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ライザップグループが展開する24時間セルフジム「chocoZAP」(チョコザップ)が、店舗数と会員数の双方で堅調な成長を見せている。2月14日に発表されたグループの2025年3月期 第3四半期(以下、Q3)決算補足資料では、グループ全体が3期ぶりのQ3累計での連結営業黒字を達成し、そのけん引役としてchocoZAP事業の存在感が際立つ。
【画像7枚】chocoZAPが導入したカラオケルーム内の様子
とりわけ注目すべきは、同社が店舗に新たに導入し始めた「カラオケルーム」である。セルフ脱毛、エステ、セルフネイルなど「ジムらしからぬサービス」のラインアップに、なぜさらにカラオケを追加するのか。その理由を探ってみたい。
●Q3決算から見るchocoZAPの躍進
まず、ライザップグループのQ3決算補足資料を見てみたい。それによると、2025年10〜12月期の連結営業利益は27億円で、前年同期比+15億円、前四半期比+22億円の大幅な改善となった。4〜12月の累計(Q3累計)でも3期ぶりに黒字に転じた。好調要因の一つが、chocoZAPの投資戦略の変更である。同社はこれまで急速な店舗拡大と広告宣伝を積極的に進めてきたが、昨今は広告費の一部を顧客満足度向上のための施策に振り向ける方針を強化している。
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具体的には、店舗設備の修繕やメンテナンス体制、QRコードによる故障連絡システムやサポート会員制度などの拡充によって、既存会員の不満を解消し、利用頻度を維持・向上させる仕組みを整えつつある。
また、法人会員プログラムの強化やSOMPOホールディングスとの協業による福利厚生メニューの拡充など、企業向けアプローチも会員数や店舗数の伸びに貢献している。
●カラオケルーム導入が示す“スキマ時間”戦略
chocoZAPの大きな特徴は、従来のフィットネスジムにはないセルフ脱毛やエステ、セルフネイルといった美容サービスを提供している点である。そこに新たに導入されたのがカラオケルームだ。
「筋トレするための場所で、なぜカラオケ?」と思われるかもしれないが、同社のねらいは「スキマ時間の活用需要を包括的に取り込むこと」にあると考えられる。コロナ禍を経て働き方改革が進んだこともあり、現代のビジネスパーソンや主婦層を含む多くの生活者は、細切れの空き時間をどのように有効に使うかを重視するようになった。
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chocoZAPは「24時間営業」「予約のしやすさ」「セルフサービス」といった特徴を武器に、ジム利用に限らず美容ケアをサクッと済ませたり、ちょっとだけ運動したりといった多様なニーズを捉えてきた。今回のカラオケ導入も、その延長線上にある施策だ。「スキマ時間を埋める新たな体験」として、より幅広い余暇の選択肢を提供することが狙いであり、早朝や深夜でも短時間でストレスを発散できるカラオケは、このコンセプトにぴったりと合致している。
●タイパとコスパ重視の現代人に応える
「スキマ時間をいかに効率的に使うか」というタイパ志向が強まる一方で、「いかに安く多くの価値を得られるか」というコスパも依然として重視されている。
chocoZAPの月額3278円というリーズナブルな価格設定は、一般的な総合型フィットネスクラブと比べてもかなり抑えられている。そのうえ、「ジム+α」のサービスをいくつも受けられるというメリットを訴求しやすい。
月会費だけでトレーニングマシンを使い、必要に応じて美容ケアができる。そして時間があればカラオケで歌ってリフレッシュ――。こうした“一カ所完結型”のサービスは、現代のビジネスパーソンが求める「短い時間で複数のメリットを得たい」という感覚にマッチしている。
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カラオケだけを楽しみたい場合は、通常のカラオケボックスに行ってもよいだろう。しかし、深夜料金や週末料金などがあることを考えると、価格面では割高感があるのも事実だ。一方でchocoZAPなら定額で利用できるうえ、完全個室であるため周囲を気にせずに思い切り歌える。こうした利便性は、タイパとコスパを求める層にとって大きな魅力となっているだろう。
●縮小市場で重要となる“顧客シェア”の発想
日本市場は少子高齢化による人口減少が進み、あらゆる業界が成長鈍化のリスクに直面している。フィットネス市場やカラオケ市場も例外ではなく、飽和気味の状態で価格競争に陥っているところも多い。
こうした環境下で、企業が顧客を奪い合うだけでは持続的な成長は見込みにくい。そこで重要になるのが、企業が特定の顧客にどれだけ多くのサービスを利用してもらい、支出を増やしてもらうかという「顧客シェア」の考え方である。
chocoZAPがセルフ脱毛やエステ、ネイル、さらにはカラオケといった異業態のサービスを取り込む理由は、まさに「顧客シェア」を高めることにある。複数の魅力的な選択肢を用意しておけば、会員が離脱する理由を減らし、トレーニングだけでなく余暇や美容など、あらゆる目的で“つい店舗に足が向いてしまう”状態を作り出すことができる。
しかも、カラオケを目的に来店しても「隙間の10分だけ筋トレでもしようか」「せっかくだからネイルブースを使おうか」といったように、別のメニューに手を伸ばす機会も増える。これは顧客満足度の向上だけでなく、サービス活用頻度の上昇にもつながり、“月額を払う価値”を実感させる大きな要因となるのだ。
●「総合型フィットネスクラブ」からの離脱層を取り込む狙いは?
フィットネスクラブ業界全体を見渡すと、プールやスパ、レッスンプログラムなど設備やコンテンツが充実した“総合型”の各社が、新規会員獲得はもちろん、会員の維持にも苦戦している状況が続いているとされる。総合型クラブは設備投資コストや人件費が高額になりやすいため、会費もそれなりに高くなる。しかし、利用者の実態としては「週に1回行くか行かないか」「プールは使わないし、レッスンも受けない」といったケースが多く、結果的に割高感を覚える人が少なくない。
こうした「総合型クラブに通ってはいたが、会費と利用頻度が見合わない」という層を取り込む狙いが、chocoZAPにあるのか。結論からいえば、十分にあり得ると考えられる。chocoZAPは「24時間」「セルフ」の仕組みで、最低限のトレーニングマシンをそろえながら、追加費用なしで複数のサービスを利用できるというモデルを打ち出している。
会費が高い総合型クラブに通い続ける意義を感じられなくなった層にとっては、月会費3278円という低価格帯で「筋トレ+美容+娯楽」をカバーできるchocoZAPは魅力的に映るはずだ。何より、決まったレッスン時間や混雑状況に左右されず、使いたいときにサッと行ってサッと利用できるという手軽さが、現代の多忙な30〜40代ビジネスパーソンにはフィットしているだろう。
●“行く理由”を徹底的に増やす戦略
chocoZAPが掲げるのは、「フィットネス=運動をしに行く場所」という従来のイメージを超え、「日常のあらゆる空き時間に何かしたいと思ったときに使える場所」に進化させることだといえる。カラオケを導入する店舗を増やす動きは、その戦略の象徴的な一例である。
セルフ脱毛やエステ、ネイルもそうだが、これらは高額な専門サロンに行くほどでもないが「やってみたい」「ちょっとお試しで使ってみたい」という層を取り込む効果がある。カラオケについても「一人カラオケで大声を出す機会が欲しい」「思い立ったときに気軽に歌ってみたい」といったライトユーザーを想定している。
さらに、たとえカラオケに興味がなかったとしても、「会費を払っているなら試しに使わないともったいない」と考えて実際に利用してみる人が増える可能性もある。こうした「あまり利用してこなかった層を新規の利用へ引き込む」こと自体が、顧客満足度と継続率の向上につながり、最終的に「思ったよりコスパがいい」と感じさせる効果を生むわけである。
●今後の焦点とマーケティング的示唆
chocoZAPは一時期、積極的な広告投下で会員数を増やしたが、現在は店舗品質や修繕体制、サポート施策などへリソースを再配分している。この方向性がいつまで続くか、今後も注視する必要がある。いずれにしても、既存会員の離脱を防ぎ、サービス利用頻度を高めることが利益改善に直結するため、設備投資やメンテナンスの充実は不可欠である。
chocoZAPが今後さらに成長するために、以下の3点が鍵になるだろう。
総合型クラブ利用者の取り込み
プールやスタジオレッスン、スパなどが不要な層にとって、「必要なときだけ好きなサービスを使える」というchocoZAPの自由度は魅力的だ。高止まりしている総合型クラブの会費を嫌う層をいかに取り込むかが、今後のさらなる会員数拡大のポイントといえる。
顧客シェア拡大の一貫としての“異業種サービス”
カラオケはあくまでも“顧客のスキマ時間を埋める”ための一手段にすぎない。今後はカラオケ以外にも何らかのサービスを追加する可能性が高い。カフェスペースやワーキングスペースといった要素を加え、さらに“来店理由”を増やしていくことも考えられる。
コスパ・タイパを求める人々との親和性
30〜40代のビジネスパーソンを中心に「少ない空き時間で効率よく楽しみたい」「費用をかけすぎずに健康や美容もケアしたい」というニーズは今後も強まる見込みである。chocoZAPがこうした層に対して“ジム以上の役割”を提示できるかが、さらなる差別化の鍵になるだろう。
総合型クラブからの離脱層を含め、多様な利用者のニーズを取り込みながら、RIZAPグループ全体の収益を下支えするchocoZAP。フィットネス業界における新たな成功モデルとなる可能性を秘めている。
●著者プロフィール:金森努(かなもり・つとむ)
有限会社金森マーケティング事務所 マーケティングコンサルタント・講師
金沢工業大学KIT虎ノ門大学院、グロービス経営大学院大学の客員准教授を歴任。
2005年より青山学院大学経済学部非常勤講師。
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