写真 ヘラルボニーが、東京・銀座に初の常設店舗「ヘラルボニー ラボラトリー ギンザ(HERALBONY LABORATORY GINZA)」をオープンした。今回銀座に出店した狙いと、今後のアパレルアイテムの商品政策、そして世界を見据えたこれからの事業の展望について、ヘラルボニーの共同代表を務める松田崇弥 松田文登と、大平稔リテイルディレクターに話を聞いた。
障がい者アートを「格好良く」届ける
ヘラルボニーは、双子である松田崇弥・文登の4歳上の兄が、重度の障がいを持っていたことが原点となっている。福祉領域のビジネスを手掛けてみたいと漠然と考えながらもクリエイティブエージェントで働いていた崇弥氏は、25歳のときに母に教えられて見た障がい者アートに感動したことがきっかけで、文登氏を誘って2018年に起業した。障がい者アートはこれまで、社会貢献やチャリティーの文脈で扱われることが多かったが、崇弥氏の「格好良いんだから、格好良い状態で出したほうがいい」という考えのもと、福祉ではなくあくまでもビジネスとして障がい者アートを発信することにこだわっている。非営利ではない、一般企業で障がい者アートを扱うのは、世界中でヘラルボニーのみだという。
国内外の知的障がいのある作家とライセンス契約を結び、アートをプロダクト化するライフスタイルブランド「ヘラルボニー(HERALBOBY)」を開始。障がい者アートを知的財産として収益を得るIPライセンスビジネスも手掛ける。崇弥氏はIP事業をビジネスの中心に据えたことに関して「納期に縛られないモデルにしたかった」と話す。一般的なアートビジネスの場合、作家は半年後の個展に向けて10点の作品をつくる、などという締切が設けられることが多いが、知的障がい者の場合はそういった締切に縛られて制作することは難しいからだ。
銀座の一等地に出店した理由
今回ヘラルボニーが出店したのは、銀座駅から徒歩数分のいわゆる「一等地」だ。銀座以外にも候補地はいくつかあったが、この場所を選んだ理由として崇弥氏は「メッセージを発信する場所として、妥協はしたくなかった」と語る。
東京初出店の場所に銀座を選んだのは、障がい者アートを扱うヘラルボニーが国内外の名だたるラグジュアリーブランドのショップが軒を連ねる銀座に出店する、というインパクトを重視したからだ。文登氏は銀座を「障がいや福祉から最も遠い場所ではないか」としながらも、「最終的には世界中のどの街に出店しても、驚かれないくらいのブランドになりたい」と話す。
ヘラルボニー ラボラトリー ギンザは、アトリエ併設型ショップとギャラリーを備え、プロダクトを販売するだけでなく、アートの展示販売や作家のライブペイントも行う。これまでオンラインストアでしか展開していなかった商品を実際に触って購入できることに加え、展示されているアート作品の立体感が感じられるなど、リアル店舗ならではのメリットは多々あるという。
同じ「アート × ファッション」を打ち出すユニクロとの大きな違い
ヘラルボニーはIP事業と平行して、アパレルの展開をさらに強化していく。セレクトショップ「トゥモローランド(TOMORROWLAND)」に25年勤務した後、2024年にヘラルボニーに参画し、現在はアパレルを含むプロダクトの開発や店舗運営を担当をする大平稔リテイルディレクターに話を聞いた。
松田兄弟がヘラルボニーを起業して最初に発売したのは、現在も人気商品であるネクタイだ。老舗織物店の銀座田屋が製造を手掛けており、価格は3万5200円。その他、この取材時に文登氏が着用していたシャツは2万9700円など、比較的高価格な商品が多い。商品の価格帯に関して大平は「この価格のネクタイが受け入れられた時点で、『障がい者アート=低価格』という価値観は打破できた」と見ている。障がい者アートに対して正当な評価を与えるというステージはクリアできているとしており、既にヘラルボニーのブランディングは充分確立されているという認識だ。
また、既存商品ではハンカチ(3630円)などの手に取りやすい価格のエントリー向け商品も展開しているが、大平はさらに間口を広めるために、高価格なネクタイと低価格なハンカチの間を埋める、中価格帯の展開を今後推し進めるとしている。
既存のアパレル商品では、アイテム全面にアートをあしらったデザイン性の高いものが目立つが、今後は誰しもが気軽にコーディネートに取り入れられるよう、アートの面積を少なくしたものを増やすという。その具体的なアイテムとして挙げたのが、Tシャツやスウェットなどのカジュアルアイテムだ。
アートをモチーフにするブランドとして思い浮かぶのが、「ユニクロ(UNIQLO)」だ。アーティストの河村康輔がクリエイティブ・ディレクターを務めるユニクロのグラフィックTシャツブランド「UT」は、これまでジャン=ミシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat)やキース・ヘリング(Keith Haring)、アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)などの世界的なアーティストの作品をプリントしたTシャツを販売しているほか、ルーヴル美術館やテート美術館などの著名な美術館ともコラボ、今年は初となるパブロ・ピカソのTシャツを発売するなど、長年積極的に「アート × ファッション」を打ち出している。
圧倒的な企業スケールを武器にアートアイテムを多数展開するユニクロは、ヘラルボニーの強力なライバルになるのでは、という問いに対し、大平は「ヘラルボニーとユニクロでは、アートに対する関わり方が全く違う」と首を横に振る。ユニクロが世界的に知られているメジャーなアーティストの作品をモチーフにしているのに対し、ヘラルボニーは障がい者アートというまだ世の中でほとんど知られていない分野を取り扱っているという点で、「アート × ファッション」という切り口は同じながら「全然別モノ」というのが大平の見方だ。既に多くの人が知る有名作家のアートではなく、まだ知る人が少ない障がい者アートを伝えていくことが、ヘラルボニーの使命だという。
ヘラルボニーが標榜するラグジュアリーは「心の持ちよう」
ヘラルボニーは「HOPE LUXURY. 異彩で世界を希望に塗り替えるラグジュアリーブランド」をブランドコンセプトにしている。中価格帯の拡大と、「ラグジュアリーブランド」であることをいかにして両立するか、という問いを大平にぶつけると、「ヘラルボニーのラグジュアリーは、世間一般で言われるラグジュアリーとは意味合いが違う」と答えた。大平によると、ヘラルボニーのラグジュアリーとは「心の持ちよう」。物質的な豊かさではなく、アートやファッションに対してフラットな視点を持っている人間であるかどうか、ということだという。ヘラルボニーの商品においても、一般的にラグジュアリーとされる高品質・高価格な素材よりも、低価格ながら気軽に洗えるポリエステル素材を用いたほうが良い場合もあると語り、「素材が良ければいい、値段が高ければいい」というような考えとは大きく価値観が違うと話す。
サンリオピューロランドのような「ヘラルボニーランド」をつくりたい
ヘラルボニーは、2024年5月にLVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン グループが設立した、世界各国の革新的なスタートアップを評価する「LVMH Innovation Award 2024」で、日本初となる「Employee Experience, Diversity & Inclusion」賞を受賞した。また、同年9月には、フランス・パリに子会社「ヘラルボニー ヨーロッパ(HERALBONY EUROPE)」を設立し、今後はパリを中心にヨーロッパでの展開を加速させる。
崇弥氏は「パリはあらゆるクリエイションの発信源。ハードルは高いが『物差し』をつくってくれるパリで実績を残すことで、ヘラルボニーが世界の作家のプラットフォームになることを目指したい」と語る。そして、今後の事業の展開として、あくまでも通過点と位置づけながらも、5年後には株式上場を見据える。ヘラルボニーで最終的に何を目指したいのか、という問いに対し文登氏は「サンリオピューロランドのような、ヘラルボニーランドをつくりたい」と答えた。サンリオやポケモンのように、子どもの小遣いでも買える菓子のおまけにも、ラグジュアリーブランドとのコラボアイテムにも登場するような、生活に溶け込んだ世界的なIPになれれば、と話す。
インタビューの最後に、これまでの活動で世の中の価値観を買えられたという手応えはあるか、という問いを投げかけた。確定申告を行うくらいの収入を得る作家も生まれ、障がいを持つ子どもに親が誇りを持てるようになるなど、作家や親、作品のファンの人たちは確実に変わったものの、まだ世間一般に広がっているかと言えるほどではないと崇弥氏は話す。今をスタートラインとし、今後活動を広げていくことで、障がいや福祉に対する理解者をさらに増やしたいと抱負を語った。
山田耕史 (Koji Yamada) 1980年神戸市生まれ。関西学院大学社会学部在学中にファッションデザイナーを志し、卒業後にエスモード大阪校、エスモードインターナショナルパリ校でデザインとパターンを学ぶ。ファッション企画会社、ファッション系ITベンチャーを経て、フリーランスとして活動した後、FASHIONSNAPに参加。ファッションを歴史、文化、政治、経済などの視点から分析し、知的好奇心を刺激する記事を執筆することが目標。3人の子どもと過ごす時間が何よりの楽しみ。