
ガチ中華の流行とともに、点心も再ブーム
2月下旬、西荻窪の路地を歩いていたら、点心を提供する店が目につくことに気がついた。その中には、ガチ中華っぽい店もある。中国人移民が同胞向けに作った料理を指すガチ中華という言葉が広まったのは、2010年代後半。急増する移民中国人が、池袋や西川口などにチャイナタウンを形成したことがメディアでも注目されていた。その後も移民は増加し、ガチ中華店が並ぶエリアが拡大していく。その様子が見えるのが、山手線新大久保駅および中央総武線の大久保駅エリアである。隣接する早稲田や高田馬場あたりにも、ガチ中華店が増えていったのだ。中央線沿線でもガチ中華店は見かけるが、目立つのは、大久保駅から2つ西側の中野駅、その隣の高円寺駅周辺ぐらいだった。それが、隣の阿佐ヶ谷、荻窪を飛ばしてさらに西の西荻窪とは……。
しかし、この展開は単にガチ中華が広まったというより、点心を出す店の人気ぶりが中央線沿線でも流行の影響が出やすい西荻窪に表れた、と見たほうがよいかもしれない。というのは、ガチ中華の流行と同時期に点心の流行も始まっていたからだ。
2018年に開業した東京・日比谷の「添好運(ティムホーワン)」は、フォーシーズンズホテル香港の広東料理店の点心師が開業した専門店で、開業以来、いつ通りかかっても行列している。インターネットで検索すると「待ち時間」だけでいくつものサイトが提示され、「裏技を紹介する」というブログまである。
同店が第3次飲茶ブームを牽引している、と紹介したのは『アーバンライフ東京』の2022年9月30日配信記事「第3次『飲茶』ブーム到来? 1990年代からその変遷を振り返る」だ。飲茶とは、点心をお茶と共に楽しむことを指す。同記事によると、第1次ブームは1997年の香港の中国返還に伴う香港ブームの影響で、都内の本格飲茶店が注目され、全国でも飲茶店が100店以上に増加したという。第2次ブームは、食べ放題のカジュアルな飲茶レストランが増加した2000年代である。
『食べログマガジン』2018年8月7日配信記事「人気復活!いまどきの飲茶レストラン事情」も、2000年代にワゴンスタイルの飲茶レストランが大量にできたが、蒸し点心は廃棄率が高いことがネックでやがて閉店したという。しかし添好運の登場で、再び飲茶レストランが増加している、と続いている。
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ガチ中華と点心の結びつきを指摘するのは、『Forbes JAPAN』2021年10月30日配信記事「香港飲茶ブームが再来? 人気店の背景に『点心師』の争奪戦」。私が西荻窪で目撃した状況を裏づけるように、中国人オーナーによるカジュアルな飲茶店がここ数年で増加している、と報じる。
点心のプロ「点心師」とは?
東京・神田の人気店「味坊」オーナーの梁宝璋も、東京・代々木八幡に広東料理と点心の専門店「宝味八萬」を開業し、すぐに人気になった。梁によると、都内の中国人オーナーの間で専門技術者の点心師の争奪戦が起きているとのこと。梁自身は中国東北地方のチチハル市出身だが、点心師は広東地方など海沿いの地域出身者が中心。宝味八萬も、梁が点心師と知り合ったことから開業している。ガチ中華ブームの要因となった内陸の東北地方出身者は、最近来日するようになった人たちだが、広東出身者たちは、幕末の開国時から西洋人が雇う使用人として来始め、1871年に日本と当時の清国との間で国交が成立してから増加。彼らは、横浜中華街や神戸南京町を形成した華僑の一部だ。当時国外へ出た中国人たちは、広東省を含め主に沿岸地域出身だった。異なるエリアから来た人たちがコラボし、現在の点心ブームは始まったと言える。
点心師(中国では「面点師」と呼ぶ)は小麦粉生地をさまざまな形に作り上げる技術者で、1人前になるには10年以上を要し、中国では国家資格が必要だ。東京・新小岩で2022年5月20日に開業した点心類のテイクアウト専門店「劉記 中華面食」も、点心師3人が得意分野ごとに手分けして作り、全国から訪れる中国人・日本人たちに支持されている。
各地で独自の粉モノ文化が発達するほど粉モノになじんだ日本人の間で、定期的に点心ブームが起きるのはある意味必然である。餃子やシュウマイ、小籠包のように定着したものもあるが、点心全体としてはまだ定着とは言えず、「ブーム」の形になっている。それは、このように点心師自体が誰でもなれるわけではなく、人気だからと職人をすぐに雇えるとは限らないことも影響していそうだ。
私は1980年代に読んだ漫画『有閑倶楽部』(一条ゆかり、集英社)で、セレブ高校生の主人公グループが、思い立って香港へ飲茶をしに行き、おいしそうな点心を食べまくる描写に憧れた。その頃から90年代の中国返還まで、旅行に食、映画などの香港ブームが日本でも盛り上がり、週末の香港弾丸旅を楽しむ人たちもいたほどだった。物語自体はアクションコメディーなので、有閑倶楽部のメンバーたちは陰謀に巻き込まれ、尾籠な話だが点心に紛れ込ませられたマイクロフィルムを見つけるために下剤を飲んで…というもったいない展開になってしまうのだが。
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さまざまな形で食感が多彩、具材もバリエーション豊かな本場の点心。点心師が増加し、ブームが去ることなく定着してほしい、と願ってしまうのは食いしん坊の欲張りだろうか。