青山学院大、國学院大...増える箱根駅伝ランナーのマラソン挑戦、好タイム連発も早期挑戦にはリスクも

1

2025年02月28日 07:21  webスポルティーバ

  • 限定公開( 1 )

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

webスポルティーバ

写真

【学生歴代10傑のうち、2022年以降に出たものが8つ】

 箱根駅伝に出場する学生のマラソン挑戦。今に始まったことではないが、ここ数年は積極的に挑戦する選手が増え、しかも、結果も出ている。

 昨年は、大阪マラソンで平林清澄(國學院大)が2時間06分18秒で優勝し、学生日本記録および初マラソン日本記録を更新。今年2月2日の別府大分毎日マラソンでは、若林宏樹(青山学院大)が平林の記録を上回る2時間06分07秒で2位(日本人1位)に。その3週間後の2月24日の大阪マラソンでは黒田朝日(青山学院大)が、先輩の若林の学生記録をさらに塗り替える2時間06分5秒(6位)をたたき出した。

 マラソン学生歴代記録10傑を見ると、実に8つが2022年以降(2022年1人、2023年2人、2024年1人、2025年4人)に出たものである。

 好タイムはもちろん、実業団の選手や外国人選手にも力負けせずに戦えているのは驚きでしかないが、この学生のマラソン挑戦というトレンドについて、日本記録(2時間4分56秒)保持者の鈴木健吾(富士通)を学生時代に指導するなど、神奈川大学駅伝部の指揮を35年執った大後栄治前監督(昨年1月に退任)に話を聞いた。

「前提として、マラソンはすべての学生が挑戦できるものではありません」

 大後氏は、そう語る。

「高校を卒業して大学に入ると、スタミナとスピードの両方を鍛えていくことになりますが、(箱根駅伝を想定した)ハーフマラソンに対するスタミナ強化の練習をしていくなかで、ほかの選手が90〜100%の努力度が必要なところを、70〜80%程度で消化してしまう選手が出てきます。彼らは主要練習課題に対して余裕度がありますので、その前後の練習量も多く確保できます。それが(マラソン向きの)持久係数の高い選手です」

 持久係数とはいったい何なのだろうか。

「10000mの記録に対するハーフマラソンやマラソンの記録の相関を統計的に見たものです。10000mの自己ベストがこのくらいなら、20kmの記録はこれくらい、マラソンの記録はこれくらいと予測でき、だいたいの選手がその統計に当てはまります。ただ、なかには、それに当てはまらない選手もいる。例えば、鈴木健吾がそうでした」

 鈴木は何が違ったのだろうか。

「健吾の頃は、まだ薄底(のシューズ)でしたが、大学3年(2016年)の7月に10000mで28分30秒16の神奈川大学記録を出しました。今はそのくらいのタイムを持つ選手は学生でもごろごろいますけどね。その夏は月間で1300kmくらい走り、非常にスタミナがあって、マラソンの適性があるなと思いました。

 そして、翌年3月の日本学生ハーフマラソンで優勝。その時の20kmの通過タイムを見ると、私の考えていた持久係数を大きく超えていました。つまり、後半の落ち込みが低い、または逆にペースアップの傾向がある。こういう走りのできる選手を、私はマラソンに向いていると判断しています」

 マラソンを走るには、この持久係数が高いことが一つの条件になる。そして、指導者のマインドも、そうした選手には「どこかで成果を出させてあげたい」となるという。

「平林君も2年生の頃には(平均的な)持久係数を超えた練習を消化し、本人の意思もあって、3年時に大阪マラソンに出たのでしょう。健吾も3年になってレースや練習で持久係数を超えてきて、本人もマラソンを意識し始めたので、私からも『挑戦してみるか』と働きかけ、4年時に初マラソンを走りました(2018年の東京マラソンで当時学生歴代7位の2時間10分21秒)」

【厚底シューズが挑戦のハードルを低くした】

 学生の競技レベルが急速に上がっているのは、ここ数年のレースや記録会での記録を見れば、容易に理解できる。練習メニューを見ても、質量ともに実業団と比べても遜色のないレベルで、以前よりも高い意識を持って取り組んでいる。

 ただ、ここ数年、好結果が続いている理由はそれだけではない。

「厚底シューズというテクノロジーの進化ですね。今は健吾の時代よりも少し(マラソンを走る)ハードルが低くなってきています」

 厚底シューズが世界的に初登場したのは2016年リオデジャネイロ五輪といわれる。ケニアのエリウド・キプチョゲ(前世界記録保持者)が試作品を履いて出場し、金メダルを獲得。日本では2018年の東京マラソンで設楽悠太(当時Honda)が16年ぶりに日本記録を更新した際に使用された。

 以降、瞬く間に陸上界に広まり、箱根駅伝でも毎年のように各区間記録が更新されている。ハーフマラソンの記録も伸び、マラソン挑戦に対する心理的な壁も下がった。

「健吾が学生の頃、(日本人選手は)マラソンでは2時間8分台、よくても6分台後半が限界でした。でも、平林君、若林君、黒田君が6分台前半を出したように、今は学生でも5分台が見えている。"助力"とは言いたくないですが、テクノロジーの進化で脚の回転数が上がり、ストライドも広がって、より速く走れるようになった。

 また、シューズの長所を最大限に利用するための新たなレジスタンストレーニング(筋力トレーニング)も試みられています。実業団の監督も『マラソンのタイムが2分から2分30秒は上がった』と言います。恩恵は非常に大きいですね」

 逆に言うと、質の高い練習と厚底シューズの恩恵があれば、持久係数がそれほど高くない選手でもマラソンを走りきれてしまうのだろうか。

「2時間12分前後なら、かなりの学生が走れると思います。でも、6〜8分台となると、10000ⅿの持ちタイムと持久係数の高い選手で、なおかつマラソンに特化した練習、例えば35km以降の苦しくて、きつくて、つらい、どうにもならない状態をどうクリアしていくのかといった練習をある程度やっていないと難しいのではと思います」

 青山学院大の原晋監督は、よく「残り2.195kmを上げる練習をしてきた」と話しているが、若林の記録はそうした練習に加え、コンディション調整や「これが(現役)最後」という気持ちなど、すべてが合致した成果ととらえることができる。

「若林君のように、好結果を導くさまざまな要素がすべて揃うと、ポンといい記録が出る可能性は大いにあります。それだけの練習は積んできていると思いますので。ただ、問題はそこからですね。私は、マラソンの記録に対する再現性を得るには、総合的な疲労への耐久性が求められると思います」

 疲労に対する耐久性とは、言い換えれば、マラソンを走るための練習を積み重ねることで身につく身体の維持能力。専門的にはホメオスタシス(生体恒常性)と言われている。

「マラソンの疲労は呼吸循環、末梢系(筋肉)、内臓器官だけではなく、神経にも及び、いろいろとアンバランスな状態が生まれてきます。でも、身体が成長しつつ、トレーニングにより疲労に対する耐久性がついてくると、リカバリーも早くなる傾向があります。例えば、今年の別府大分毎日マラソンでの平林君の走りを見ていると(2時間09分13秒で9位)、3年時に走った大阪マラソンから復調してきているものの、万全な状態にはまだ少し回復しきれていないのかなと思いました」

【「学生にマラソンをやらせてはダメだ」という声も】

 今年度の平林に関して言うと、出雲駅伝、全日本大学駅伝は問題なく走れていたが、ハーフ以上の距離を走る箱根の2区では昨年よりタイムも区間順位も落とし、また、別大では32km過ぎに前に出るも、35.5km過ぎに若林らのいる先頭集団から遅れはじめた。

「(昨年の)マラソンの目に見えない疲労が残っていたのではないかと思います。まだ身体が細いですし、今後の成長は大いに期待できますが、2、3年時の爆発力のある状態に戻るには、もう少し整える時間が必要なのかなという印象です。

 昨年12月の福岡国際マラソンで2時間05 分16 秒の好タイムで優勝した吉田祐也君(GMOアスリーツ)も、青山学院大4年時(2020年)に別府大分毎日マラソンで2時間08分30秒の記録を出し、勢いに乗って同年末の福岡国際マラソンで優勝しましたが(2時間7分5秒)、その後は長く苦しみました。疲労からの回復に時間を要したのではないかと思います。マラソンにはそういうリスクもある。今でも高校の先生方からは『学生にマラソンをやらせてはダメだ』という声も聞かれます」

 青山学院大をはじめ、多くの大学からマラソンに挑戦する学生が出てくるようになった一方で、近年の駒澤大にはほぼいない。それは大八木弘明総監督の「まずは世界に通用するスピードを磨いてから」という信念が大きいのだろう。走りのベースとなるスピードを限界まで鍛え、その後にスタミナをつけていくことで、マラソンにもスムーズに移行できるというわけだ。

 そうした強化の多様性を認めたうえで、現場の指導者と選手とのコミュニケーションが重要になる。

「普段の練習を高い達成率で消化し、身体が整い、結果も出てくると、学生のうちにマラソンを経験しておきたいという話になると思います。その時、マラソンは実業団に行ってからでいいと説得して納得するのか、そうじゃないのか、十分な話し合いは必要であると思います」

 早期のマラソン挑戦にはリスクがともなうことを忘れてはならない。それを踏まえ、指導者は学生の力量、適性を見極め、その気持ちにどう応えていくのか。

 3月2日の東京マラソンには、今年の箱根4区で区間賞を獲得した青山学院大の太田蒼生が出場予定だ。記録の出やすいコースとして知られる同大会だが、日本学生陸上競技連合はこれまでもエリート枠、準エリート枠での学生の出場を後押ししてきた。学生がマラソンに挑戦していく流れは今後も続くだろう。

    ランキングスポーツ

    前日のランキングへ

    ニュース設定