Jリーグの新シーズンが2月14日に開幕した。2024シーズンのJリーグ公式戦の総入場者数は1254万265人となり、2019シーズン(1104万3003人)を超えて最多となった。集客が好調だった要因のひとつに、サッカー専用スタジアムの新設が挙げられる。昨年だけでも金沢、広島、長崎に誕生しており、いずれも高い集客を記録している。
中でも、2024年2月に開業したサンフレッチェ広島の本拠地「エディオンピースウイング広島」(広島市、以下Eピース)は、クラブ記録を達成した。同年11月末までに目標を上回る約118万人が来場し、リーグのホームゲーム入場者数は48万6579人(平均2万5609人)だった。
収容人数2万8520人に対して、収容率は90.3%でリーグトップとなり、売り上げは前年の約42億円から約78億円へと過去最高を更新した。なぜ、これほどの集客を実現できたのか。
Eピースは、広島市の中央公園内に位置し、本通り商店街や紙屋町といった繁華街が徒歩圏内にある。路面電車の原爆ドーム前駅からすぐで、広島駅からも徒歩30分以内でアクセス可能な「まちなかスタジアム」だ。
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アクセスの大幅な改善が集客力向上につながったようだ。昨年のホームゲーム19試合のうち、18試合でチケットが完売。唯一完売しなかった試合は水曜日のナイターだったが、それでも2万2774人(収容率79.8%)が訪れた。
「リーグ戦チケットの売れ行きは、当初の想定を大きく上回る結果だった」と、サンフレッチェ広島の宣伝広報部・高見優さんは手応えを語る。
●過去最高の売り上げを達成
サッカー専用スタジアムになったことで、観戦体験も大きく向上した。陸上トラックがあった以前のスタジアムと比べ、観客席とピッチの距離は最短で8メートルに設計されており、選手のプレーを間近で見られる臨場感は大きな魅力だ。
さらに、スタジアムには32メートル×9メートルの大型ビジョンを設置。これは、国立競技場(東京都)のビジョンと同サイズで、音響設備と相まって観客を魅了している。
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集客力の向上は、ビジネス面の数字にも明確に表れた。2024年の売り上げは、前年の約42億円から約78億円へと大幅に増加し、スタジアムグルメの売上高(約4.4億円)、オフィシャルグッズ販売高(9.4億円)も過去最高を更新。グッズではペンライトや広島特産品、タオルマフラーが人気の上位を占めた。
クラブ会員数は2024年度に約7万3000人(前年比277%増)を見込んでおり、今季のシーズンチケットも2025年2月末時点でほぼ完売の状況だという。
新スタジアムの設計にあたっては、サッカーの本場である欧州ではなく、米国のスタジアムを参考にした。ピッチの近さに加え、音響と演出効果でエンターテインメント要素を向上させる点を参考にした。
前シーズンは、ファン参加型のイベントとして、「超熱狂NIGHT FES」や「超熱狂バイオレットハロウィーン」などを開催。試合の前後やハーフタイムには、光や音の演出に加え、炎や花火を使ったショーを実施し、ライブのような雰囲気を演出して観客を盛り上げた。
「安心・安全に試合を楽しんでいただくと同時に、演出面にも力を入れている。スポーツとエンターテインメントを融合させたことが、集客増の要因」と、高見さんは振り返る。
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●多彩な活用がスタジアムの価値を高める
スタジアムの総来場者数は約118万人で、その内訳はWEリーグ(女子プロサッカーリーグ)やカップ戦を含むサッカー観戦者は62万4942人、それ以外の来場者は55万8317人だった。試合のない日にも多くの人が訪れ、全体の約半数を占めた。
スタジアムの周辺には芝生エリアや子どもの遊び場、飲食店も営業していることに加え、広島のサッカー史に関するミュージアムも人気を集めている。サッカー漫画『キャプテン翼』の作者・高橋陽一氏が描いた「ドリームウォール」も公開され、試合日以外も観覧できる常設スポットとなっている。
8月には「ひろしまピースフェスティバル」を開催し、スタジアムのコンコースを活用した「8.6kmピースリレーマラソン」や、多くの人が楽しめる「パン食い競走」など各種イベントも実施した。
法人の施設利用も多く、ビジネスラウンジを会議室やイベントスペースとして貸し出しているほか、大型ビジョンを活用して経営報告を行うなど、企業の行事や研修会場としても機能している。
また、スタジアムツアーの予約も好調で、視察に訪れる人も多いという。「サッカースタジアムの建設を検討している自治体や企業からの問い合わせが多く、当スタジアムをベンチマークする動きも広がっている」(高見さん)
●1試合当たりの経済効果は11億円
Eピースの誕生は、周辺地域の経済にも大きな影響をもたらしている。広島経済大学と協力して実施した調査によると、Jリーグ1試合当たりの経済効果は約11億円と試算された。
スタジアムの対岸にある横川商店街では「ビクトリーロード」と名付けられたエリアが紫色に彩られ、訪れるサポーターを歓迎している。「試合日には紫のユニフォームを着た人たちが街にあふれている。以前まではあまり見られなかった光景」(高見さん)
広島駅から徒歩圏内には、プロ野球の広島東洋カープが本拠地とする「MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島」もある。同じエリアにスタジアムがあることで、カープとサンフレッチェの試合を「はしご観戦」するファンもいるという。
プロバスケットボールのBリーグに所属する広島ドラゴンフライズも広島駅北口にあるJR西日本広島支社跡地に新アリーナ建設に向けて動いており、広島はスポーツを中心に、さらなる活気を見せる街へと成長しつつある。
●指定管理者としての制約とメリット
Eピースは、広島市から指定管理を受ける形でサンフレッチェ広島が運営している。行政施設であることから施設利用料はリーズナブルに設定されており、法人や個人でも気軽に利用できる。サンフレッチェ広島も、利用者向けの食事サービスを提供し、満足度向上に努めている。
開業初年度から大きな成果を挙げた一方で、課題もある。「Jリーグの試合は満員が続いているが、ACL(アジアチャンピオンズリーグ)やカップ戦、WEリーグに所属するサンフレッチェ広島レジーナの集客においては、まだ伸び代がある」(高見さん)
また、長崎スタジアムシティのようにクラブが所有するスタジアムではないため、施設の改修や内装変更などが難しい。天然芝を良好な状態に保つために、試合日以外の活用にも制限がある。こうした状況下で、いかに施設の魅力を高め、多様な活用方法を提案していくかが安定した集客力を維持する鍵になりそうだ。
「認知度を上げ、気軽に立ち寄れる場所という認識を作りたい。来場者の促進とタッチポイントをいかに作るかが今後の課題」(高見さん)
●2030年までに売り上げ「100億円」
サンフレッチェ広島は、2030年までに売上高100億円を目指す。これまで、ヴィッセル神戸と浦和レッズしか達成していない数字だ。
「カップ戦や女子チームも含めた集客の底上げ、スポンサー収入の増加、グッズやグルメの展開などでベースアップを図りながら、この目標を達成していきたい」と高見さんは展望を語る。
さらに、平和発信の拠点としての役割も重要だ。スタジアムが立つ場所は、戦後、平和記念公園を設計した建築家・丹下健三氏が構想していた場所とほぼ同じだという。丹下氏は平和記念公園の北側をスポーツや文化を通じて平和を創造する場所として描いており、長い年月を経てその構想が形となった。
原爆ドーム越しに「ピース(平和)」の名を冠したスタジアムが見えるその景観は、広島という街の歴史と未来を象徴しているようで意義深い。筆者が訪れた日にもアウェイチームのサポーターを中心に、スタジアムに隣接する原爆ドームへ足を運ぶ人々の姿が多く目についた。
サンフレッチェ広島では、毎年8月6日に近い時期に「ピースマッチ」を開催しており、スポーツを通じた平和発信を続けている。そして、2025年は戦後80年の節目でもある。「スポーツができる平和に感謝する」という考えのもと、さまざまなイベントを計画している。
エディオンピースウイング広島は、単なるスポーツ施設にとどまらず、街の文化、経済、コミュニティーの中心的存在として、さらなる発展を遂げようとしている。
(カワブチカズキ)
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