「ギガの売買」はユーザーに刺さるのか メルカリモバイルが見込む「金脈」

1

2025年03月10日 13:51  ITmedia ビジネスオンライン

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia ビジネスオンライン

メルカリモバイル発表会で、「ギガも、メルカリ」をアピールするメルカリ執行役員CEO Fintech兼新規事業責任者の長沢岳志氏。アプリ画面では残りギガ量の確認や売買ができる直感的なUIを採用

 「これからはギガもメルカリ」――。3月4日、メルカリがMVNO(仮想移動体通信事業者)に参入し、モバイルサービス「メルカリモバイル」の提供を開始した。ドコモ回線を利用したこのサービスが掲げる最大の特徴は、データ通信量(ギガ)を個人間で売買できる日本初の機能だ。


【画像を見る】メルカリモバイルの料金プラン。使用するギガごとに2つの料金が設定されている。「売買に有利」なのはどちらだろうか?


 ギガが余るなら売る、足りなければ買う。一見シンプルに見えるこの仕組みだが、仕組みをよくよく見てみると、思いの外複雑さが見えてくる。携帯料金の自由化と簡素化を目指すメルカリだが、このサービスは果たして狙い通りユーザーの心をつかめるのだろうか。


 メルカリがモバイル市場に参入した背景には、業界の構造変化がある。ドコモ、au、ソフトバンクの3大キャリアのシェアが徐々に縮小し、ahamoなどのサブブランドやMVNO事業者の存在感が増してきた。この流れはさらに加速するとメルカリは読む。


 メルカリモバイルが価格競争の主戦場に踏み込まない点は、業界動向からするとユニークだ。月額990円(2GB)、2390円(20GB)というプランは、競合他社より割高感がある。業界は全体として値下げと大容量化に動いており、大手MVNOのIIJmioでも、3月に5GBを990円から950円に、20GBを2000円のまま25GBへと実質値下げしたばかりだ。


 メルカリの視線の先にあるのは、価格よりも使い勝手を重視する「カジュアル層」である。メルカリの調査によれば、キャリア変更の経験がない、もしくは1回のみの消費者は全体の64.4%に上る。乗り換えないトップの理由が「手続きが面倒」というのだから、ここに商機があると踏んだのだろう。


 「申し込みから支払いまでメルカリで完結することで、これまでキャリアを変更したことがない方でも簡単に試せる」。同社執行役員CEO Fintech兼新規事業責任者の長沢岳志氏はこう語る。


●「簡単さ」で攻めるメルカリの実績


 実は「カジュアル層の取り込み」というこの戦略、メルカリはすでに他分野で成功体験を持っている。


 クレジットカード「メルカード」はその好例だ。ポイント還元率や特典の多寡で競争が激化するカード業界において、メルカードは特段の高還元率を打ち出していない。それでも、申し込みから利用までがメルカリアプリ内で完結する分かりやすさや、メルカリでの買い物にシームレスに使える利便性が受け、発行開始からわずか2年で400万枚を発行。競合他社が長年かけて構築した顧客基盤を短期間で獲得した。


 暗号資産取引サービス「メルコイン」も説得力のある成功事例だ。コインチェックやbitFlyerなど老舗の暗号資産取引所が機能性や通貨の多様性で競う中、メルコインは当初ビットコインという単一通貨のみの取り扱いだった。外部のウォレットへの送金機能すら持たない最小限の機能に絞ったサービスながら、メルカリの売上金で直接購入できる手軽さと本人確認の簡便さが支持され、口座数300万を超える業界最大規模へと急成長した。


 さらに2024年に開始した短時間労働マッチングサービス「メルカリハロ」も、サービス開始から1年弱で登録者数が1000万人を突破した。シンプルなジョブマッチングと報酬のメルカリエコシステム内での利用しやすさが、一般層の支持を集めている形だ。


 メルカリはこれまで「物、お金、暗号資産、時間やスキル」という価値を循環させるエコシステムを構築してきた。今回、そこに「ギガ」という新たな価値を加えることで、さらなるシナジー効果を狙う。


●ギガ売買が生み出す「複雑な市場」


 メルカリモバイルの最大の差別化ポイントとなる「ギガの売買」機能。月々のデータ通信量が余っていると感じる人が65%、足りないと感じる人が35%というギャップに着目し、需給をマッチングさせる狙いだ。


 「余ったギガを売上金にして、メルカリやメルペイでのお買い物に使うことができる」と長沢氏は説明する。不要なギガを売ることで、実質的に通信料金を安くする効果も期待できる。


 しかし、この仕組みをよく見ると、実はかなり複雑だ。最大の難点はメルカリモバイルのギガの有効期限が月末までという点にある。売りに出したギガも、買ったギガも同様に月末で失効する。


 これは言い換えれば、ギガの価値が時間の経過とともに下落していくという特殊な商品だということだ。例えば月初に購入したギガは1カ月近く使えるため価値が高いが、月末直前に余ったギガを出品しても、買う側からすれば使用できる期間はわずか数日、あるいは数時間に過ぎない。月末最終日にはほぼ無価値化する恐れもある。


 こうした「賞味期限付き商品」的な性質は、ユーザーに時間的な駆け引きを強いることになる。月中で余りそうだと判断したら早めに売り出すべきか、それとも月末まで使えるように手元に残しておくべきか。あるいは月初に多めに買っておくべきか、必要になったタイミングで買うべきか。こうした判断は一般ユーザーにとって必ずしも容易ではない。


 2GB・20GBという2つのプランも、思わぬ駆け引きを生み出す。2GBプランの加入者は基本的にギガを買う前提、20GBプランの加入者は売る前提となるだろう。しかしどちらが得になるかは、結局のところギガの市場価格次第という奇妙な構図が生まれている。


 単純計算では、20GBプランの加入者が10GBを3000円以上で売れれば黒字になる可能性すらある。バルク(大量)で仕入れて小口で売るという、まるで小売業のような市場原理が働く可能性もある。


 そして、この市場価格は複雑な要因で常に変動する。月初と月末では需給バランスが根本的に異なるし、多くのユーザーが2GBプランを選べば売り手より買い手が多くなり価格は高騰するだろう。逆に20GBプランが人気になれば売り手が増え価格は下落する。さらに各ユーザーの通信パターンも月によって変わるため、市場の予測はいっそう難しくなる。メルカリは「シンプルで分かりやすいサービス」を標榜(ひょうぼう)するが、実際にはかなり高度な経済感覚が求められる仕組みになっていないだろうか。カジュアル層がこうした複雑な市場原理を理解し、うまく立ち回れるのかという疑問は残る。


 取引のUIにも改善の余地がある。ギガの内容は出品者によらず同一であるにもかかわらず、現状では出品者ごとに新しい順で表示される仕様だ。本来であれば、ギガ量ごとに最安値のものから表示されるほうが合理的だろう。


●「早期黒字化」へのシナリオ


 メルカリはこのサービスを、楽天モバイルのような大規模投資を伴うMNO(移動体通信事業者)戦略ではなく、既存ユーザー基盤を活用した追加サービスと位置付ける。


 「大きな投資は想定していないので、早期に黒字化を目指せる」と長沢氏は明言する。今後はSIMカードの提供やau回線の追加、通話定額の導入、支払い手段の追加などを予定しており、そのうちいくつかを2025年夏頃に実装するという。


 携帯料金プランの「難解さ」と「手続きの煩雑さ」に風穴を開けるという意欲的な挑戦。しかし、複雑な市場原理を「カジュアル層」が理解し活用できるかは未知数だ。メルカリが得意とするUI・UXの強みを生かしつつ、この複雑さをどう克服するか。モバイル市場における新たな実験の行方に注目したい。


筆者:斎藤健二


金融・Fintechジャーナリスト。2000年よりWebメディア運営に従事し、アイティメディア社にて複数媒体の創刊編集長を務めたほか、ビジネスメディアやねとらぼなどの創刊に携わる。2023年に独立し、ネット証券やネット銀行、仮想通貨業界などのネット金融のほか、Fintech業界の取材を続けている。



このニュースに関するつぶやき

  • 記憶の売買を行うようなディストピアな時代も近い?
    • イイネ!0
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(1件)

ランキングIT・インターネット

アクセス数ランキング

一覧へ

話題数ランキング

一覧へ

前日のランキングへ

ニュース設定