【清水宏保×斎藤佑樹対談】メダリストに聞く、セカンドキャリア起業のリアルストーリー

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2025年04月02日 11:30  ベースボールキング

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[写真]左:元スピードスケート選手の清水宏保さん/右:アスミチのプロジェクトオーナー斎藤佑樹さん
スケート、野球と競技こそ違えど、ユニークなネクストキャリアに踏み出したアスリート同士の対談が実現した。



清水宏保さんは4度の冬季五輪に出場し、1998年の長野大会では500メートルの金メダルを獲得した伝説的なスピードスケート選手だ。2010年に引退した後は実業家に転身し、介護施設やフィットネスジムの運営を軌道に乗せている。



一方、ネクストキャリア支援を掲げるメディア「アスミチ」のプロジェクトオーナーでもある斎藤佑樹さんは、2021年に引退するまで北海道日本ハムファイターズで11シーズンにわたってプレーし、やはり独立起業の形で様々な活動をスタートした。そんな彼が事業を立ち上げて成功させた清水さんの事例を「アスリートのネクストキャリア」として紐解く。



今回の対談では斎藤さんが「聞き手」となり、アスリートが次のステップに踏み出すまでのプロセス、悩み、後輩たちへのエールを引き出している。







◆ 介護のイメージを変える「アスリート」というバックグラウンド







斎藤 まず清水さんは今、何をされているのか、お話をいただいていいですか?



清水 札幌に介護施設を建てて「サービス付き高齢者向け住宅」を運営しつつ、デイサービス、訪問看護ステーション、フィットネスジムをやらせてもらっています。



斎藤 ニュースで見ましたが、すごい施設を作っていますよね。



清水 札幌市営地下鉄南北線の南平岸駅から徒歩10分圏です。52名の入居があって、デイサービスとして通いのフィットネスジムのようなリハビリを行える施設もあります。施設の中には訪問看護ステーションがあって、看護師の訪問サービスもあります。



斎藤 まさに、これからの社会でさらに課題となることを、アスリートの視点からされている印象を受けました。そもそも、この事業を始めようと思った理由は何ですか?



清水 僕は2010年に引退して、その後は大学院に2年間通って「医療経営学修士」となりました。授業の中で、具体的なビジネスを考えなければいけなかったのですが、その中で「自分の経験と医療を掛け合わせたものがビジネスとしてできないか」を模索したんです。35歳までスケートをやっていたので、そのキャリアをそのまま活かさずに生きていくのはもったいないとも考えました。



斎藤 僕自身も、プロ野球選手時代にはケガが多くて、その経験を医療やリハビリの方面で活かしたいなと思ってはいました。だけど、なかなか踏み出せていません。清水さんも勇気は必要だったはずですが、最初はどうでしたか?



清水 最初は500〜600万円の投資で開業できる整骨院から始めました。一つ事業を作って、自分の感覚を少し磨きました。そこからアドバイスもいただきながら、「リハビリ」が主流になっている状況をつかんで、2014年から施設を始めました。無理をした部分もあるのですが、数年ごとに少しずつ施設を作っています。











斎藤 介護の分野まで広げた、その考えに至ったことがすごいなと思います。



清水 ありがとうございます。介護を受ける側の人たちも、いかにも「介護」というものより、アスリートがやっているリハビリのほうが反応もいいですし、皆さんイキイキとされています。見学に来られた方々も「今までの介護とイメージが違って、フィットネスジムみたい」と言っていただけます。



斎藤 ある程度の年齢が行っても「俺は元気だ」と思っている人が多いし、介護施設を利用するまでの一歩は難しいと思うのですが、まさにその一歩が踏み出しやすそうです。



清水 免許の返納も同じで、「高齢のつもりはないし、返納したくない」という気持ちが皆さんありますよね?デイサービスも「高齢者が通うものだから、自分は通いたくない」となりがちです。そこを払拭してあげると通いやすいし、ご家族も提示しやすくなります。








◆ 知識だけではない、大学院への進学が与えてくれたもの



斎藤 清水さんはネクストキャリアを、いつから考えていたのですか?



清水 アスリートはどうしても「後半戦」がありますよね。自分がケガをして、どれくらいスケートを続けられるのか?となった時点で、「次はどうしようか」と考え始めるわけですよ。僕の場合はそれが28歳、29歳のあたりでした。僕らの競技は野球のように稼げるわけではないから、「辞めた後」のことが30代に入ってからは背中合わせでした。



しかし現役をやりながらネクストキャリアに手を出してしまうと、今度は競技に専念できなくなってしまいます。だから我慢をして、とにかく競技に専念していました。終わった後も、すぐに何かを始めず、大学院から通ってからでもいいのかなと思っていました。



でも当時は焦りがありました。みんな社会には20代前半から出ていて、自分は社会人デビューが35歳です。ものすごく出遅れている感覚、社会に適応できない感覚がありました。



斎藤 僕はプロ野球選手を引退した後、まず起業して、いろんなことをやり始めました。大学院に2年間行った清水さんの余裕がすごいと思いました。



清水 余裕はないですよ。斎藤さんは高校時代から「斎藤佑樹」というブランディング、バリューができているので、やりやすかったと思います。それに、そこを活かさなければもったいないですよね。僕も現役のときから会社はあったのですが、何をやったらいいのか悩んでいました。



斎藤 現役の後半くらいから、何となく構想はあったのですか。



清水 何をやったらいいか分からないから、大学院だけでなく施設を見て、いろんな会社をやっている人たちのところにも行きました。ただ東京にいると、ビジネスモデルが大きすぎるんです。自分の規模感と違って、資金も足りないし、それはすごく悩みました。



斎藤 僕も東京でいろんな経営者の方と会うのですが「それはさすがに僕はやれないよ」と感じるビジネスが多いです。











清水 資金の集め方も分からないですよね。本田圭佑さんが最近百何十億円も集めていて、あれはどうやって?とすごく興味があります。斎藤さんは今どういうことをやられているんですか?



斎藤 企業のアドバイザーは少しずつやらせていただいています。あと野球場をつくっていて、今はまさに「出だし」でお金も投資しています。



清水 投資は回収はできますか?



斎藤 できないかもしれません。そこはもう、ある意味で僕が夢を追っている部分の、最終形態みたいなところもありますね。そこで野球をやった子どもたちがいつか大人になったときに、何かの形できっと野球界に返ってくる、それでいいかなと思っています。野球の未来を考えた方がいいかなと。



僕はまだまだですし、清水さんのビジネスモデルがアスリートとしても勉強になります。



清水 そう思ってもらったらすごく嬉しいです。アスリートなら誰しもが悩むセカンドキャリアですから。一つのモデルとして取り上げてもらえるなら、すごく嬉しいです。



斎藤 大学院に2年間通って、成果はどうでしたか?



清水 行って良かったです。数字もパソコンも得意ではないから苦労して、なかなか身につけられなかったですけど……。でもそういったビジネスに興味を持っている仲間と出会って、ウチの会社で働いてくれたりしています。



斎藤 同じ大学院に行っている方なら、同じ方向性を見ている方も多いし、一緒にビジネスやるのは理に適っていますね。



清水 表に出ていないだけで、甘いことを言ってくる人に騙される選手も沢山いると思います。人となりが分からない人とビジネスをやっていくのは危険だし、お金だけ利用されて消えるパターンもあるでしょう。でも大学院で一緒に過ごして、そこで人間性を確かめられて、たまたま方向性も一緒だった人がいました。



斎藤 大学院に行きながら、ビジネスはもう既に始められたんですか?



清水 アスリートとしてのスポンサー収入があったので、会社を作って管理していましたけど、ビジネスはやっていなかったです。大学院が終わってから半年後に整骨院を作りました。



斎藤 大学院に行っている間から、整骨院をやることは考えていましたか?



清水 いえいえ。ビジネスプランを授業で考えてとなったときに、それこそ「ケガした経験を活かせるものは何か」となったときに、リハビリが思い浮かびました。兄も整骨院をやっていたので、整骨院ならば「これくらいの機材を揃えて」とイメージしやすかったので、そうなりました。



でも今はもう売ってしまいました。そこの院長をやってくれた方がスケートをやっていた後輩なので、初期投資の金額よりも(譲渡価格を)ちょっと落として渡したんです。








◆ 経営者として感じる課題



斎藤 事業をしていて、どのような問題が起こりますか?



清水 今は人手不足です。医師はもちろんですが、看護師もそうだし、介護士もそうだし……。フィットネスのトレーナーも含めて、なかなか来なくなっています。だから人を雇わないものにも(資産を)分散していく必要がありますね。



斎藤 僕が接する経営者の方たちは「一個の事業にどっぷり浸かった方がいい」と言う方と、「分散した方がいい」と言う方が両方います、ただ「一つの事業に100%を注いでいる人の方が、応援したくなる」とも言われます。僕もいろんなことをやっているので、いつかは一本化したほうがいいかもしれません。でも、アスリートの経験からすると「まだいろんなことに挑戦したい」という思いもあります。何が正解なのか分からないのですが、そこの気持ちはどうですか?



清水 その葛藤は僕もあります。競技に専念してきた過程と、挑戦心、目標設定は今も自分の中に絶対にあります。ただ僕が51歳になって最近感じるのは、モチベーションが年齢を重ねるとグッと落ちることです。アメリカの大統領みたいに70歳を過ぎても元気にしている人はいますけど、競技と一緒で、昔ほどエネルギッシュではない部分が出ます。











斎藤 僕もまだ起業して3年くらいしか経っていないので、何にでも興味があるし、何でもやりたいと思います。でも、それがどう変化していくかは確かに分からないですね。清水さんは介護、リハビリに携わっていて楽しいですか?



清水 それは楽しいです。通ってくれている方、入居してくれている方に「ありがとう」と言ってもらえるのは嬉しいことです。僕がやっているから通っている、入居してくれたというのも伝えていただくし、やりがいはすごくありますよね。



ただ、そこを広げていくのは難しいです。採用、投資金額の調達、回収スピードといった問題があります。国の政策として介護報酬が減算していくのも見えています。







◆ セカンドキャリアを受け入れる準備のために



斎藤 アスリートのネクストキャリアを支援されている話もお聞きしています。



清水 ネクストキャリア支援というほどではないですけど、そういうのがやりたいアスリートを受け入れて、ウチの会社で働いて勤めてもらっています。



斎藤 アスリートのネクストキャリアの可能性は、感じられていますよね?



清水 感じています。採用に皆さんが苦労している中で、給料を上げていく話になるじゃないですか。僕ら、個人でやっている会社はそれができるかって言ったらなかなか難しいです。その中で、キャリア支援をきればとは考えています。例えば野球をやっていて怪我で辞めてしまった人たちの中で、リハビリを志望していて、小さいながらでも店舗を出したいとなったときには「のれん分け」みたいな形もあると思います。今はまだそのようなビジョンを描いている途中です。



斎藤 これからの展開がすごく楽しみです。



清水 あとは本人のモチベーションです。斎藤さんみたいに「やるぞ!」とならない人たちも、やはりいます。そこの覚悟は、なかなか難しいところでしょう。



斎藤 言い切るのは難しいと思いますが、現役のアスリートがネクストキャリアに向けてやっておくべきことや、どういうマインドでいたらいいかについて、何かアドバイスはありますか?



清水 難しいな……。急に汗が出てきました。ハンカチをください(笑)。でもまずは競技に打ち込んだ方がいいと思います。自分はそれが一つのブランディングになっていることに、今になってすごく気付かされているからです。











斎藤 僕も本当に清水さんと同じ考えです。野球をやっているうちは、もうしっかりやり切って、そこからでも遅くないと思います。僕はありがたいことに野球でそれなりにお金をいただいていて、11年プレーできました。ただ(個人競技は)オリンピックに出たような選手でも、経済的に安定とは限らないと聞いたことがあります。清水さんがネクストキャリアについてどのようなお考えなのか、すごく気になっていました。



清水 ケガをしてもしなくても、結果が出ても出なくてもーー。その姿勢、精神力と、どんな環境でも打ち込める本気度があれば、次のステップに行ったとき、グッとスイッチが入るはずです。やり切らず中途半端に行っていると、セカンドキャリアも中途半端になるでしょう。僕も最後ケガをしてボロボロになるまでやり切りました。だからもう満足で、お腹いっぱいでした。



斎藤 アスリートとして頑張ってこられたから、次のキャリアに進んでも頑張る力があるということですよね。改めて現役のアスリート、並びにネクストキャリアを歩んでいる方たちも含めて、清水さんのこれまでの経験からアドバイス、伝えられることがあればお願いします。



清水 僕は本当に、まだ伝えられるレベルには達していません。ただ51歳になって競技にとことん「もうやりたくない」というくらいまで、やり切ることが第一ではないのかなと思います。そうすることで、辞めた後にセカンドキャリアを受け入れる準備もできる。競技に没頭して、結果云々でなく、しっかりやり切ってもらいたいですね。











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取材=大島和人
撮影=須田康暉
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