー番組からの降板、あるいは事実関係の調査を経て、キャスティング問題なしとの組織決定がなされるまでの出演見合わせなどが最低限必要だったのではないでしょうか。
しかし、同社はこのタイミングでも何ら行動を起こすことなく、静観を続けました。加害者本人からトラブル発生と示談交渉中の報告がありながら、なおもコンプライアンス推進室と何ら情報共有がなかったことは、非常に信じ難いです。
中居氏をメインMCに起用していた番組は、そのまま何事もなかったかのごとく継続されました。さらにこの後も、中居氏を特番などでMCとしてキャスティングすることを局として容認していたのです。「コンプライアンス意識ゼロ」「ガバナンス不在」といえる状況です。
この件に関しては「中居氏が出演している番組を唐突に終了し、臆測が生じることを懸念して、慎重に終了のタイミングを図っていた」(港前社長)としていますが、2024年12月の週刊誌報道まで「約1年半」もの間、一切の動きがなかったことから、詭弁に過ぎないでしょう。
同時に、コンプライアンスよりも視聴率を優先した考えがあったのでないか、という疑問も湧いてきます。このことは、同社のコンプライアンス軽視行動の中でも特に重大なものであり、当該時点で事実を知っていた関係者への厳格な調査により、真実を明らかにする必要があると考えます。
●お手盛りの第三者委員会だけでは解決しない
最後に「(4)事後検証調査の在り方」についても、少し触れておきます。今回の件については、初回の会見で港前社長が、日弁連ガイドラインに準拠しない独自の外部専門家による調査を行うと発言し、“お手盛り調査”ではないかと大批判を浴びました。結果的に、日弁連ガイドライン準拠での第三者委員会調査に委ねる方針に変更し、3月末を期限とした外部調査を行う段取りとなりました。
しかし、第三者委員会については以前に『本当に「第三者」? 企業不祥事でよく見る「第三者委員会」に潜む問題点』でも取り上げた通り、世間一般に思われているほど信頼に足る完璧な調査ではありません。実際に、第三者委員会の報告書を定期的に評価している有識者団体「第三者委員会報告書格付け委員会」によれば、これまで28本の報告書が精査され、232評価票のうちA〜Fの5段階評価でのA評価はわずか2票。半数以上はDまたはF評価(不合格)なのです。
その理由について、格付け委員会メンバーでガバナンスに詳しい八田進二青山学院大学名誉教授は、大半の第三者委員会においてメンバーが弁護士に偏っており、企業経営や当該業界に関する専門家の視点に欠けている点にある、と自著で述べています。フジテレビの第三者委員会も、発表メンバーを見る限り弁護士のみで構成されており、企業経営視点、業界視点に欠ける懸念があるといえるでしょう。
今回に似たケースとしては、東芝による不正会計事件の検証が思い出されます。東芝は当初、社内と一部外部専門家で組成した「特別調査委員会」を立ち上げるも、批判が相次いだことにより、法律家中心で組成した日弁連ガイドライン仕様の第三者委員会に移行しました。
しかし企業経営や業界の専門家抜きの委員会では問題の本質を捉えきれず、水面下で進行していた米子会社の不祥事を見逃す失態を演じたのです。ちなみに、格付け委員会の評価では、全8人中3人がF(不合格)を付け、A〜B評価は皆無という結果でした。
本来、社内の人間でなければ分からない諸事情や、業界特有の問題などについては、内部のコンプライアンス部門や監査部門等がしっかり調査し、別途報告すべきと考えます。今回のフジテレビだけの問題ではありませんが、第三者委員会が立ち上がったら検証は丸投げという姿勢では、再発防止など絵に描いた餅になりかねないということを付け加えておきます。
フジテレビは2月6日付で「再生・改革プロジェクト本部」の設置を公表していますが、あくまで社内対策をメインとした今後の在り方に目を向けたプロジェクトに思えます。全く評価しないわけではありませんが、今優先すべきは信頼の回復です。具体的には独自検証に基づいた現時点での再発防止策の策定方針などを公表し、積極的な改善姿勢をもって第三者委員会報告を待つことかと思います。失われたコンプライアンス意識とガバナンス体制をいかにして構築していくべきか、その危機感と取り組み姿勢が見えない現状からは、同社の信頼回復はまだまだ遠いと感じさせられる次第です。
(大関暁夫)
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