大正製薬 研究本部 セルフメディケーション研究センター長 内田さえこさん 「ファイト一発」の掛け声や、「鷲のマーク」など、“力強さ”や“勇ましさ”といった言葉がよく似合う大正製薬。しかし近年では美容分野で「化粧品研究に本気で取り組んでいる」と話題になるほど、その認識が変わりつつある。同社の研究を一手に担う、セルフメディケーション研究センター長・内田さえこさんは、研究者として女性の悩みに寄り添う医薬品開発に取り組んできた第一人者だ。入社後、営業社員の多くを男性が占めていたなかで「女性商材の売り方が分からない」苦心を共に味わい、乗り越えてきた。いかにそのギャップに取り組んできたのか話を聞いた。
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大学では遺伝子工学を勉強していたという内田さん。とても研究好きで、「自分の学んできたことを、新しい薬を作ることで社会に貢献できないか」という思いから製薬会社への就職を考え、同社に入社している。
「入社当時は、医療用医薬品の研究開発を行う研究室に配属になり、創薬や開発の薬理研究に従事。そこで糖尿病治療薬『ルセフィ』の研究開発者の1人として承認申請までやってきました。その後、本社の学術センターに異動し、センター長として当社医療用医薬品のエビデンス創出、学術情報提供、新薬の発売準備などに従事。その後、セルフメディケーション研究所センターに異動し、センター長として医薬品、食品、化粧品の研究開発に従事しています」(内田さん/以下同)
『ルセフィ』の発売時期には、開発者の1人として、製品情報や開発物語を全国の医療機関で講演する機会があった。2014年から2016年約2年で、約150ヵ所を回ったという。
「私は医療用医薬品の研究を長年やってきましたが、医療用の新薬開発はおよそ13年かかると一般的に言われています。また、成功確率は3万分の1とも…。承認申請までたどり着ける薬の研究開発に関わることができたのはとてもラッキーでした。それだけでなく最終的な販促にまで関わらせていただけたことが、私のその後にも生きています。私を含めて研究者4人で分担して全国を回りました」
『ルセフィ』は同社オリジナルの糖尿病治療薬で、「会社をあげて取り組んでいた」と内田さん。「私自身、そこで初めて自分が開発した薬を実際に処方するドクターとお話する機会を得ました。患者さんがどんな薬を望んでいるのか。研究に没頭していると自分の世界に入りがちなので、視野が狭くなりがちです。でも、ドクターと対話することで得た気づきも多く、自分の開発した医薬品をいったん俯瞰して見ることができた特別な機会でした」。
■「コンプレックスを直接指摘されたくない。ただ、美しくいたい」女性の本心
女性用育毛剤の『リアップリジェンヌ』を開発するなど、一貫して女性の悩みに寄り添う商品を手掛けてきた内田さん。当時から大ヒットを記録していた男性用育毛剤『リアップ』の女性版としてローンチされた。
「2011年当時、家庭と仕事との両立に伴う女性特有の悩みや課題が顕在化されてきたタイミングでもあったんです。家庭に仕事に…忙しい中でも、女性は潜在的には『美しくいたい』気持ちがある。そうした悩みを少しでも解決してハツラツと過ごしてほしいという思い、また美を追求することは人生を豊かに過ごす上で、健康と同等に重要であるという思いを強く持ち、業務を進めていました」
同社は医薬品メーカーのイメージが強く、「今のように、女性向けの商品に寄り添う感覚は社内でもほとんどなかったですし、一般ユーザー様の間でもそのイメージはなかったと思います」。そのため同商品を発売した当初は、女性ユーザーのニーズをとらえるのに苦労した部分もあったという。
「今は“フェムケア”の概念が認知され、薄毛に関わる意識も変わってきました。でもその当時、薄毛に悩む多くの女性は人には聞きづらく、悩んでいることを周りの友人や家族にも知られたくないということが調査で分かってきたんです。発売当初は『リアップ』の女性版として、『発毛』『育毛』『抜け毛』などのワードを全面に出したプロモーションをしていたので、その部分で女性の共感を得られなかったのだと。悩みについて直接言われたり、意識させられるのはすごくイヤなことで、『美しい髪でいたい』願望のほうが際立っていることに気づいたんですよね。そこから美しい髪を生み出す成分を入れるリニューアルをしたり、『使った先に、美しい髪がある』という世界観を生み出すなど訴求の仕方を変えた経緯があります。視点を変えたことで、その後の売れ行きも随分と変わってきました」
■医薬部外品としての美容液開発「科学的に証明したものをきちんと入れて届けたかった」
内田さんが研究センター長に就任したとき、まさに発売前の最終段階として注力していたのが、開発に9年もの歳月がかかったという先行美容液『THE MYTOL ESSENSE(ザマイトルエッセンス)』だった。
「『リポビタンD』の有効成分・タウリンと関わりの深い、細胞のエネルギー生産工場と言われるミトコンドリアの研究を進めるなかで、ミトコンドリアに関わる酵素と皮膚の研究成果、有効な成分、届けたい成分を届けたい部位に届ける技術を組み合わせた商品の原型ができていきました。医薬品と同レベルの臨床試験で効果と安全性を確認し、厳しい基準をクリアする過程を経ているので、9年かかった。やはり効果があることを科学的に証明したものをきちんと入れて届けたかった思いが強かったので、しっかりしたものを作れたと自負しています」
美容に関する研究は長年続けていたものの、以前は女性に向けた商品のイメージが弱かった大正製薬。その風向きが変わってきたのは、どのタイミングだったのだろうか?
「当社の営業は男性が多かったので、いざ美容関連商品を売り出そうとしても、『どう売るのか分からない』『女性特有の悩みに入り込めない』と、及び腰になってしまう課題は確かにありました。そこで『TAISHO BEAUTY ONLINE』という美容の公式通販サイトを作って、そこにパッケージや広告だけでは伝えきれないこだわりや商品機能をこと細かく載せていったんです。新しいチャネルができて、商品を手に取りたいユーザー様とダイレクトにつながることができて、口コミで広がっていきました。著名なインフルエンサーの方に紹介していただき、社員や社員の奥様にも使用者が増え、社内での認識も徐々に広がってきたことは大きいと思います」
■「“内面の悩み”にも寄り添いたい想いは人一倍強い」
現状のコスメ・スキンケア市場に目をやると、韓国コスメの商品回転率は驚くほど早く、依然強い支持を得ている。ただし、そんな時だからこそ、日本のコスメ・スキンケア商品の強みをアピールできると内田さんは言う。
「確かに韓国コスメなど海外から入ってくる魅力的な商品はたくさんあります。一方で『それが肌に合わない』という方もいらっしゃいます。そこに対して、安心安全な製品をしっかり作るというのは、日本の製薬会社の強みだと思います。やはり品質や安全性についてしっかり研究していますので、最終的には日本のコスメを選んでいただけると信じています。『大正製薬というブランドで安心して選べました』と言ってくださるユーザー様もいらっしゃいますので、その意味では、大正製薬って本当に強みになっているんだなと強く感じています。ただ、自分たちで品質が良いと自負していても、それを伝えないことには買っていただけないので、こちらがどう伝えていくかが課題だと思っています」
人々のライフステージが変化していく中、女性の悩みもさまざま。内田さんはセルフメディケーション研究センターの責任者として、今後もそうした世の女性の悩みに寄り添っていきたいとしている。
「今の時代、家庭に仕事に…なかなか両立が大変です。私自身も30代は研究が面白くて仕方がありませんでした。子育てと両立をしようと思っても、以前のようなパフォーマンスを出すことができなくなっていく。私は『週に1日だけ長く残業させてほしい』と家族に相談して、保育園への送り迎えを主人や両親に協力してもらいながら両立してきたので…だからこそ皆さんの“内面の悩み”にも寄り添いたい想いは人一倍強いです。たとえばストレスから腸の調子が悪い方や、髪の毛で悩む方など、いろいろな悩みを持つ方がいらっしゃると思います。医薬品で言うと、お子さんをお医者さんにどうしても連れて行く時間がないときに、まず症状だけを押さえてあげたい時に使えるような医薬品を作っていこうと。例えばお子さんの咳が出て、今晩だけでも止めてあげたいという時に役立てる医薬品のような、生活者の皆様の悩みに寄り添える商品を作っていきたいと思います」
文:水野幸則 撮影:田中達晃