限定公開( 10 )
『機動戦士ガンダム』が宇宙世紀という壮大な物語世界を生み出してからほぼ半世紀。日本のエンタメ史に大きな影響を与え続けるガンダムシリーズに、また新たな転換点が訪れようとしている。
2025年4月放送予定のテレビアニメ『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』(以降、ジークアクス)における、一部エピソードを再編集した映画は、単なる新作アニメ・劇場版の登場にとどまらない。
本稿ではコンテンツマーケティングの観点から、ジークアクスビギニングがこれからそして今後担うであろう役割、コア層からライト層へ及ぼす影響について考察する。
●ジークアクス ビギニングが担う役割とは
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1点目はもちろん、ファンの熱量増加のきっかけ作りである。ジークアクスビギニングは前述の通り、4月から放送を予定しているTVシリーズの一部エピソードを再編集した劇場先行版という形態の作品であり、劇場へ行かずとも放送を待てば同種のストーリーを無料で視聴可能である。
先行公開は金銭を支払ってでも早期に見たいシリーズコアファン向けのビジネス、冒頭エピソードを数話分束ねることは「1話切り」を防ぐため一つのストーリーが完結するまで束ねる試みであり、形態自体がそこまで特異なわけではない。
後述するストーリー面の特異性がなくとも、コアファンを中心に一定の興行収入をあげ、テレビ放送に向けて少しずつ熱量を上げる役割は十分担えただろう。
しかしそれにとどまらなかった。公開初週の観客動員ランキング1位、第2週では初週よりも興行収入・観客動員数を更に増やして連続1位、2月9日までで興行収入20億円を超える大ヒットである。
●熱量を増加させる役割
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そこで2点目の役割、熱量の増加である。これには本映画の内容、ストーリーが大きく寄与している。視聴済みの方は理解できるだろうが、ジークアクスビギニングは『機動戦士ガンダム』という冠を被ったタイトルとしてはあまりに挑戦的な内容、展開のストーリーとなっている。公式からの事前情報が少量だったこともあり、1月17日の上映開始後は瞬く間にSNSのトレンド上位となり、「こんなことが許されていいのか」「ネタバレされる前に見ろ」「緑のおじさん」などのネットミームも交えた本作に関するワードがネット上を飛び交った。
非常に興味深いのは、これらの驚きの声や推奨の声の多さに対し、その理由たるストーリー内容に関するいわゆるネタバレの声が少なかったことである。
これは同作をサンライズと共に制作しているスタジオカラーの他作品でも見られる事象であり、公式からの事前情報を少なくしネタバレを極小とする、更に公開直後に見たファンもネタバレを控え「見るべき作品であること」のみをSNSで拡散するというものである。
過去には『シン・エヴァンゲリオン』や『シン・ゴジラ』でも同様の事象が見られた。これにより、いわゆる「鍛えられたファン」によるムーブメントがライトファンにも広がり、コンテンツを皆で楽しもうという空気が醸成される。
ネタバレは表層的なものにとどまり、「コア層が強く推奨する作品である」という事実のみがライト層にも届く形で拡散し続け、ライト層を動かし、公開初週から第2週にかけて興行収入・観客動員数が増加するという比較的珍しい結果につながった。
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もちろん、熱量増加に寄与したのはストーリーの内容だけにとどまらない。本作はその体験様式においてもシリーズ内で特徴的なアプローチを行っている。
ガンダムシリーズ史上初のIMAX形式での上映、2月下旬のMX4D・4DX体感型シアター形式の提供、本編終了後の特別映像追加などの企画も、単なる映像コンテンツの視聴にとどまらず、日常(放送・配信)が始まる前の「非日常イベント」として位置付ける意図があることだろう。この日常と非日常の使い分けは、過去の記事でも取り上げている。
タイトルが人気を博すきっかけを作り、ファンの熱量を増加させる。ここまでが2月末までで現実として起こった事象であり本タイトルが果たした役割である。
●世代間の溝を埋める役割
3点目は4月からの本編放送を通じて果たしうる役割、つまり、伝統タイトルにみられる世代間の溝を埋めてそろえる役割である。本章ではジークアクスビギニングの内容にある程度触れざるを得ないため、映画を視聴した後にお読みいただきたい。
1979年の機動戦士ガンダム放送開始から現在に至るまで、ガンダムシリーズは世代を超えて愛されてきた。しかし、時代の変化とともにシリーズ・作品ごとの「コア層」と「新規に近いライト層」もしくは「潜在的ファン」の間に溝のようなものが生じていたことも否めない。
何より半世紀近く前の作品である。これだけコンテンツがあふれる現代社会において、10〜20代が20世紀の作品に触れる機会は多くなく、またモチベーションも得難いだろう。本作はその溝を埋める架け橋となる可能性を秘めている。
長年のガンダムファンにとってジークアクスビギニングは、原典ともいえる機動戦士ガンダムの世界に対するリスペクトと革新的再解釈が絶妙に調和している作品だ。シャア・アズナブル、シャリア・ブル、そしてアムロ・レイといった伝説的キャラクターたちが「別の可能性」の中で描かれることは、原典を熟知する古参ファンにとって「知っている世界における新たな冒険譚」ともいえる。
一方、2010〜2020年代から各種コンテンツに触れた若い視聴者は、ポケモンシリーズで親しんだ竹氏によるキャラクターデザイン、絶大的な人気を誇る米津玄師氏による音楽、そしてエヴァンゲリオンシリーズの鶴巻和哉監督の映像など多くの要素に導かれ、ガンダムシリーズである本作品に触れる障壁が下がっていることだろう。もちろん、2022〜2023年に放送された『機動戦士ガンダム 水星の魔女』が若年層からも高い評価を獲得した背景もある。
また、ジークアクスビギニングでは前後半でビジュアルを使い分けている点も特筆すべき取り組みである。通常は全編を通じてキャラクターデザインを統一するものであるが、導入部である前半パートでは安彦良和氏のオリジナルデザインに忠実なビジュアルで、ジークアクス本編の時期に移る後半部分では現代のビジュアルで描かれている。
もしかしたら、本作品における描き分けは単に「古い時代」と「新しい時代」を描き分けるという機能的区分だけでなく、ストーリーの根幹につながる確固たる背景があるのかもしれない。
このように、原典を知る古参ファンから近年ガンダムシリーズを知った世代までが受け入れうる二面性を持っており、この二面性こそが、本作を単なるシリーズファン向け作品ではなく世代を超えた大ヒットを予感させる要因の一つである。
●ジークアクスが提示する長寿シリーズの立ち居振る舞い
上述3つ目の役割にも記載したが、ジークアクスの最大の特徴は既存作品のIFシナリオという点である。
宇宙世紀0079年、地球連邦軍とジオン公国軍の間で繰り広げられた一年戦争——ガンダムシリーズの原点であるこの事象が、ある分岐点を境に大きく異なる道をたどったらどうなるか、本作が多くのファンに衝撃を与えた最大の要因である。
なお、歴史×IFシナリオは古の時代より親しまれているジャンル・技法であり、この手法自体に希少性はない。
特筆すべきは、スピンオフはあれど「史実」しか描かれていなかった宇宙世紀の一年戦争において、IFを投げかけた点である。本作における最大の衝撃、シャア・アズナブルが赤いガンダムに搭乗することを提案したスタジオカラーの庵野秀明氏も下記のように語っている。
『GQuuuuuuX-Beginning-』の冒頭は、再現度の強さと、特別にスタッフのエネルギー熱量が高かった為、驚かれるかもしれない映像に仕上がっていますが、本質は、「ガンダム」シリーズという広大な敷地に我々が建てさせていただいた、新たな一棟に過ぎないと考えています。
本家住宅の解体や増築ではなく、横並びに別棟を建てたイメージで考えています。
「機動戦士ガンダム」という巨大なコンテンツ・IPと関わらせていただく以上、我々も「ガンダム」の更なる再生と拡張、より多くのお客様に見ていただける作品を目指すべきで、既成のそれとは違う切口での新たな路線開拓を試みるべきではないか。
そう考え、前日譚部分を、ある程度の尺を使って描く事を、鶴巻監督へ持ちかけました。
前日譚が前日譚としてそのまま流れる構成の「劇場先行版」をお楽しみ頂けると、幸いです。よろしくお願いします。
このような長寿シリーズ×IFシナリオという取り組みは、タイトルは認知されているものの、長寿が故に既存コンテンツが多すぎ、新規層が入口を見つけにくい、という状況を打破する一つの手法となりえるだろう。
日本アニメの例では、鳥山明氏の漫画を原典とし、さまざまなストーリーが追加されているドラゴンボールが近しい試みといえるかもしれない。
もっとも、マーベルシリーズのアメコミのように新解釈・新ストーリーが乱立するのは日本市場に適していないだろう。サンライズ、そしてスタジオカラーによる絶妙なバランス感覚があってこそ、成立した歴史的な試みだ。
4月の本放送を前に既に日本のアニメ史に新たな足跡を残しつつある『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』。この前例なき挑戦が今後どのような展開を見せるのか、アニメというコンテンツに関心を持つ全ての人々の視線が、この作品に注がれている。
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