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2025年03月28日 12:41 ITmedia PC USER
Appleが2024年6月に満を持して発表した独自のAIプラットフォーム「Apple Intelligence」が、4月初旬から日本語を含む多言語対応を開始する予定だ。このプラットフォームはApple製品の価値を高めるものだが、AIとプライバシーの関係性について業界全体に一石を投じ、新たなトレンドを生み出すものになるだろう。
「ChatGPT」や「Claude」、あるいは「Gemini」といった大規模言語モデル(LLM)を活用したチャットサービスの台頭により、AIは急速に私たちの日常生活や仕事の中に浸透しはじめている。Apple IntelligenceもこのようなAI技術の進歩を応用したものだが、その実装の方法は既存のサービスから一線を画している。
もう少し具体的にいうと、AppleはiPhone/iPad/Macといった既存デバイスの機能を内側から強化する、いわば「ハードウェアプラットフォーム統合型AI」を志向している。メールやカレンダーなどの情報に対する処理だけでいうなら、Googleが「Google Workspace」に組み込み始めたGeminiを応用した機能と同じように見える。しかし、Appleは「ハードウェアとソフトウェアの深い統合」という自社の強みを生かした展開で違いを出そうとしているのだ。
自社設計のチップからOSまで一貫して手掛けるAppleだからこそ実現できる、端末内AIとクラウドAIの最適な連携――そんなApple Intelligenceの“本質”について、もう少し深掘りしていこう。
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●「オンデバイス処理」がもたらす、個人に寄り添うAI機能
現代人のデジタルライフを見渡せば、PCやスマートフォン、タブレットといったデバイスには電子メール/SMS/SNSなどさまざまなコミュニケーションデータが日々蓄積されている。加えて、個人のスケジュール、位置情報、健康データや写真といった極めてプライベートな情報も集約されている。これらのデバイスは、もはや私たちの生活や思考、履歴をたたえた“外部記憶”といっても過言ではない。
Apple Intelligenceの最大の差別化ポイントは、このような「個人の行動に最も近い位置にあるデバイス」に保管されたパーソナルデータやコミュニケーションの履歴を通じて、最適な情報とアドバイスをもたらすことにある。一般的なAIサービスが「あなたの質問に、一般的な知識から答える」のに対し、Apple Intelligenceは「あなたの日常や仕事の内容を知った上で、必要な情報を提供する」のが大きな違いだ。
例えばメールの要約/返信支援では、大量の受信メールをAIが要約し、メール一覧のプレビューだけでも内容を把握できるようにしたり、優先度の高いと識別したメッセージを教えてくれたり、返信の下書きを指定したトーンで清書してくれたり、何度もやり取りの往復があった商談メールを要約したりといった機能を提供する。
スケジュール連携機能では、メッセージやメールから「約束事」を自動的に検出し、カレンダーへの登録を提案してくれる。「午前中は外出して、午後に資料作りを始める」といった自然な表現からでも予定を推測し、適切なタイミングでリマインドしてくれる。
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画像生成機能においても、「写真」アプリ内で識別された特定個人の写真を元にしたイラスト生成などが行える。
Apple Intelligenceは、提供が始まってそれほど時間がたっていない。ゆえに「デバイス全体を俯瞰(ふかん)して、特定の連絡先との間で交わされた最新の会議の約束内容を見つけ出す」といったところまでは到達はしていないようだ。
しかし、Appleが目指しているのは、個人の活動や生活に寄り添ったプライベートなアドバイスを行うAIである。そこに向けて歩みが始まったことに、大きな意味があるといえよう。
●「オンデバイス処理」を基盤とするプライバシー設計の真髄
個人に寄り添ったAI機能を構築し、今後さらに発展させていくには個人情報が集まるデバイス内にAI機能が組み込まれていなければならない。
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Appleは常々「AI機能をクラウドに依存することで、プライベートな情報を常にネットにアップロードし続けなければならない危険性」を訴えている。しかし、デバイス上でさまざまな情報サービスやツールを扱い、文書を作成し、カメラで撮影し……と、多様なデータやメディアに取り囲まれている現代において、クラウドで包括的な情報を把握/分析することは難しい。
かといって、MicrosoftがCopilot+ PCで志向しているような「完全オンデバイスのAI機能」を実現するとなると、処理能力的な問題が残る。強力なNPUが必要なだけでなく、長大な文脈を把握した上で質問に答えるにはさらに多くのメモリが必要になるからだ。
Apple Intelligenceの最も革新的な点は、デバイス内で処理が完結することを基本にしながらも、部分的にクラウドを活用する設計思想にある。「結局、クラウドを使うのか」と思うかもしれないが、実はそうではない。
Apple IntelligenceはApple Silicon(A17/A18チップファミリーやMシリーズ)に搭載されている「Neural Engine」(NPU)を使って推論処理が行われるが、Image Playgroundを始めとする多くのAI処理が端末内で完結している。メールの要約や写真の分析、テキスト予測といった機能を、ユーザーデータをクラウドに送信することなく実現可能だ。
先述したように、オンデバイス処理することのメリットはアプリ間のデータ活用が容易になる点にある。アプリ側の対応が進めば、「iMessage」「LINE」「メール」「Facebook Messenger」などに分散していたやり取りを整理することも可能になる。
さらに、将来的にはメール内の約束をカレンダーに自動登録したり、写真とメモの内容が連携して思い出を整理してくれたりといった、アプリをまたいだインテリジェントな機能が展開されるだろう。
Copilot+ PCが「プロンプトの分析」といった限定的な部分でクラウドを利用するのに対して、Apple IntelligenceではNeural Engineと共にクラウドもより広範に活用する。
例えば長大な文章の全体を分析する場合において、Apple Intelligenceはある程度の処理をデバイス内で行った上で、一部の処理をクラウドサーバに依頼するという挙動をする。この場合、あくまでもサーバに渡すのは必要最低限の情報で、文章全体が渡されることはない。
やりとりできるデータの量が削減できることはもちろん、電力消費量や処理速度のバランスが取りやすい。そして何よりデータの“全体像”が元デバイスでしか把握できないため、プライバシーを確保しやすい。
「オンデバイス処理の枠からはみ出した領域を、クラウドAIにオンデマンド処理してもらう」というイメージで考えればよい。
クラウドサーバは独自に構築
Apple Intelligenceのコンセプトを実現するために、Appleは「Private Cloud Compute(PCC)」という革新的なインフラを構築した。
複雑な質問への回答を生成する際、Apple Intelligenceでは最初にデバイス内で可能な処理を実行し、その結果を暗号化してPCCに送信する。PCCでは受け取った暗号化データに必要な“補完処理”を行ったものをデバイス返す。
1つ1つの暗号化データは処理単位が小さく、単独では意味をなさないので、プライバシーが漏えいする心配はない……のだが、Appleは念には念を入れており、PCCにおける処理はストレージに書き込まない「オンメモリ処理」とし、「Apple ID」とのひも付けも行わない。異なるApple製品間でコンテキストを共有することもない。
その上で、PCC用サーバで使われるソースコードは公開することで、セキュリティ専門家が常に監視/検証できるようにもなっている。繰り返しだがデバイスとPCCがやりとりするデータは小さく、単独では意味をなさないようになっているので、万が一クラウド側で情報が漏えいしたとしても、深刻な事態にはつながらない。
●「プライベートなAI」が新たな価値観をもたらす
機密情報が社外のクラウドサービスに送信される――企業ユーザーにとって、このリスクは極めて深刻だ。ゆえに、ChatGPTのようなパブリックなクラウドAIの社内利用に制限を設けている企業もある。こうしたニーズに対して、企業向けのクラウドAIソリューションもいくつか提供されている。
しかし、社員個々の業務を効率化するためのソリューションとして、Apple Intelligenceのアプローチが生きるケースもあるだろう。機密性の高い金融機関や医療機関、知的財産を扱う研究開発部門などでは、使用するデバイスで安全に情報を扱いつつ、デバイスAIの恩恵を受けられる点は大きな訴求点となるはずだ。
もっとも、Apple製品の性質を考えるなら、個人ユーザーの日常生活を円滑にサポートしてくれる利便性が大きなポイントになるだろう。この場合、プライベートデータをどこまで活用できるかどうかが、利便性を向上させる上で大きなポイントとなる。
今後、スマートフォンやPCの多くがAIによって「新たな仕事のやり方」「コンピュータの使い方」を提案し、継続的に進化していくだろう。一方でデバイスに依存しないクラウドAIに着目すると、ネットの海から有益な情報を収集してまとめる「エージェント型サービス」の進化も著しい。これらのエージェントとプライベート情報を組み合わせた活用など、まだまだ広がる領域の余地は大きそうだ。
Appleの「プライバシーと利便性は両立しうる」というAI戦略が、昨今のAI業界全体のトレンドとどう交わっていくのか、今後にも期待したい。
●「Apple Intelligence」がもたらす業界への波紋
Apple Intelligenceの取り組みは、まだ始まったばかりだ。今後数年間で機能が拡充されていき、私たちのデジタル体験は大きく変わっていくだろう。
だが、その意義はApple製品ユーザーの利便性向上にとどまらない。Appleの挑戦(ユニークで利便性も高いが成熟までには遠い)は、プライバシーを守りながらAIを活用するという新たなモデルケースを提示している。
これまでAI開発においては、「データ収集の量と質」が競争力の源泉とされてきた。しかし、AppleはApple Intelligenceを通して「ユーザーのプライベートデータを企業側が収集せずとも、別の角度、価値観から高度なAI体験を提供できる」ことを示している。
Googleもオンデバイス学習を活用する「Federated Learning(連合学習)」など、サーバにデータを送信せずにAIモデルの動作を変える仕組みを開発している。先述の通り、MicrosoftもCopilot+ PCにおけるオンデバイス処理の拡充を進めている。テック業界の巨人は「できるだけ多くのAI処理をオンデバイスでする」という意味で同じ方向を向いているのだ。
その点、Apple Intelligenceの“手法”が周知されると、ライバルはそれに対抗できるアイデアを見つけ出すに違いない。今後数年の競争の中で、デジタル端末は大きく刷新されていくことになるだろう。
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