先日、X(旧Twitter)上にて「ハサウェイ」がトレンド入りするという出来事があった。いうまでもなく、ハサウェイとは『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の主人公である。このハサウェイへの「感情移入が難しい」という点がX上での議論を呼び、数多くの言及が重なった結果トレンド入りしたということのようだ。
確かに、ハサウェイ・ノアというキャラクターに、読者・視聴者が自分を重ねることは難しいだろう。なんせ、『閃光のハサウェイ』でのハサウェイはテロリストであり、連邦と特権階級による地球独占の打倒を狙う立場である。「主人公は基本的に連邦側にいる」という宇宙世紀ものガンダムにうっすら存在するルールからすれば異端の存在であり、ストレートに気持ちよく「ハサウェイがんばれ!」と応援しづらいキャラクターなのは否めない。
しかし、彼がそういう立場を選んだのには多くの理由があった。そもそも、ハサウェイはあのブライト・ノアの息子として生まれた。幼少期には『Zガンダム』にも登場しているが、彼の人生を決定的に方向づけたのは『逆襲のシャア』での出来事だ。ハサウェイは『逆襲のシャア』の実質的主人公であるクェス・パラヤに惹かれ、シャアと行動を共にしたクェスを追うためラー・カイラムに密航。ブライトに鉄拳制裁されつつも乗艦し、戦闘が激化した際にジェガンを強奪して戦場に飛び出してしまう。
ハサウェイはクェスの乗るα・アジールに取りついて説得しようとするも、説得は失敗する。そこにハサウェイを追いかけてきたチェーン・アギの乗るリ・ガズィが出現。チェーンはクェスを制止するべくグレネードを発射し、それがハサウェイに当たることを防ぐためクェスは身を挺して被弾、戦死する。その様子を見たハサウェイは激昂、あろうことか自分を助けにきたはずのチェーンを撃ち殺してしまい、チェーンの死はサイコフレームの発動のきっかけとなる。
この時の状況は『逆襲のシャア』の小説版である『ベルトーチカ・チルドレン』では大きく異なる。戦場に飛び出したところまでは共通しているが、『ベルトーチカ・チルドレン』ではアムロを撃墜しようとしたクェスを目撃して発射したビームライフルの一発が偶然直撃し、ハサウェイが自らの手でクェスを殺害したことになっている。展開としては、こちらの方が映画版よりハードだ。
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『ベルトーチカ・チルドレン』から続く小説『閃光のハサウェイ』では、青年へと成長したハサウェイは精神的なストレスに苛まれている。地球に降下したハサウェイはシャア・アズナブルについて学ぶこととなり、またクワック・サルヴァーと名乗る男から地球の現状について手解きを受ける。「地球の保全」という使命に目覚めたハサウェイは連邦との戦いに踏み出し、秘密結社マフティーの表向きのリーダーとしてテロ活動にのめり込んでいく。
このような経歴を持つハサウェイは、そもそも普通の人間ではない。一年戦争の英雄であるブライトを父に持ち、幼少期〜少年期にかけてアムロやシャアといった超有名パイロットと身近に接してきた経験は、市井の人間に得られるものではないだろう。そして、恋をした少女が大人たちに振り回され、あげく自分のせいで死ぬのを止められなかった/自分の手で殺してしまったという経験も、普通の人生では経験することがないであろう劇的なものだ。
そんな経験を経たハサウェイは、『逆襲のシャア』でクェスを撃ったチェーンに対して「やっちゃいけなかったんだよ! そんなことをわからないから、大人って地球だって平気で消せるんだ!」と怒りの言葉を投げ、自分たち子供を翻弄し、自分のことしか考えてこなかった大人世代に対する強烈な不信を叩きつけている。この「不真面目な大人と、その大人が積み上げてきた世界のシステムに対する強烈な不信」が、『閃光のハサウェイ』でのハサウェイの行動の根本となっている。
このようにハサウェイの経歴、そしてその行動を列挙してみて感じるのは、キャラクターの状況と行動への徹底したシミュレーションが行われている点だ。「こういった出自を持ち、こういった経験をしたならば、こう行動するだろう」という洞察が、飛び抜けた精度で行われている。ブライトの息子という立場に生まれたならば、ニュータイプを間近にみるだろうし、感化されて戦場に出ていこうともするだろう。初恋の少女が大人の行動とその結果の戦争に翻弄され、目の前で死んでいったならば、大人世代全体を恨み激昂もするだろう。そんな経験をすれば自然と市井の人々より広いレンジで物事を考えようとするだろうし、思想も先鋭化するだろう。
そういった想像や洞察が数多く盛り込まれているのが、『逆襲のシャア』から『閃光のハサウェイ』にかけてのハサウェイというキャラクターだと思う。ハサウェイ普通の人間ならば味わわなくてもいい経験を数多く味わうポジションに置かれてしまった人物であり、そうであるならばタクシーの運転手とは話が合わなくて当然であり、読者や視聴者の「感情移入」を拒否して当然なのである。ストーリーの都合や快感に引きずられることなく、冷徹に「こういう立場なら、こういう行動をとるだろう」「こういう経験をすれば、こういう人物に育つだろう」という洞察を重ねてハサウェイというキャラクターを生み出した点に、富野由悠季の凄みを感じる。
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ということで、ハサウェイという人物に対して読者や視聴者が素直に感情移入できないのは、ハサウェイは普通の人間が感情移入できるような立場や経験をほとんど持たないキャラクターだからであり、そういった立場にある人間が類例のない生々しさで描かれているからである。それが可能になったのは、想定の上に想定を重ねた結果を高い精度で洞察できる、富野由悠季の極めて理屈ある想像力があればこそだろう。ハサウェイの一筋縄でいかないに部分こそ、富野由悠季による創作物の精度の高さが宿っているのである。
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