設備の老朽化が進む「ローカル線」は、維持すべき交通システムか

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2025年03月01日 08:21  ITmedia ビジネスオンライン

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どうする? 老朽化が進む「ローカル線」

 いまや、ほとんどの地方鉄道が瀕死の状態で、補助金無しでは運行を継続できない。まるで点滴で延命する末期患者のようだ。いつまでも生き続けてほしいと願う人は多いけれど、ローカル線という患者はもはや点滴だけでは生きていけない。老朽化した設備の交換が必要だ。それは開業以来の大手術で、つまり補助金があっても足りない。


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 このところ、そんな感想を持つ事例がいくつかあった。


●弘南鉄道の場合


 青森県の「弘南鉄道」は、弘南線と大鰐線の2つの路線を運行している。このうち大鰐線について、2027年度末(2028年3月)に廃線にする方針だという。鉄道路線は廃止届を出せば1年後に廃止できるけれども、3年後とした理由は「電車通学を前提としてこの春に入学する中高生が卒業するまで」という配慮だった。潔く、そして優しい心遣いの結果だ。


 弘南鉄道は2013年にも大鰐線の廃止を表明した。その理由が「補助金を受けても赤字から脱却できず、従業員の昇給もできない。このまま補助金をいただき続けるのは心苦しい」というものだった。このときは沿線自治体が驚いて「支援を続けるから続けてほしい」と説得した。


 しかし、コロナ禍から赤字が増えており、ついに自治体が支えきれなくなった。経常収支の補てんが続いたとしても、今後、レールの交換など大規模な修繕が待っている。それを誰が負担できようか。残された弘南線も同じ課題が残っている。


●平成筑豊鉄道の場合


 同様に、自治体による補助金の限界を超えた鉄道が「平成筑豊鉄道」だ。もともと国鉄時代に「特定地方交通線」として廃止対象になった3つの路線を、自治体の出資による第三セクターが引き受けた。初期には運行車両を少なくする代わりに運行回数を増やす施策で利用者を増やし、黒字決算となった。ローカル線の優等生とも呼ばれた。


 しかし、その後は少子高齢化などで乗客数が減り、2011年から補助金を受けている。コロナ禍でさらにダメージを受け、2023年度の補助金は約3億円にのぼった。沿線自治体にとっては、それでも維持していきたい鉄道だ。


 しかしそこに「施設の老朽化」が立ちはだかる。レールや枕木の交換、鉄橋のサビ止め塗装など、今後は年間10億円、30年間で338億円の設備更新費用がかかることが見込まれている。「現在の補助金では限界があるのではないか」と平成筑豊鉄道は察して、自治体に法定協議会の設置を要請した。


 上下分離で鉄道を維持するか、バス路線に転換するか、線路を舗装してBRT路線にするかという選択肢がある。バスの運転士も足りない。BRTは線路の舗装費など初期投資が大きい。鉄道を維持した場合、下を受け持つ自治体に、将来の負担増の覚悟はあるか。


●富山地方鉄道の場合


 富山地方鉄道も、コロナ禍からの回復が遅れている。2023年度の赤字は7億円。このうち2億円は運賃値上げなどで取り戻し、残り5億円は富山県と自治体が支援すると決まった。富山地方鉄道は路面電車が黒字を出しており、不動産業なども黒字。これらの黒字部門で赤字の鉄道部門とバス部門を支える構図となっている。


 富山地方鉄道は、鉄道もバスも観光客の収入が多い。鉄道路線のうち立山線は立山黒部アルペンルートの一部だし、本線は宇奈月温泉に達し、そこから黒部峡谷鉄道に連絡する。これがコロナ禍で乗客激減となった。加えて黒部峡谷鉄道は、2024年1月の能登地震の影響で一部区間が不通になってしまい、観光客の回復が遅れる要因になった。バスも鉄道も自社で支えきれなくなっており、補助金額は増加の一途だった。


 しかし、富山地方鉄道の営業収入は上向きだ。黒部峡谷鉄道の終点、欅平(けやきだいら)から黒部ダムまで「黒部宇奈月キャニオンルート」の開業も控えている。いまのところは、それまでなんとかしのげば補助金を減額でき、このまま継続できるかもしれない。


 ところが、富山地方鉄道にも「設備更新」の壁がある。今後増加するであろう観光客のために、車両の更新や追加などの事業費として、約600億円が必要となる見通しだ。鉄道の再構築事業が国に認められ、国が半分を負担したとしても、残り300億円。県がその半分の150億円、沿線が残り150億円。その負担に耐えられるか。


●あらゆるインフラに限界が来ている


 2007年に「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」が施行された。これにより、自治体と鉄道会社が再構築計画を策定し、上下分離化によってローカル鉄道を支える仕組みができた。その後も鉄道の存廃論議は続いたけれども、再生される事例のほうが多かった。


 しかし、それも経常収支のつじつまを合わせる役目しかない。インフラの限界は近づいている。レールの交換、トンネルの補強、鉄橋も架け替えが必要になるかもしれない。今後、鉄道の利用者が増えるなら投資の価値はあるだろう。しかし鉄道を建設した当時の勢いが、いまそこにあるのか。投資に値する路線であるか、もう一度ふるいにかける時期が来た。


 1月28日には、埼玉県八潮市で道路が陥没し、トラックドライバーが巻き込まれた。原因は下水道管の腐食であった。これは八潮市や下水道だけの問題ではない。私たちの暮らしの中で築いてきた建築物などが老朽化し、更新の時期が来ている。鉄道がなんとか維持できている理由は、法律で検査が義務付けられているからだ。それでも設備更新の時期が来る。鉄の固いレールはすり減っていくし、枕木も風雨にさらされて傷んでくる。


 そうはいっても、鉄道会社や支援する自治体は、やがて来るインフラ更新の時期などが分かっていたはずではないか。何年後かのその日のために、例えば基金を創設するなど準備期間はあった。それにもかかわらず歴代の担当者たちは問題を先送りした。その結果が現在の窮状につながっている。しかし今さら指摘してもどうにもならない。今後どうするか。これから判断しなくてはいけない。


●鉄道は「カネのかかる古いシステム」


 私は鉄道の旅が好きだ。のんびりと車窓を眺め、駅弁を食らい、まどろむ時間が好きだ。しかし鉄道に詳しくなるほど、それができる状況は鉄道の経営にとって望ましくないことも分かってきた。


 以前から私の持論は「売れるモノやサービスは、便利か、楽しいか、どちらかの要素が必要」だ。出版でいえば地図帳、特にロードマップは売れなくなった。電子版も厳しい。ネットの地図サービスやカーナビのほうが「便利」だからだ。マンガ雑誌は生き残っている。『週刊少年ジャンプ』はかつて650万部を売り全国紙を抜いた。現在は部数を減らしたとはいえ、いまだ100万部を超えている。「楽しい」から残っている。


 便利なモノやサービスは、「もっと便利な」モノやサービスに置き換えられてしまう。しかし楽しいモノやサービスは、もっと楽しいモノやサービスと共存できる。


 ローカル線が赤字になる理由は「便利ではないから」だ。なぜ便利でなくなったかというと、「もっと便利な交通手段があるから」だ。


 交通手段の歴史を振り返ってみよう。まずは徒歩。次に馬車や牛車、日本では籠(かご)や人力車もあった。同時に船の時代もあって、次に鉄道が伝来する。鉄道は大量に人や物を運ぶ。人々が鉄道を利用するようになると、街道の拠点交通から馬車、牛車、籠、人力車が消えた。鉄道網の発展によって支線ができると船も減った。鉄道のほうが便利だと支持されたからだ。


 このとき「馬車、牛車、籠、人力車、船を残せ。自治体が面倒を見るべきだ」という議論はなかっただろう。その結果、馬車、牛車、籠、人力車は街道から消えていった。ただし廃れはしない。「便利」ではなくなった交通手段は、「楽しい」で生き残った。これらの交通手段は観光地で生き残っている。


 船はどうか。国内航路の客は鉄道に奪われ、国際航路の客は飛行機に奪われた。しかしクルーズ船として生き残っている。「便利」でなくなったモノやサービスは「楽しい」で生き残れる。例えば、日本刀は戦国時代の戦にとって「便利」な道具だった。しかし現在は観賞用、美術品として製造され、文化が残されている。


●鉄道は都市でしか通用しない


 さて、鉄道はどうなのか。新幹線は便利だ。しかし地域の交通手段として便利なシステムだろうか。そこにはマイカーがあり、バスがある。運転免許がなくても、AIオンデマンドの乗り合いタクシーなら、自宅から行きたいところへ行ける。鉄道よりはるかに便利だ。道路交通のほうがずっと進化している。まだまだ未熟だけど、自動運転自動車も視野に入る。


 それでも都市では鉄道という古いシステムが使われている。本来ならドアツードアのマイカー、バスやAIオンデマンド乗り合いタクシーのほうが便利だ。しかし、大都市は人口が多く道路が渋滞している。便利なはずのマイカー、バス、AIオンデマンド乗り合いタクシーを便利に使えない。だから「仕方なく鉄道を使うしかない」という見方もできる。


 古いシステムに最新の技術を投入して、なんとか都会の輸送需要に応えている。そんな鉄道は、「仕方なく鉄道を利用する人が大勢いる都会」でないと生きていけない。


 鉄道というシステムは時代後れだ。都会で仕方なく使わざるを得ない交通システムだ。そんな見方に切り替えたとき、地方で鉄道を維持することの必要性を考えるべきだ。道路交通はどんどん進化して便利になっていく。地方のほうが進化できるのだ。鉄道に固執すると道路交通が見えなくなってしまう。


 私は地方交通で最も適したシステムは、AIオンデマンドバス、AIオンデマンドタクシーだと思う。法律が許せばライドシェアがいい。ご近所で手が空いた人にお願いして送迎してもらう。このとき、ライドシェアドライバーは専業では稼げないと思う。しかし副業であれば、隙間時間に小遣いを稼げるし、ご近所さんの役に立てる。


 ここまでの話で、鉄道を残すための方法が見えてきたはずだ。道路交通と手を組んだ「便利な交通システム」の一員になるか、「楽しい乗りもの」に転じるしかない。「楽しい」のアイデアが観光列車であり、廃線跡のトロッコやレールバイクである。


 楽しいものやサービスをつくるにも投資が必要だが、通常の鉄道運行よりも市場が小さいため、経済規模は縮小せざるを得ない。しかし、便利さで道路に負けたローカル鉄道が生き残る道は「楽しい」しかない。


(杉山淳一)



このニュースに関するつぶやき

  • 特に現在第三セクターで走らせている路線は元々国鉄だったかと。なんで国鉄路線引いたか主な理由は乗客輸送より貨物輸送が主だったはず。貨物輸送ががなくなった時点で採算は取れませんわなあ。
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