亀田製菓と赤いきつねの“騒ぎ”はなぜ広がった? 企業を襲う「1%の誹謗中傷」と新法の限界

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2025年04月02日 07:41  ITmedia ビジネスオンライン

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亀田製菓と赤いきつねの騒動、本当の理由は?

 4月1日は、さまざまなWebサイトが「エイプリルフールネタ」を披露した。中でも特に目に付いたのが、国内最大のネット掲示板「爆サイ.com」がトップページに掲げたバナーだ。


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 「2025年4月1日から情報弱者プロパガンダ対処法が施行されました」


 「情報弱者」がフェイクニュースをSNSやネット掲示板に投稿すると、それを見た別の情報弱者が拡散し、さらに広がっていく。こうしたことが繰り返されると、大衆煽動になってしまうので、法律で禁止するというわけだが、これはまったくの「デタラメ」ではない。


 4月1日、SNSやネット掲示板にあふれる偽情報や根拠ない誹謗中傷、つまりはプロパガンダを減らすことが期待される新たな法律が施行されたのだ。


 「情報流通プラットフォーム対処法」(以下、情プラ法)である。


●「情報流通プラットフォーム対処法」とは


 今後「大規模プラットフォーマー」と指定されたSNSやネット掲示板の事業者は、名誉を傷つけたり、プライバシー・肖像権・著作権などを侵害したりする不適切な投稿に対し、迅速に対応しなければならない。ということが、この法律で定められた。


 対応の具体的な中身は、削除申請の窓口整備、「侵害情報調査専門員」の選任、削除申請者に対する対応状況の7日以内の通知、さらには「削除基準の明示」などである。


 「いいことじゃないか。これで誹謗中傷の被害者も少しは救われるのでは?」と期待する人も多いだろう。一方で「XやYouTubeといった海外企業には、何の意味もないでしょ」と冷めた見方も少なくない。


 この法律の前身「プロバイダ責任制限法」は、誹謗中傷の責任はあくまで発信者にあり、事業者側の「責任」は限定的だと認定。それを一部改正したものが「情プラ法」だ。つまり、SNSやネット掲示板に誹謗中傷の可能性のある投稿があったら即座に消せ、という強制力のあるような話ではない。あくまで判断は事業者側に委ね、「迅速に対応してくれないと罰金だよ」くらいの“お願いベース”の法律なのだ。


 米国のSNS企業は「トランプシフト」によって「表現の自由を最大限尊重する」方針を示し、Meta社は「ファクトチェック」を廃止した。つまり、もしあなたがXやYouTubeで未確認情報、明らかに事実と異なるウソなどで誹謗中傷されたとしても、「論評」「意見」とされて今回の「情プラ法」が役立つか否かはかなりビミョーなのだ。


 もちろん、この法律が生かされるシーンもある。例えば、企業などの危機管理だ。


●SNSの「デマ投稿」を放置するリスク


 今は企業や組織で何か問題が発生すると、すぐにSNSで拡散してしまう。もちろん、味噌(みそ)汁にネズミが丸ごと入ってしまったみたいな不祥事は自業自得で致し方ない部分もあるが、時には騒動に便乗して、事実に基づかない偽情報やフェイクニュースまで拡散されてしまうこともある。これを防ぐのは、企業危機管理の世界では「ほぼ不可能」とされていた。


 SNSや掲示板の事業者に投稿の削除を依頼しても、「はいよ」という感じで迅速に対応してくれるわけでもないので、偽情報やフェイクニュースはどんどん広がってしまう。しかし、だからといって発信元にダイレクトメールなどで「間違っているので削除してください」と直接お願いすると、今度はそのメールがスクショされ「大企業から言論封殺がきました!」なんて晒(さら)されて、火に油を注いでしまう。


 だから、ネットやSNSでどれだけひどい悪評が流れても、身に覚えのないことで「早く潰れろ」などと罵詈(ばり)雑言を浴びせられても、企業側は「嵐」が過ぎ去るのをじっと待つしかなかった。


 分かりやすいのは、亀田製菓の炎上事件だ。


 2024年12月、同社のインド出身のCEOが「日本はさらなる移民受け入れを」と発言したとAFP通信が報じて大炎上。株価も暴落したが、実はこのCEOはそんなことは言っていない。「柔軟性を持って海外から人材を受け入れることが極めて重要になる」と世の日本人経営者たちと同じことを述べただけなのに、移民問題に関心の高いフランスの通信社ということもあって、「海外からの人材=移民」という感じで「バイアスのかかった意訳」をされてしまったのだ。


 株価が下落したことを受けて、次にSNSで拡散されたのは「販売不振」「経営危機」という投稿である。この発言が「反日」だと受け取られたことで怒った人々が不買運動を起こし、亀田製菓の商品が売れ残っているという情報が拡散されたのだ。そこで、大量の柿の種などが棚に積み上がった写真も一緒に広まった。


 しかし、これは「デマ」だった。日経POSデータを見ると、大炎上している最中の売り上げは何の変化もない。つまり、SNSで大いに盛り上がった「亀田製菓不買運動」は、何の実態もなかったのである。


 ただ、これらの投稿を真に受けて「反日企業の亀田製菓が倒産間近!」という情報を拡散している人がたくさんいたのも事実だ。現実世界では誰も知らない、ほとんど影響がない話であっても、SNSでバズってしまえば、それが「歴史的事実」として定着してしまう、というのが今の日本なのだ。


●1%の誹謗中傷から炎上騒ぎに


 これは、2025年2月にアニメの描写が性的で不快だとして炎上した「赤いきつね」(東洋水産)のCMにも当てはまる。デジタル空間の分析を手掛けるTDAI Lab(東京都中央区)の福馬智生CEOが本件にまつわる約6000件のX投稿を調べたところ、このCMを「不快」だとした人はわずか1%にすぎなかったという。


 実はこのとき、一部のメディアや専門家は東洋水産に対して「説明」を求めていた。これだけ世間を騒がせているのだから、社会的責任のある企業として何かしらの見解を出すべきだとご高説を垂れていた。


 このように今の日本では、わずか1%の超マイノリティな投稿でも、バズりさえすれば「大多数の声」へと格上げされてしまう。ということは、この1%の投稿が偽情報やフェイクニュースでもバズりさえすれば簡単に「事実」になってしまうということでもあるのだ。


 こうなってしまったらもはや手遅れなので、企業の危機管理担当者としては時間との勝負になる。つまり、「初期鎮火」が極めて大事なのだ。


 そこで期待されるのが「情プラ法」だ。


 先ほど述べたように、これまではリアルタイムで拡散している偽情報やフェイクニュースに対して、企業側は「なす術なし」だった。だが、この法律では、申請すると7日以内に通知が届くので「今拡散している情報」への対処とともに、企業側の見解をステークホルダーに伝えることができる。例えばこんな感じだ。


 「現在、SNS上に弊社商品について、事実と異なる情報を掲載した投稿がありますが、プラットフォーマーに対して情報流通プラットフォーム対処法に基づく迅速な対応をお願いしているところです。プラットフォーマー側から通知があり次第、またご報告いたします」


 これが「発信者情報開示請求」となると、非常に物々しい印象を与え、企業が個人に対して高圧的に「口封じ」を図っていると受け取られかねない。対して、これならばXやYouTubeという世界的企業を相手に「お願い」をしているので、それほど悪いイメージではないのだ。


 もちろん、先ほども申し上げたように、これが本当に削除されるか否かという「実効性」はビミョーだ。プラットフォーマーによっては「対応しない」という回答があるかもしれない。


●企業の危機管理で「情プラ法」がどう役立つか


 ただ、危機管理の視点から重要なのは、実はそこではない。


 繰り返しになるが、何か不祥事が起きた際に便乗して、偽情報やフェイクニュースが投稿されているその瞬間、企業側にできることはなかった。削除依頼や発信元開示請求などは時間がかかるので結局、「後の祭り」なのだ。


 しかし、今回の法律によって「7日以内」で何かしらの結論が出るアクションができた。これに踏み切ることで、企業側としては「この投稿はまったくデタラメなんですよ」というメッセージを迅速に世に伝えられる。誤解や偽情報の拡散を食い止める「初動対応」がようやくできるのだ。


 個人的には、これがこの法律の本当の意義ではないかと思っている。というのも、この法律をつくった政治家たちも、SNSでの誹謗中傷などに対して「初動対応」ができないことが悩みのタネだったからだ。


 フジテレビのリアリティー番組に出演していた女性プロレスラーが、SNSでの誹謗中傷に苦しみ、自ら命を絶つという痛ましい事件があった。これをきっかけに、国の誹謗中傷対策が大きく進んだが、実はこれは政治家にとっても都合の良いタイミングだったのだ。


 安倍晋三元首相の殺害事件、さらに裏金問題以降、自民党議員への風当たりはかなり強く、ネットやSNSではボロカスに叩かれた。それは野党も同じで、自民党支持者や保守系の人から同様に攻撃される。そこで政治家の中からも「誹謗中傷対策をすべき」という声が多く挙がっていた。


 ただ、これは「言論の自由」に抵触するかなりセンシティブな問題だ。こっちは誹謗中傷で、あっちは批判的論評という線引きは正直、かなり難しい。イデオロギーや思想によって「正義」というのは、人によってさまざまだからだ。


●「情プラ法」を企業はどう活用していくか


 というわけで、「誹謗中傷をする人」を新たに規制するような法律は、現実的になかなか難しい。そこで、プロパイダー責任制限法をちょびっと前に進めて、本来は「場」を提供しているだけのプラットフォーマー側に「迅速に対応」を義務付けることで、抑止力にしようと考えた。


 多くの専門家は、今回の「情プラ法」は誹謗中傷対策として、それほど劇的な変化はないと考えている。プラットフォーマー側に「アナログな負担」を強いるだけで、問題の根本解決につながらないという意見もある。筆者も同感だ。


 ただ、危機管理の世界でこれは大きな変化だ。これまで多くの企業ではネットやSNSでどんなに悪口を投稿されようとも、デマを流されようとも「静観」が基本だった。それらにいちいち律儀に対応してしまうと、「SNSごときにムキになって」と揶揄(やゆ)されたり、オールドメディアが取り上げて「ニュース」として大事(おおごと)になってしまったりするからだ。


 しかし、亀田製菓や赤いきつねのケースを見ても分かるように、もはやネットでテキトーに語られていることもバズりさえすれば、そのままオールドメディアがニュースとして取り上げる時代だ。「危機管理は初動対応が命」という原則からも、「情プラ法」を活用して「迅速な火消し」を心がけていただきたい。



このニュースに関するつぶやき

  • 「AFP通信」という報道内容という根拠で、炎上した場合に、根拠なし?!とは言わないよね? もし悪いなら「AFP通信」で、「AFP通信」が誤報だと訂正しないと?! ??? >AFP通信が報じて大炎
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