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第6回WBC は2026年開催だが、その戦いはすでに始まっている。
先日、台湾でWBC Q 2025(予選大会)が行なわれた。昨年のプレミア12で侍ジャパンを決勝で破り、世界チャンピオンに輝いた台湾、中米の野球大国ニカラグア、第1回大会から参加している南アフリカ、そしてスペインの4カ国が、2つの本戦出場枠を争った。
【波乱のWBC予選】
大方の予想では、プロリーグを持つ地元・台湾とニカラグアが本命とされ、ラテンアメリカ各国の選手を集めたスペインがその争いに加わると見られていた。しかし開幕戦で、"格下"と目されていた南アフリカがニカラグア相手に9回まで1対1の接戦を演じる大健闘を見せた。
また大会初日の第2試合では、台湾がスペインに5対12と大敗を喫したのだ。さらに大会2日目もニカラグアがスペイン相手に苦戦。延長タイブレークの末に勝利したが、世界野球は"戦国時代"へと突入した。
この大会のフォーマットは少し複雑だ。本戦への2つの出場枠のうち1つは、総当たり戦で首位のチームに与えられる。もし2チームが勝敗で並んだ場合は、直接対決の勝敗で順位が決まる。また3チームが並んだ場合は、当該チーム間の9イニングあたりの失点率で順位が決定する。
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2枠目は、総当たりの成績に関係なく、2位と3位のチームが大会最終日にプレーオフを行なうことになる。
大会2日目終了時点での成績は、ニカラグアが2勝で首位。台湾とスペインが1勝1敗で並んだが、直接対決の結果でスペインが2位、台湾が3位だった。
翌日の試合は、デーゲームでスペインと南アフリカ戦、ナイターで台湾とニカラグアが組まれていた。たとえば、南アフリカが勝利し、ナイターで台湾が敗れると、ニカラグアを除く3チームが1勝2敗で並び、失点率の勝負になる。
ただし、これまでの戦績から南アフリカがスペイン相手に9得点以上挙げない限り、3位になることはない。つまり、台湾にとってはこの時点で最下位になる可能性はほぼなくなったわけだ。
昨年のプレミア12でチームを世界一に導いた台湾の曾豪駒監督は、最終戦となるプレーオフに弱点である投手陣を次々につぎ込むプランを決断。言わばニカラグア戦は、勝っても負けても大勢には大きく影響しない"消化試合"の意味合いが強かった。
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【青天の霹靂だった代表入り】
そのニカラグア戦の先発のマウンドを託されたのが、代表初選出、チーム最年少の徐翔聖だった。彼は一昨年のドラフトで、ヤクルトから育成1位で指名され話題となった高橋翔聖である。
台湾人の父と日本人の母との間に生まれた高橋は、幼少期に2年ほど日本で過ごしたものの、その後は台湾で育った。小学校5年の時に、関西出身で阪神ファンの母の影響で野球を始めた高橋は、高校は台北郊外の新北市にある鶯歌工商に進学。
この高校はスポーツに力を入れており、野球部の監督は台湾プロ野球で通算1216安打を放った王傳家。台湾球界のレジェンドから指導受けた高橋はメキメキと頭角を現し、最速150キロを記録。当然のことながら、台湾球界から注目されていた。
しかし台湾プロ野球のドラフトを前に、NPBのヤクルトが2023年のドラフトで高橋を育成1位指名。高橋は翌年の学年終了後にヤクルトと契約を結び、日本でプロとしての第一歩を踏み出した。
プロ1年目は体づくりに専念し、イースタンリーグの公式戦出場はわずか2試合、2イニングの登板だった。
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そんな高橋が台湾代表に招集されるというのは、本人にとってもまさに青天の霹靂だった。
【ほろ苦い代表デビュー】
高橋の脳裏には、幼き日にテレビで見た熱戦が焼きついている。2013年のWBC第2ラウンド第2試合、台湾野球が日本野球にもっとも近づいた試合となった。現役メジャーリーガー・王建民を先発に立てた台湾は、9回二死までリードするなど侍ジャパンを追い詰めた。結果的に延長で日本が勝利するが、WBC史上に残る名勝負を目の当たりにした幼き翔聖の夢は単にプロ野球選手になるだけではなく、代表チームに入って活躍することになっていった。
「台湾、日本っていうのはありません。とにかく国を代表してプレーしたいと思うようになりました」?
そして迎えたニカラグア戦。
「先発を告げられたのは、前日の試合終了後です。もう夜はワクワクドキドキでした」
しかもスタンドは満員の3万5000人。イースタンリーグしか経験のない高橋にとっては、まさに異次元の空間だった。
試合は消化試合ではあったが、高橋にとっては今後のキャリアを左右する大舞台。いつも以上に気合いが入った。
しかし、先頭打者をショートゴロに打ちとったかと思いきや味方がエラー。つづく打者に二塁打を浴び、一死も取れずに失点。その後もタイムリー安打を許し、試合開始からわずか数分で2失点を喫してしまった。
ベンチからコーチが出てきた時は、そのまま交代かとも思ったが、若武者の将来にかけたのだろう。そのまま続投となり、予定どおりの2イニングを投げた。結果として4安打を許しながらも、失点は初回の2点だけ。三振も1つ奪った。
試合後、高橋は「悔しかったですね。やっぱり代表戦ですから」と振り返り、「若さは言い訳にはならない」と語った。その姿勢に、台湾球界の重鎮も感心したという。その一方で、高橋はこうも語っている。
「やっぱり、国民全体が見ているなかでプレーするっていうのは違いました。それにこんないい球場で、子どもの頃から見ていたスター選手に囲まれて、すごく楽しめました」?
台湾はこの試合を完封負けで落としたが、プレーオフでスペインに勝利し、本戦出場を決めた。来年、日本と同じプールで戦う可能性は高い。高橋もその舞台に立つことを夢見ており、まずはヤクルトで育成から支配下登録に上がり、一軍のマウンドに立つことが目標だ。
台湾代表として戦った貴重な経験を生かし、今後、高橋がどのような成長を見せてくれるのか、楽しみでならない。