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東海沖から九州沖を震源域とする「南海トラフ巨大地震」について、国の有識者会議は31日、新たな被害想定を公表した。政府は2023年度までに死者を8割減少させる目標を立て、自治体は対策を進めてきている。だが、目標の達成に向けては厳しい状況がある。
高台移転など対策進む
「津波が来ることは分かっているけれど、できることがほとんどない」
本州の最南端に位置する和歌山県串本町で暮らす女性(86)は、南海トラフ地震への備えについて記者に問いかけられると、そう嘆いた。
有識者会議が12年8月に公表した南海トラフ地震の被害想定では、町内への津波の到達時間が全国で最も短く、わずか4分だった。高さは10メートルと推計されている。
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さらに、和歌山県での最悪の状況を踏まえて試算された死者は約8万人に上った。
県内の市町村の約3分の2が海沿いにあることから、県は地形的に避難が難しい集落を「津波避難困難地域」に指定している。
こうした状況を踏まえ、串本町は役場や消防本部、こども園などの公共施設を高台に移転させた。
津波による浸水を少しでも遅らせるため、県は3・3〜3・9メートルだった町中心部の堤防を5メートルにまでかさ上げした。
だが、町の人口の4割に近い約5000人は、津波避難困難地域に住んでいる。海沿いの平地の方が利便性が高いためだ。
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津波避難ビル機能有する県営住宅
このため、県は町の要望を踏まえ、最大で6・8メートルの津波が想定される町内の地域に津波避難ビルの機能を持つ県営住宅(鉄筋コンクリート造り7階建て)を建て、24年6月に完成させた。
1階の一部は壁がなく柱だけの空間。2階は駐車場。高さ7・7メートルの3階には集会所や備蓄倉庫などがある。4〜7階が住居(24戸)だ。
災害時には、屋上や集会所などに最大で1200人が一時的に避難できる。県が入居の募集をしたところ、46件の応募があったという。
高い建物がない場所では、速やかに高台へ逃げるための避難路などの整備が町内の120カ所以上で進んだ。現在、避難路などは180カ所を超える。
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線路を渡って裏山に逃げられるようにするため、自主防災組織がJR西日本と掛け合い、避難路を整備した例もあった。
今回の被害想定では最悪の場合、津波の高さは町内で16メートル、県内では19メートルと推計された。ただ、県内各地で対策が取り組まれていることもあり、死者の推計は約6万5000人に減った。
過疎地ならではの課題も
だが、過疎地ならではの課題も残る。
先の女性の住まいは津波避難困難地域の中。「津波避難ビルには足腰が悪くて上がれない」と話す。
串本町総務課の大芝英智副課長の苦悩は尽きない。
「高齢者らの支援は、地域の自主防災組織と協力して対策を進めたい。一方、津波避難ビルや避難路の整備などハード面の対策だけでは限界がある。集落の高台への集団移転なども今後、検討していく必要がある」
目指すのは「犠牲者ゼロ」
12年3月、内閣府が南海トラフ地震で想定される各地の津波の高さを発表した時、最も高かったのは高知県黒潮町の34・4メートルだった。
町情報防災課の村越淳課長(51)は当時のことを「町民は『こんな大きな津波が来たら助かりようもない』とあきらめていた」と振り返る。
その後、有識者会議が公表した南海トラフ地震の被害想定で、高知県の最悪の場合では県内の約3万7000人が津波により死亡するとされた。
これを受け、町は「あきらめない」というスローガンを掲げ、13〜16年度にかけて津波時に上って逃げる避難タワーを町内に6基整備した。
さらに町内の各地域に職員約170人を割り振り、担当者が地域に入って住民と意見交換する体制を築いた。その中で、住民に「逃げれば絶対に助かる」と訴えてきた。町として目指すのは「犠牲者ゼロ」のまちづくりだ。
今回の被害想定では最悪の場合、津波の高さは34メートル、津波による死者は約3万6000人と推計された。
村越課長は「10年以上にわたって続けてきた、ハード面での整備や防災教育、意識改革などの取り組みの効果が出ていると思う。新たな想定で、避難タワーがある地点の浸水深に変更があるのかなどを確認しながら、今後もさらに取り組みを進めたい」と話した。【安西李姫、小林理】
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