
灰色の空が続くヨーロッパを離れ、2025年シーズンの開幕へ向けて徹底的にニューマシンをテストすべく、F1サーカスは中東のバーレーンへとやってきた。
しかし、2月末のバーレーンはこの地としては異常な寒さで、気温は15度にも満たない。雲が空を覆い、2日目には小雨が降り続くという異例の事態だった。
新車VCARB 02をドライブしたレーシングブルズの角田裕毅も、厚手のジャケットを重ね着して寒そうにしながら言った。
「正直、わからないです。今回は去年のバーレーンとコンディションが全然違いますし、こんなに寒い状況で走ったことがないので、何とも言えないんです。寒い時は放っておいても(空力的にもパワー的にも)パフォーマンスが全体的に上がるので、グリップもしてクルマのフィーリングもよくなりますし。
今のところはいいフィーリングは感じているんですけど、それはこの寒さのおかげかもしれない。クルマのキャラクターが完全に変わったかどうか、ハッキリわかっているような感じではないんです」
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昨年の最速タイムを記録した夕刻の気温が21.9度、路面温度が29.7度。
それに対して、今年は気温15.5度、路面温度は17.9度でしかなかった。この寒さは、どのチームにとっても予想外だった。
寒ければ空気の密度が高いので、ダウンフォースは通常よりも増える。エンジンに入る酸素の量も増えて、パワーも通常より上がる。さらに冷却のための排熱ルーバーをボディカウルに開ける必要がなく、空力的なロスもない。そして路面温度が低いからタイヤのオーバーヒートも少なく、高グリップが維持しやすい。
そのような環境下でのテストになったため、今年のバーレーンは昨年に比べてマシンがキビキビと走り、タイムも出やすいコンディションだった。だから角田は、単純に昨年のマシンと比べてどうと判断はできないと言ったのだ。
これが今年、バーレーン合同テストでどのチームも苦しんだ点である。データを正確に解析するためには、かなり慎重な分析が必要になった。
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【昨年のドラッグ問題は改善済み】
角田は初日、2日目と午前中のセッションを担当し、最終日の午後にチームのエースとしてテストを締めくくる役割を担うことになった。
幸いなことに、最終日は雲が晴れて太陽が顔を見せ、気温はそれほどではないものの、路面温度は30度まで上がった。
ここで角田は18周のロングランを3本やって、レースに向けたセットアップやタイヤマネージメントの比較データを収集した。最後の1時間ではバーレーンGPのソフトにあたるC3タイヤを投入し、タイムアタックを3本敢行して7番手のタイムを記録している。
もちろん、どのチームもある程度の燃料を搭載して本来よりも重い状態で走っているため、実力はタイムシートのとおりではない。しかし、中団グループの上位を争う位置につけたことで、まずはひと安心できる結果となった。
「最終日の午後にはロングランもショートランもできて、質のいいセッションができたと思います。収穫の多い3日間になりました。ロングランのペースはとてもよかったように感じました。
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でも、今回のテストで一番重要なのは、ここから分析していくためのいいデータが採れたことだと思います。今後に向けてどこを改善していかなければいけないか、それもすでに見えていますし、この3日間のなかでもすでに改善が進められました」
昨年苦労させられたドラッグ(空気抵抗)の大きさは、明らかに改善されていた。つまり、ストレート速度のためにダウンフォースを削る方向ではなく、今年はコーナーで戦うためのセットアップができるということだ。
その一方で、比較対象となる中団グループのライバルたちと比べて、レーシングブルズは中速域でのダウンフォースが足りないと、角田は感じているようだ。
「高速域は悪くないんですけど、課題は低速域と中速域かな。低速はどちらかと言えばマシンバランスの問題で、アンダーステア傾向が強いのがメインです。中速はリアが流れていく、つまりただ単にダウンフォースが足りていないかな、という感触です」
【今季はリーダーシップを強く意識】
中団勢ではウイリアムズが3日間とも好タイムを記録し、カルロス・サインツが全体のベストタイムも記録している。昨年終盤戦にマシンを大きく改良してきたアルピーヌも好位置につけ、レースシミュレーションに徹していたハースも最終日には速さの片鱗を見せてきた。
今年も間違いなく中団グループの争いは熾烈で、数少ない入賞圏の空席を7〜8人のドライバーで争うことになりそうだ。
「絶対にタイトな争いになるので、一つひとつのパフォーマンスを上げていくことが重要だと思っています。タイトだからこそ、(わずかなゲインでも)開発競争で優位に立てれば立てるほど、コンスタントにポイントが獲りやすくなる。僕もチームも最大限に準備をして、レースに取り組んでいく必要があると思っています」
タイトな争いだからこそ、開幕後の開発競争がモノをいう。
レギュレーション刷新の2026年に向けて、どのチームも早い段階で今年型マシンの開発は終えて、来季型の開発に集中したい。だからこそ、早期に開発を進めることができれば、今シーズンを通して優位に立つことができるのだ。
「今年のテストでは、将来に向けてクルマのどういうところを強化していくべきか、具体的に何をしていくべきか、自分のなかでハッキリとつかみ取れつつあります。テストで一番大切なのは、そこだと思います」
昨年はその開発競争で後れを取ってしまった。マシンを開発する空力部門だけでなく、ドライバーとしてどうなれば速く走ることができるのか、自分たちの要求をもっとストレートにフィードバックして開発の方向性をリードするべきだったという思いも、角田のなかにはある。
今年はエースドライバーとしてリーダーシップを発揮することを強く意識している角田だけに、開発の方向性が迷走しないようにチームを牽引していくことも、自身に課せられた重要な役割だと認識している。
【角田はもはや若手ではなく中堅】
今季に賭ける思いは強い。
「去年から人がけっこう変わっているのもありますので、今年は僕がもっとはっきりと『どういったところを変えていくべきか』を言って、チームのなかで混乱が起きないように、うまくチームを引っ張れるようにしていきたいと思っています。
僕たちのクルマはグリッド上で一番カッコいいクルマですけど、『リバリー(マシンの外観・カラーリング)はカッコいいけどパフォーマンスは下』ってことにならないようにがんばっているので、ファンのみなさんとうれしい気持ち、悔しい気持ちを共有しながら、応援していただければと思います」
ヨーロッパに戻った角田は、すでにイギリスのファクトリーでシミュレーター作業に明け暮れている。
もはや若手ではなく、次のステップを果たすべき中堅。この2025年の前半戦でいかにそのステップを果たし、実力を証明できるかが、2026年以降のチャンスにつながる。
自身のキャリアを大きく左右する重要なシーズンであることは、角田自身が誰よりもよくわかっている。
角田裕毅の新たなシーズンが、いよいよ始まる。