
2025年3月、ウクライナ戦争は依然として世界の注目を集めている。2014年のクリミア併合に端を発し、2022年のロシアによる全面侵攻で激化したこの紛争は、現在も停戦への道が見えない。今日、トランプ政権のもとで停戦交渉が続けられているが、ロシアウクライナ双方の主張は対立したままだ。アメリカはウクライナへの軍事支援を続け、ロシアは領土拡大の意図を隠さず、ウクライナは自国の存亡をかけて抵抗を続けている。この不安定な状況が、欧州全体の安全保障に影を落としている。特に、ロシアと国境を接する東欧諸国では危機感が高まり、ポーランドやルーマニアが国防予算を増やし、軍事演習を頻繁に行うなど、防衛体制の強化に追われている。一方、トランプ政権の誕生によって、欧州では「米国抜きの安全保障」を模索する動きが広がり、独自の防衛力を求める声が強まっている。
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そのような中、筆者は最近、欧州におけるビジネス拡大を模索する企業向けの講演を行なった。テーマは正に欧州の安全保障環境の変化とビジネスへの影響で、聴衆は、欧州進出や取引を計画する企業人たちだ。講演当日、筆者はこう切り出した。「ウクライナにおける戦争が同国を超えて拡大する可能性は現時点で低いものの、仮に今後米国抜きの欧州とロシアの対立という構図が先鋭化すれば、欧州におけるビジネス環境が悪化するリスクは排除できない」と説明し、具体例として、欧州におけるサプライチェーンの不安定化、東欧など現地駐在員の安全リスクの高まりなどを説明し、参加者たちはメモを取りながら、真剣な表情で耳を傾けていた。
質疑応答の時間になると、ある企業関係者から、「ポーランドに新拠点を設立するプロジェクトの一環で駐在員を派遣する計画だったが、見直しが必要か」との質問が上がったが、筆者は、「現時点では様子見が賢明であり、政治的・軍事的リスクが流動的な今、長期的にはポーランドにおけるビジネス環境が変わってくる可能性も念頭に置いておくべき」と回答した。また、別の参加者からはこんな質問も飛び出した。「ルーマニアでのパートナー企業との取引拡大と駐在員の派遣を考えていたが、国境付近の情勢が不安定だと聞く。どう判断するべきか?」。筆者は地図を指しながら、「ルーマニアはウクライナと国境を接しており、特にドナウ川を挟んでウクライナと隣接するトルチャ県では、ロシアのドローンの残骸が落下し、地元政府が避難用シェルターを設置するなどしている」と説明し、特にルーマニア東部への駐在員派遣は極力控えるべきだと提言した。
講演後、ポーランド進出を計画していた企業からは、駐在員派遣を当面見送ることを決め、代わりに西欧での事業強化にシフトする方針と聞き、同様にルーマニアに駐在員を派遣しようとする企業からも駐在を保留するとの説明があった。筆者の講演が直接的なきっかけだったかは定かではないが、安全保障環境の変化が日本企業の意思決定に少なからず影響を及ぼしていることは明らかだろう。今後、欧州において安全保障環境がいっそう不安定化すれば、日本企業による東欧ビジネスは特に変化を余儀なくされる可能性は念頭に入れておくべきだろう。
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◆和田大樹(わだ・だいじゅ)外交・安全保障研究者 株式会社 Strategic Intelligence 代表取締役 CEO、一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学講師などを兼務。研究分野としては、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者である一方、実務家として海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。