ソフトバンクがAI-RANの機能を拡充 AIで上りや高速移動中の速度がアップ、機密情報を守る制御も

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2025年03月03日 16:51  ITmedia Mobile

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ソフトバンクのAI-RAN「AITRAS」の設備

 ソフトバンクは3月3日、MWC Barcelona 2025に合わせて、AI-RAN統合ソリューション「AITRAS(アイトラス)」の新たな機能強化と技術開発について発表した。今回の発表内容は、通信性能の向上からインフラの最適化まで幅広く、同社のAI-RAN技術の商用化に向けた具体的な進展を示すものだ。


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●通信品質を大幅に改善するAI技術


 新発表の1つ目は「AI for RAN」というコンセプトに基づく技術で、AI技術をモバイルネットワークに適用して通信性能を向上させるもの。無線機基地局に新たなハードウェアを導入せずに、性能を向上させる仕組みだ。3つの主要な技術で実証実験を行い、それぞれ大幅な性能向上が確認された。


 「アップリンクチャネル補間」では、スマートフォンからの上り通信速度が約20%向上した。5G TDD方式では上り通信に使えるタイミングが限られている上、干渉が強い環境では信号品質が低下しがちだ。この技術では、基地局側で受信した断片的な信号から欠損部分をAIが予測・補完。チャネル推定精度を高めることで、特に品質が悪いエリアでの上り通信を安定させ、動画や写真のアップロード速度を大幅に改善する。


 「サウンディング参照信号の予測」では、時速80キロで移動中の端末への下り通信速度(ダウンリンク)が約13%向上した。これは、高速で移動する車内のスマホでも安定した高速通信を実現する技術だ。


 簡単にいえば、基地局は電波をピンポイントで端末に向けて送信(ビームフォーミング)するために、端末の位置や電波状況を把握する必要がある。その手掛かりとなるのが、端末から送られてくる「サウンディング参照信号(SRS)」という情報だ。


 しかし問題は、この情報が常に送られてくるわけではなく、多くの端末が接続すると送信間隔が長くなること。特に新幹線や高速道路を走行中の端末は、次の情報が来るまでの間に大きく移動してしまい、基地局のビームが端末を「見失う」状況が発生していた。


 ソフトバンクの新技術では、AIが過去に受信したSRSデータから、「端末はこの後どこに移動するか」を予測し、SRSが送られてこない間も最適なビーム方向を維持できるようにした。これにより、高速移動中でも通信が途切れにくくなり、下り速度が13%向上した。


 「MACスケジューリング」では、ユーザーの平均スループットが約9%向上した。この技術は、複数のスマホユーザーが基地局に同時に接続する際、どのユーザーを組み合わせて同時に通信させるかを最適化するものだ。


 5Gでは複数のユーザーに同じ周波数を割り当てる「MU-MIMO」という技術を使うが、ユーザー間の干渉を避けるには組み合わせの選択が重要になる。ユーザー数が増えると組み合わせのパターンが膨大になり、従来の計算方法では最適な選択が難しかった。ソフトバンクはAIを活用してユーザー間の相関関係や無線品質を瞬時に分析し、最適な組み合わせを選択する技術を開発。特に混雑時の通信品質を向上させることに成功した。


●導入コスト削減を実現する2つのハードウェア構成


 2つ目の発表は、AITRASのハードウェア構成の多様化に関するものだ。商用化に向けて、2つの重要なアーキテクチャの実装を完了した。


 1つは、NVIDIA Grace CPU Superchipを搭載したプラットフォームに基地局制御機能(CU:Central Unit)を実装したもの。これは通常、高性能サーバが必要な処理だが、ARMベースのCPUを活用することで、1台のCUで管理できる無線ユニット(RU:Radio Unit)の数をおよそ2倍に増やすことに成功した。


 これを簡単に説明すると、1台のサーバで2倍の基地局アンテナを管理できるようになるということだ。大規模なデータセンターに集約して基地局を制御するC-RAN構成で必要なサーバ台数を半減させ、導入コストを大幅に削減できる。


 もう1つは、NVIDIA GH200 Grace Hopper Superchip 1台だけで、通常は別々のサーバに分かれる制御機能(CU)と信号処理機能(DU:Distributed Unit)の両方を実行できるようにしたものだ。これは主に企業向けの小規模な導入を想定したD-RAN構成で、工場や商業施設など局所的にAI処理が必要なエリアに最小構成で導入できるメリットがある。


 これらの新構成は2025年度から順次屋外の検証環境に導入され、性能検証が進められる予定だ。


●機密データも安全に扱えるネットワーク分離技術


 3つ目の発表は、5G SAの機能を活用して、通常のインターネット接続とAITRAS上のエッジAIサーバへの接続を分離する技術の開発だ。


 これは「ローカルブレークアウト」と呼ばれる5Gの機能を活用し、企業の機密データなどを社外に出すことなく、安全にAI処理できる環境を実現するもの。具体的には、「URSP」と「LADN」という5Gの機能を用いて、通信経路を制御している。


 例えば、社員がスマホでAIチャットを使う場合、一般的な質問は通常のインターネット経由でパブリックなLLM(大規模言語モデル)に送られるが、社内の機密情報を含む質問は自動的に社内のAITRASエッジサーバ上のプライベートLLMに送られる仕組みだ。AITRASに搭載された小型AIモデルが質問内容を分析し、適切な経路を自動選択するため、利用者は意識することなく安全にAIを活用できる。


 もう1つの事例として、工場内限定でのみ利用可能なAIアプリケーションも開発した。これは工場内の設備情報やカメラ映像、センサーデータを参照できる高度なAIシステムだが、工場の敷地を離れると自動的に接続が切れる仕組みになっており、情報漏えいリスクを最小化している。


●レッドハットと開発した電力消費最適化ソリューション


 4つ目の発表は、ソフトバンクとレッドハットが共同開発した、AITRASデータセンターの消費電力を最適化するソリューションだ。


 レッドハットのオープンソースプロジェクト「Kepler」を活用し、コンテナやポッドレベルでの電力消費を把握。AITRASオーケストレーターが電力関連のメトリクスを活用して、AIアプリケーションのリソース配置を最適化する。


 この技術により、AITRASオーケストレーターはアプリケーションの優先度やサーバの空き状況だけでなく、電力消費も考慮してリソース割り当てを動的に行えるようになった。日本全国に展開予定のAITRASデータセンター間の連携により、地域ごとの電力負荷分散や再生可能エネルギーの利用率向上にも貢献する。


●ノキアと実現した、AIとvRANの共存と自動最適化


 5つ目の発表は、ノキアとの協力による、1台のGPUサーバ上でAIとvRANを共存させる技術と、その最適なリソース割り当てを自動化する機能だ。


 ノキアのvRANソフトウェアとの連携により、1台のGPUサーバ上でAIアプリケーションとvRANを同時に動作させることに成功。さらに、ノキアのEMS(Element Management System)であるMantaRay NMからvRANの接続ユーザー数などのリアルタイムデータを取得し、AITRASオーケストレーターがトラフィック需要を予測、サーバリソースの最適な割り当てを自動で行う機能も実現した。


●MWC2025で新技術を展示、具体的な導入時期は未定


 これらの技術発表は、2024年11月に発表されたAITRASの機能を大幅に拡充するもので、通信品質の向上だけでなく、AIインフラの効率的な運用や電力最適化など幅広い領域をカバーする。ソフトバンクは、Arm、富士通、ノキア、レッドハットなど業界をリードする企業との協業を続け、今後もAI-RAN技術の発展を推進していく構えだ。


 AITRASのソフトバンク自身のネットワークへの導入については、段階的な計画を有している。まず製品評価のための限定的な導入が2025年度から開始される予定で、数サイト程度から始め、機能面、性能面、品質面の評価を行う。この評価の目的は、AITRASが製品として期待通りに動作することを確認するためだ。


 本格的な商用ネットワークへの導入については、この初期評価の結果を見て判断する方針だ。先端技術研究所 先端無線統括部 統括部長の船吉秀人氏は「既存のシステムなどの全体の投資計画効率の中で判断されていく」と説明し、現時点では具体的な導入時期や規模については決定していないことを明らかにした。


 AITRASは単にソフトバンク自身のネットワークのためだけでなく、他の通信事業者に提供する製品としても位置付けられており、MWC Barcelona 2025では海外の通信事業者との商談も予定されている。



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