
西部謙司が考察 サッカースターのセオリー
第40回 デジレ・ドゥエ
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
今回は、チャンピオンズリーグベスト8進出のパリ・サンジェルマンの19歳FWデジレ・ドゥエを紹介。強力3トップに次ぐ4番目ながら、やがてエースに君臨しそうなポテンシャルを秘めています。
【パリSGの強力な3トップ】
アレクサンドル・デュマの冒険活劇『三銃士』の主人公は三銃士ではない。アトス、ポルトス、アラミスの3人に加わる若きダルタニャンの物語である。
パリ・サンジェルマンの3トップはウスマン・デンベレ、ブラッドリー・バルコラ、フビチャ・クバラツヘリアだが、4番目の選手が注目されつつある。
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チャンピオンズリーグ(CL)ラウンド16でリバプールを破った。ホームでは圧倒的に押しながら0−1。しかしアンフィールドの第2戦ではデンベレのゴールで2試合合計1−1とし、PK戦での決着となったわけだが、第2戦も後半からやや優勢に進めていて勝利に値する内容だった。
リーグフェーズで首位だったリバプールは今季前半のベストチームと言っていい。その難敵を下したことで、パリSGのCL初優勝は現実味を帯びてきている。
キリアン・エムバペのレアル・マドリードへの移籍で戦力低下が懸念されていた。ところが、デンベレがその穴を埋めて余りある大活躍をみせている。リーグ・アンでは第25節終了時で23試合出場20ゴール、6アシストの大暴れ。10代のころから天才と呼ばれてきたが、素行に問題があり一時は期待外れに終わるかと思われていた。しかし、シャビ・エルナンデス監督下のバルセロナで人が変わったように取り組み方が変わり、パリSGへ移籍後の今季後半戦で完全に覚醒した感がある。
バルコラも13ゴール、7アシスト。長いリーチと優れた身体操作で異彩を放つ。シーズン途中でナポリから移籍してきたクバラツヘリアはトップクラスの左ウイングだが、右サイドもセンターフォワード(CF)もこなせる。
デンベレ、バルコラ、クバラツヘリアの三銃士はいずれも得点力と突破力に優れ、アシスト能力があり、献身的な守備もできる。
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【4番目の男、ドゥエの台頭】
ルイス・エンリケ監督がバルセロナを率いていた時の看板がMSNだった。リオネル・メッシ、ルイス・スアレス、ネイマールの南米3トップだ。パリSGの三銃士はMSNの破壊力には及ばないかもしれないが、1対1で優位性のある3人が連係できるという点でよく似ていて、機能性ではむしろMSNより優れているかもしれない。
3人ともウイングプレーヤーの3トップは珍しい。MSNではスアレスがCFだったが、パリSGのデンベレは「偽9番」なのだ。しかも、デンベレが常に中央にいるわけでもない。クバラツヘリアやバルコラがCFの位置でプレーする時間帯もあり、3人のポジションを入れ替えながらプレーしている。
3人とも右利き。ただ、クバラツヘリアはデンベレほどではないが左足も使えて、右サイドでも中央でもプレーできる。バルコラは左サイドが得意だが右サイド、中央もやれないことはない。デンベレはもともと左右を選ばない。
CFにはゴンサロ・ラモスがいるのだが、パリSGはヴィティーニャを中心としたパスワークが秀逸でロングボールはあまり使わないので、まずポストプレーヤーを必要としていない。得点力に関してもデンベレ、バルコラ、クバラツヘリアがとれるので問題なし。典型的なCFなしで十分成立しており、3人の威力を考えると現状がベストなのだ。
さらに4番目の男が台頭してきている。デジレ・ドゥエ、19歳。パリSGでダルタニャンを演じそうな逸材である。
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【三銃士を凌駕するポテンシャル】
レンヌのユースから昇格、17歳でプロデビュー。今季からパリSGに移籍した。すでに22試合に出場して2ゴール、6アシストを記録している。
タイプとしてはデンベレ、バルコラ、クバラツヘリアとほぼ同じ。ドリブル突破に優れ、得点もアシストもできる。ドリブルのキレ、安定感、滑らかさは2歳下のラミン・ヤマル(バルセロナ)に似ているかもしれない。
対峙するDFを楽々とかわしていく。瞬間的な速さもあるが、DFと向き合った時にすでに軸をずらしているのだ。体の中心とボールを置く位置をずらしていて、DFがボールに足を出してくれば体のほうへボールを引き寄せてかわす。体に来たらボール側に抜けていく。
軸ずらしではデンベレがキング・オブ・軸ずらし。左右両足でこれができて、ずらす幅も大きく、外した後のキックが両足同等という点で突出している。クバラツヘリアも左サイドではこれ。相手しだいで縦突破とカットインを使い分ける。バルコラはリーチがあって身体操作に無理が効くのでやはり軸ずらしは得意。
ただ、ドゥエが最も安定感があるように見える。持ち方が3人ほどあからさまでないせいかもしれない。自然体でするりと抜いていける。
アウェーのリバプール戦では、延長前半の94分にダブルタッチのシュートがあった。右足で左へボールを動かし、そのまま左足に当ててシュートにした。惜しくも外れたが、枠に行っていたら得点だっただろう。体の向きを入れ替えつつダブルタッチのシュート。名手アリソンも意表をつかれて反応できていなかった。
近距離のシュートでもあり技術的にやろうと思えばできないことはないが、とっさに、実にスムーズに、あれをやれること自体が才能だと思う。一瞬、何が起きたのかわからなかった。
飄々としている。若さを感じさせない落ち着きがある。ドリブルだけでなくキックも非常に安定しているので、得点、アシストという目に見える結果を出せるのではないか。力まずに脱力している点では、デンベレがやる気を疑うほどで、クバラツヘリア、バルコラも余分な力は入っていない。うまい選手は皆そうなのだが、ドゥエは言い方が難しいけれども最もきれいに脱力できている感じがする。
現時点では4番手のFW。しかし、やがては3人を追い抜いてエースに君臨しそうな勢いを示している。ひとりは皆のために、皆はひとりのために――『三銃士』の有名なセリフはダルタニャンを加えた4人のもので、パリSGもすでに「四銃士」になっていると考えていい。
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