NBAでプレー&指導実績 バスケ女子日本代表ゲインズHCが目指す「オーガナイズド・カオス」とは

0

2025年02月27日 07:20  webスポルティーバ

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

webスポルティーバ

写真

バスケットボール女子日本代表
コーリー・ゲインズHCインタビュー(前編)

 2025年1月、日本バスケットボール協会(JBA)は女子日本代表チームの新HC(ヘッドコーチ)にコーリー・ゲインズ氏が就任することを発表した。

 ゲインズ氏は1988年のNBAドラフト3巡目でシアトル・スーパーソニックスから指名を受け、4チームで計5シーズンプレーした元NBA選手。1990年代後半には日本リーグのジャパンエナジーでもプレーした経歴を持つ。引退後は女子日本代表の臨時コーチ、そして2021年から男子日本代表のアソシエイトHCとしてトム・ホーバスHCの「右腕」を担ってきた。

 ゲインズ氏はFIBAアジアカップ予選ウインドウ3をもって男子代表の任を離れ、3月から女子代表の専任HCとなる。彼に求められる使命は、昨年のパリオリンピックで全敗を喫した女子チームの再建だ。

 日本人の祖母を持ち、この国に「恩返しがしたい」と語るゲインズHCとは、どのような人物なのか。そして女子日本代表をどのように導いていくのか、じっくりと話を聞いた。

   ※   ※   ※   ※   ※

── ゲインズHCは選手としても、コーチとしても、日本バスケットボール界との関わりが深い方です。とはいえ、女子日本代表のHC就任には少し驚かされました。

「ジャパンエナジーでプレーしていた時にGMだったマサさん(高橋雅弘氏/現Wリーグ専務理事)は、いつも私に『なにかあったら連絡させてもらうからね』と言っていました。その後、私は引退してWNBAフェニックス・マーキュリーでAC(アシスタントコーチ)、HCとして優勝という結果を残したのですが、その時にマサさんが電話をくれて『日本の女子バスケットボールを変えたいので、手伝ってくれないか?』と伝えてきたのです。

 当時の私はNBAフェニックス・サンズのACも務めていたので、日本に来る時間を確保することはできなかった。ですが、『待てよ......それならば日本の選手たちをアメリカに連れてくればいいじゃないか』と。そう思い立って、アメリカの指導法を日本の選手に伝えたのです」

【イエスマンは必要としていない】

── それは画期的な手法ですね。

「アメリカにやってきた彼女たちは、それほど多くの指導者に接したことがありませんでした。しかし、日本のバスケットボールを変えるならば、異なる手法に触れなければなりません。

 私が在籍していたマーキュリーでは、ポール・ウェストヘッドHC(ゲインズHCがプレーしたロヨラ・メリーマウント大、ロサンゼルス・レイカーズ、日本リーグ・松下電器スーパーカンガルーズ等HC)が3Pを多用する積極的なオフェンススタイルを敷いて、当時のWNBAでも特異な目で見られていました。それを日本の選手たちに見てもらったのです。

 ホーバスHCとは日本での選手時代から知り合いでしたし、私の指揮するマーキュリーでもACを務めてもらいました。昔から彼とのつながりが強かったので、日本バスケットボール界との関係性を深めていったのです」

── ゲインズHCは男子日本代表のアソシエイトHCという立場ながら女子代表のHCも引き受けるという、少し特殊な状況で就任されます。正式な話が持ちかけられた時は、ふたつ返事で受けられたのですか?

「もちろんです。東京オリンピックを見て、女子日本代表が銀メダルを獲った印象は強く残っています。あの時のように、日本を強いチームにしたいと思いました。強化をすれば世界の表舞台に戻ることができると思っています。就任会見(2月3日)でも申しましたが、世界のスタンダードを取り戻すことが大事なのです」

── トム・ホーバスHCとは長年の友人で、男子代表では彼の「右腕」を務めてきました。ゲインズHCとホーバスHCは、コーチとしての考え方が似通っているのでしょうか? あるいはまったく違うものなのでしょうか?

「いい質問です。実際に私と彼が何かを話し合う時、10回のうち9回は意見がぶつかり合います。ただ、それこそがホーバスHCが求めていること。彼が意見を求めた時に、『それはいいですね。そうしましょう』というイエスマンは必要としていないのです。

 だから私は、彼にアイデアを提案します。もちろん彼がHCですので、最終的な決断は彼が下すのですが。男子代表での私の役割は、彼にアイデアと、時に彼の考えが及ばないようなものを提示し、チームが強くなるように貢献することでした」

【ホーバスHCとの共通項はひとつ】

── ホーバスHCが厳しい指導者ということはファンも知っていますし、時に選手を叱りつけることもあります。ゲインズHCも選手に対して、そのように接することはありますか?

「選手たちとの関わる時にコーチとしてなすべきことは、『自分自身である』ことです。自分を取り繕(つくろ)いながら接してはダメなのです。

 仮に私がコートで選手を叱り始めたとしたら、ほかの選手たちは『何が起こっているんだ?』となるでしょう。でも、その叱っている選手に私が『本音』で伝えているとしたら、ほかの選手もその言葉を理解しようとしてくれるでしょう。

 動物で例えましょう。犬は人間に対して、その人が犬を好きかどうか見抜きます。たとえ犬がその人と初対面だったとしても。それは選手たちにも同じことが言えます。コーチが本音を語っているのかどうか、彼らは感じ取るはずなのです。

 そのコーチがもし思ってもいないことを選手に語り出せば、彼らはそれを見抜き、関係性は崩れてしまうでしょう。私はそういうことをしません。何も自分を取り繕う必要がないと思っているので」

── では、ゲインズHCも大声で選手を叱りつけることがあるかもしれませんね。

「そういうこともあるかもしれません。ですが、どのコーチにも、その人のやり方があります。私がNBAで指導を受け、また一緒に指導をしてきたドウェイン・ケイシー(2018年トロント・ラプターズ時代にNBA最優秀コーチ賞受賞)やバーニー・ビッカースタッフ(元デンバー・ナゲッツ等HC)、そしてフィル・ジャクソン(HCとしてシカゴ・ブルズとレイカーズで計11度のNBA王座獲得)もウェストヘッドもジョージ・カール(NBAオールスターゲームHCを4度歴任)も、誰ひとりとして同じではないのです。それは、私とホーバスHCが違うコーチであることも同様です。私がホーバスHCになることはできません。

 ただし、彼との共通項がひとつあるとしたら、『日本のバスケットボールを世界に知らしめたい』ということです。どうやってそれを成し遂げるかは、彼と私ではやり方は違うでしょう。ですが、それは嘘偽りなき目標です」

【みんな日本を応援していた】

── 東京オリンピック後にホーバスHCに呼ばれ、2023年のFIBAワールドカップや2024年のパリオリンピックを一緒に戦いました。男子代表での時間をどう振り返りますか?

「とても貴重な学びの時間でした。なぜなら、私にとって男子も女子も関係なく、日本のバスケットボールを強くしたいという思いが強いからです。

 ニューヨーク・ニックスでコーチをしていた2016年、私はアメリカでリオオリンピックを見ていました。女子の日本代表vsアメリカ代表が行なわれる日、私はUCLAでデリック・ローズ(2011年シカゴ・ブルズ時代に最年少シーズンMVP受賞)とヨアキム・ノア(2014年ブルズ時代に最優秀守備選手賞受賞)のワークアウトを手伝っている最中でしたが、その試合を見たかったので帰宅することにしたのです。

 帰宅途中にあるサンタモニカの店でテレビ観戦することにしたのですが、試合が始まってしばらくすると、店内のアメリカ人は日本を応援し始めたんです。アメリカで、ですよ? 後日、私は興奮気味にホーバスHC(当時・女子日本代表AC)に伝えましたよ。『みんな、日本を応援していたぞ』って。

 あまりに驚いたので、となりにいた人に『なぜ日本を応援しているの?』と聞いたら、『応援せずにはいられないよ。彼女たちはアメリカ人に比べてずっと小さいのに、精一杯戦っている。プレースタイルもいい。常にアタックし、すべてを出しきっている』と。彼らは日本チームの虜(とりこ)になっていたのです。

 日本が再び世界からそう見てもらえることを、私は願っています。ですから今回、女子代表HCという栄誉にあずかったことは、本当にうれしいのです」

── 就任会見で「どのようなバスケットボールを展開するのか」と問われて、「オーガナイズド・カオス」と表現されていました。

「バスケットボールの試合では、決められた動きに沿ってプレーを実行する『セットプレー』というものがあります。決められた動きですから、何度やっても同じようにできなければいけません。ただ、試合では相手がいるので、こちらの決まった動きに対して邪魔をしてきます。

 たとえば、ある人が毎日10時10分にコーヒーショップへ行き、10時12分に店を出て、10時15分に会社に到着するとします。仕事が終わって17時25分に退社し、いつも同じバーに19時10分に立ち寄って、家に着くのは21時半。その人にとって、それこそが『オーガナイズド』。そのように行動が決まっている人の邪魔をすることは簡単なことです。なぜなら、その人物の行動が全部わかっているから。

 なので、その人が10時10分ではなく10時5分にコーヒーショップへ行って、会社には10時10分に着いたとしましょう。いつもと同じ行動ではあるけれど、同じ時間ではない。それこそが、相手にとって『オーガナイズド』であり『カオス』であるということです。カオスとは『予測ができないこと』を意味しています」

【評価されるのは後世】

── なるほど。

「セットプレーの際、『スクリーンを右サイドにかけて、スクリーナーがそこから中へ切り込む』というパターンがいつも同じだと、相手に読まれてしまいます。スクリーナーが中へ切り込んだり、外に広がることが必要なのです。わかりやすくするための簡単な説明ではありますが、こうしたものがカオスというもので、相手にとって予測が立ちにくくなります。

 普通でないことが普通となり、普通なことが普通でなくなると言いますか......。ピカソやゴッホといった著名な芸術家たちも、彼らが発表したものはその時点ですぐに評価をされたのではなく、当時は『普通ではない』と見られていました。評価されるのは、後世になってからです」

(つづく)

◆コーリー・ゲインズHC後編>>「いいコミュニケーター」であるためにすべきこと


【profile】
コーリー・ゲインズ
1965年6月1日生まれ、アメリカ合衆国・ロサンゼルス出身。ロヨラ・メリーマウント大からNBAドラフト3巡目・全体65位でシアトル・スーパーソニックスに指名される。ニュージャージー・ネッツ、フィラデルフィア・76ers、デンバー・ナゲッツ、ニューヨーク・ニックスの4チームに在籍し、晩年には日本リーグのジャパンエナジーでもプレー。引退後は指導者となり、2009年にはWNBAフェニックス・マーキュリーをリーグ優勝に導く。2022年から男子日本代表のアソシエイトHCを務め、2025年3月より女子日本代表HCに就任する。現役時代のポジション=シューティングガード。

    ランキングスポーツ

    前日のランキングへ

    ニュース設定