
プロ野球の今季開幕を約3週間後に控えるなか、侍ジャパンは3月5・6日に京セラドーム大阪でオランダ代表と強化試合を実施。首脳陣を含む周囲から注がれたのは、「このなかから誰が1年後の第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日の丸を背負うのか」という視線だった。
【杉山一樹が日本代表で得た学び】
野球の強化試合は位置づけが難しい。サッカーやバスケットボールではチームの戦術やコンビネーションを確認し、高めていくという意味でも貴重な実戦機会となるが、野球はその競技性から個人のパフォーマンスに委ねられるところが大きいからだ。
そうした場から何を持ち帰るのか──当然それは、個人任せの要素が強くなる。
「いろんなピッチャーに話を聞くことがひとつの楽しみでした。すごく有意義な時間だったと思います」
そう話したのは、ソフトバンクの大型右腕・杉山一樹だった。2018年ドラフト2位で三菱重工広島から入団した杉山は長らく「有望株」と期待され、プロ6年目の昨季50試合で4勝1セーブ、14ホールド、防御率1.61とブレイク。武器は193センチの長身から投げ下ろす最速160キロの速球と、鋭く落ちるフォークだ。
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昨季の活躍が評価されて今回初の日本代表入りを果たすと、練習を含む3日の活動期間ではさらなる飛躍のきっかけを求めた。1歳下の今井達也(西武)に、スライダーの握り方を聞きに行ったのだ。
「今井くんのスライダーは縦変化なので。僕もフォークを持っているので、そういう意味で縦の変化をもうひとつ欲しくて、投げられるかなと思いました」
今井のスライダーは今、プロ野球で「最も打てない変化球」と評されている。昨年、フジテレビの『すぽると!』がプロ野球選手100人に調査し、「No.1変化球」に選ばれた。
今井のスライダーはジャイロ回転をかけ、縦に鋭く落ちることが特徴だ。特に左打者からの空振り率が高く、西武でチームメイトの平良海馬が投げ方を参考にしているほどだ。
杉山は6日のオランダ戦で7回に登板すると、今井に習ったスライダーを4球投じた。「投げやすかったです」と振り返ったように、2アウトから対戦したジュレミ・プロファーには2球続けて、ショートゴロに打ちとっている。
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【スライダーとフォークの相乗効果】
日本の投手が海外で高く評価される理由のひとつは、縦に落ちる変化球を巧みに操ることだ。杉山は国際試合でこうしたボールの有効性を感じられただろうか。
「フォークはゾーンに投げるのと、空振りをとるのと2種類あります。今日はスライダーを試したかったので、それが大きかったです」
スライダーが縦に落ちる軌道を描くことで、フォークをより有効に使うことができる。そう実証したのが、7回の先頭打者で迎えたレイパトリック・ディダーの打席だった。
杉山は「先頭打者にもスライダーを投げた」と話しており、おそらく初球からストレートを2球続けたあと、縦に落として振らせたのがスライダーだ。1ボール2ストライクからフォークが2球続けて外れると、フルカウントから再びフォークを選択。それまでの2球とは、軌道の異なるフォークをど真ん中に投げて見逃し三振に仕留めた。
「最後のフォークはストライクに投げました。フルカウントからど真ん中のフォークはたぶん待ってないので......」
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そう言った杉山を見上げると、自信が満ちあふれているように映った。
じつは2019年オフ、筆者は中南米のプエルトリコで杉山を取材する機会があった。期待の大型右腕は飛躍のきっかけをつかむべく、当地のウインターリーグに派遣されていたのだ。
ラテンの大男たちに体格的にも引けを取らない杉山は強いストレート、鋭く落ちるフォークで好投を見せながら、どこか自信なさげな様子だった。当時は、投球フォームを模索中だったことが影響していたのかもしれない。
それが6年を経て、威風堂々とマウンドに上がり、受け答えでもそう感じられた。では、今回の経験を今後やWBCに向けてどう生かしていきたいだろうか。
「特にやることは変わりません。今年、自分としては防御率を低くするという目標がひとつあります。そこを低くしながら、しっかり投げていきたいと思います」
【WBCに向けた起用法のカギとは?】
一方、昨季パ・リーグで奪三振王に輝いた今井にとっても、今回の強化試合は有意義な時間になった。
「開幕前に強化試合ができて、(代表メンバーから)いろんなことを聞けました。技術、トレーニングなどいろんな情報を吸収して、自分のレベルアップにつなげられたと思います」
今井は5日のオランダ戦で6回からリリーフ登板し、2イニングを無失点。パワフルな打者の多いオランダに対し、明確な意図を持ってマウンドに上がった。
「自分の真っすぐで外国人の選手に押せるか。どれくらい投げられるかの確認というのはありました」
全26球のうちストレートが19球(73.1%)、スライダーが7球(26.9%)。昨季のペナントレースではストレートが46%、スライダーが39%で、オランダ戦では意図的に力勝負にいったことが数字にも表れている。
過去2年続けて10勝を挙げている今井は球界を代表する先発投手のひとりだが、日本代表候補のメジャーリーガーには先発タイプが多くいる。そのなかで、WBCでメンバー入りを果たせるかは、起用の幅も関わってくる。
今回のオランダ戦では、普段の先発ではなく中継ぎで起用した井端弘和監督は、先を見据えてこう話した。
「WBCも含めて言うと、(先発投手に)そこまで長いイニングを投げさせる予定はないので。必ず1試合に2人くらい先発ピッチャーがいるなかでは、(今回の今井は)非常によかったかなと思っています。11月の強化試合もありますので、そこでもうまく試せればいいと思います」
前回のWBCでは大谷、ダルビッシュ、山本、佐々木の4人が先発を回したが、今回もメジャーリーガーがこの役割を担うだろう。そこでNPB組に求められるのは、第二先発、あるいはリリーフも兼ねられることだ。その意味では連続出場を狙う宮城大弥(オリックス)、プレミア12でアピールした北川亘基(日本ハム)らが候補になる。
対して、2016年ドラフト1位でプロ入りしてから先発ひと筋の今井だが、強い速球と鋭く落ちるスライダーで三振をとれるのはショートイニングのリリーフ向きだ。数少ない難点は制球を乱すことが時折あることで、昨季、メジャーリーグのスカウトは「メジャーに行くなら球数を減らさないといけない」と話していた。WBCでは球数制限が設けられるなか、日本代表の首脳陣は際立つ三振奪取力と天秤にかけてどう判断するだろうか。
今井自身は、「球界を代表してプレーするのは経験してみたい」と強い意欲を示している。そのためにも求められるのは、昨季以上のパフォーマンスだ。もちろん、今井もさらなる飛躍を誓っている。
「去年同様に、この1年間もケガなく投げたいと思います。そのなかで三振という部分でも強く意識して、毎試合、目標をクリアしていければと思います」
それぞれの目標を掲げて2025年シーズンに臨む今井と杉山。高いゴールを達成した時、WBCでの日本代表入りも近づいてくる。