「飲み放題」をやめたらどうなった? ビアレストランの“逆転劇”が意外すぎた

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2025年04月05日 08:50  ITmedia ビジネスオンライン

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キリンシティ、「飲み放題」を廃止

 「飲み放題付宴会コース:5000円」――。多くの居酒屋で“定番メニュー”のように提供しているが、「飲み放題をやめた」ところ、売り上げを伸ばしている店がある。ビアレストランの「キリンシティ」だ。


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 飲み放題を廃止したのは、2021年のこと。その後、2年間で売り上げを27%ほど伸ばしたわけだが、それだけではない。客数は17%ほど、客単価も3%ほど、いずれもコロナ前の水準を上回っているのだ(直営店のみ。コロナ後に大きく反転した2022年の数字を除く)。


 「キリンシティの看板は見たことあるけれど、店内に入ったことがないんだよねえ」といった人もいると思うので、簡単に紹介しよう。お店が誕生したのは、1983年である。東京ディズニーランドが開園した年に、1号店が東京・六本木にオープンした。


 キリンシティの特徴といえば、ビールの“もこもこ泡”である。ドイツのビヤパブ文化を取り入れていて、伝統的な「3回注ぎ」のスタイルが話題を呼び、人気を集めてきた。店舗数はじわじわ増えていって、2017年のピーク時には44店舗を構えていた。


 しかし、である。長年愛されてきたものの、時代の変化とともに、現在は26店舗(うちFCは3店舗)に縮小。「業績が低迷した店舗については、当社の撤退基準にあわせて閉鎖してきた」(同社の担当者)そうだが、そんなキリンシティが大きな決断を下したのである。冒頭で紹介したように、「飲み放題をやめた」のだ。


●社内からは「反対」の声


 「いやいや、ちょっと大げさでしょ。そんな大きな話ではないし」などと思われたかもしれないが、キリンシティにとって飲み放題の売り上げは全体の10%ほどを占めていた。ということもあって、廃止するかどうか議論したとき、社内からは「反対」の声が飛び交った。


 そもそも、なぜ「飲み放題をやめよう」という話になったのか。「どこでも気軽にお酒を飲める時代だからこそ、『あの店で、あの人と、特別な時間を過ごしたい』と感じられる場を提供することに、価値があるのではないか。また、キリングループが提唱する『適正飲酒』の考え方も、この決断を後押ししました」(同社の波多野潤社長)


 社内で議論を重ねた結果、飲み放題をやめたわけだが、当然、売り上げの減少が見込まれる。大人数の宴会も少なくなる、客数の減少も考えられる。こうした懸念に対して、キリンシティはどんな手を打ったのか。


 「宴会の騒がしさが苦手で、これまでキリンシティを避けていた」――そんな層をターゲットのひとつとして考えた。ノンアルコールや低アルコールを増やしただけでなく、少人数でも注文しやすいようなメニューも追加。その結果、ファミリー層が来店し、アルコール中心ではなく、料理も楽しむ人が増えていったのだ。


 こうした変化はデータにも表れており、特にノンアルコールや低アルコールの注文が伸びている。飲料全体の数字を見ると、2023年2月は7.6%だったが、2025年2月には10.6%に上昇。また、料理の注文数が増え、フードの売り上げ比率は52%に達し、ドリンクの48%を上回ったそうだ。


 飲み放題の廃止とともに、スタッフの「接客」も見直した。2022年にタブレット端末を導入し、お客は席から注文できるようになった。いまでは多くの店がこのスタイルを導入しているが、そのメリットのひとつに、スタッフの負担軽減がある。


 「はい、何にしましょう? ビールと枝豆ですね。あとは?」といったやりとりがなくなったことで、スタッフはお客との会話により注力できるようになった。結果、顧客満足度を示すNPS(ネットプロモータースコア)は、2022年から2024年にかけて、約5ポイント改善したそうだ。


●人気メニューの3位は?


 ここで、クイズである。キリンシティの人気メニューは何か。注文数の1位はビールの「一番搾り」、2位もビールで「ブラウマイスター」。ビアレストランなので、ビールが上位に入るのは予想通りだと思うが、では3位は何か。


 とある飲み屋で、同席した人たちにこの質問をしたところ「ポテトかな」「いやいや、やっぱビールでしょ」といった答えが返ってきたが、いずれも違う。答えは「水(チェーサー)」である。


 個人的な話で申し訳ないが、ここ数年、水を注文する人が増えてきたように感じている。「深酒をしたくない」「二日酔いを避けたい」といった理由で、店のスタッフに注文するわけだが、それにしても人気メニューの3位というのは、ちょっとびっくりである。


 では、なぜ水の注文が多いのか。店内でゆっくりお酒を楽しみたい、料理もおいしく味わいたいという人が「ついでに水も」といったことも考えられるが、どうやらそれだけではないようだ。理由を探っていくと、先ほど紹介したタブレット端末の導入が浮かんできた。


 ソフトドリンクのメニューをよく見ると「お冷(水)の注文はこちらから Water ¥0」と書かれている。忙しそうにしている店のスタッフに「すみません、お水ちょーだい」というのは気が引けるので、これまでためらっていたのかもしれない。しかし、タブレット端末であれば、気軽にタップすれば注文できるので、「じゃあ、水を」といった人が増えているようだ。


●ガブガブ飲む人より、じっくり飲む人


 コロナ禍以降、居酒屋業界は大きな変化を迎えている。帝国データバンクによると、2024年の倒産件数は200件を超え、過去最高を更新しそうだという。いわば逆風が吹き荒れている中で、キリンシティは「飲み放題を廃止」したことによって、ガブガブ飲む人より、じっくり飲む人が増えたわけである。


 「適正飲酒」という考えが広がると、10年後、いや5年後にはメニューから「飲み放題」の文言が消えている店が増えているはず、といった声もある。「時代の流れもあるし、ウチもやめたいんだよねえ。でも売り上げのことを考えると、いまはちょっと……」といった飲食店にとって、キリンシティの動きは気になるところである。


 今回の取材を通して、ふとこんな言葉が浮かんだ。「飲み放題、去るもの追わず。水、来るもの拒まず」――。


(土肥義則)



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