
ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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カップ麺類のなかでダントツに好きなのが「どん兵衛」シリーズだ。あの平べったいカップうどん独特の麺に、他に替えがたい魅力を感じる。
なかでもいちばん好き、というかもはや信奉に近いほどなのが「鬼かき揚げうどん」。それまでのあとのせ天ぷらの常識をくつがえす厚みと、玉ねぎの甘み。初めて食べた時はそれは驚いたものだった。
なので基本、どん兵衛を食べたくなったら自動的に鬼かき揚げを探すシステムが体に組み込まれている人間なのだけど、先日コンビニの店頭で見かけたどん兵衛に妙に心惹かれ、買ってみた。「日清の辛どん兵衛 特盛きつねうどん」。僕の地元にある有名ラーメン店「井の庄」の名物「辛辛魚らーめん」にのっているものにも似た「辛鰹粉」なるものが付属されているようで、辛いもの好きの僕としては手に取らずにいられなかったのだ。
で、実際とても美味しかった。ただ作っている途中、これでトッピングがおあげじゃなくかき揚げだったらパーフェクトなのにな......などと勝手なことを考えてしまっていたのも事実だ。ところが、どん兵衛のうまいだしがたっぷり染み込んだ、なぜ熱湯を注いでたった5分でここまでジューシーな物体が誕生するんだろう!? と驚かないわけにはいかないおあげの美味しさに、大げさでなくかなりの衝撃を受けてしまった。
どん兵衛のおあげがうまいことなんて、それこそ誰もが知るところなんだろうけど、前回食べたのがいつかわからないほどの僕にとっては新鮮な体験だった。日清さんすみません。辛どん兵衛には、おあげですよね。
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話は変わるが、SNSをぼーっと眺めていると、YouTuberだかTickTokerだか、詳しくはよく理解していないものの、リール動画と言われるような短い動画が流れてきて、ついクリックしてしまうのはよくあることだろう。そして一度クリックすると、そのクリエイターの動画が頻繁に自分のタイムラインに現れるようになる。
最近の僕のタイムラインに最も登場頻度が高いのが「けんた食堂」の動画。先日TVを見ていたら、日清の坦々麺(また日清だ)のCMに普通に出演していて驚いたくらいなので、ご存じの方は多いだろう。
謎に料理が得意なけんたさんという人物が、なんとも酒に合いそうなレシピの作りかたを短い動画で説明する。妙に渋い声と佇まい。インスタント麺なども多用する気取らないスタンス。そして麺を丼によそうときの「整える」などの独特の言い回し。一度見たらクセになること間違いなしだ。
そんなけんた食堂の動画のなかで、特にまねしてみたい! と感じたのが、鶏ガラスープを使ったあるレシピ。
「特に用事がなくても、ウチでは毎日鶏ガラを煮出している」という、正直「ほんとに!?」と思ってしまうセリフから始まる動画で、とりあえず鶏ガラスープをとり、それをいろんな料理に使ってみることをおすすめする、という内容。そのなかで、「特に和麺系に用いると、あまりの美味しさに絶句してしまう」と言いながら、なんとどん兵衛のきつねうどんを、熱湯ではなく鶏ガラスープで作ってしまうのだ。
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確かに、スープに塩気は加えていないので、おかしな味にはならないのだろうけど、旨味が過剰だったり、ちぐはぐになったりしないのか? ものすごく興味があるし、最近の僕は先述のとおり、どん兵衛のおあげにご執心なのだ。やるしかない!
さっそく肉の品揃えの良い地元のスーパーで鶏ガラを購入。1羽ぶんで、値段は170円程度だった。また、我が家ではおでんを作る際、だしがわりに鶏皮をたっぷり入れるのが定番だ。どうせならそれも入れちゃえ。
これを大きめの鍋で、ねぎの青い部分と一緒にぐつぐつ煮込んでゆく。数分間グラグラやったら、火加減をことことに切り替えて約2時間。
いったんざるでこせば、見た目からして濃厚な鶏ガラスープの完成だ。試しにおわんによそい、ほんの少し塩を加えて飲んでみると、さすがにうまい。たまに焼き鳥屋のサービスメニューで「鶏スープ」というものがあるけれど、まさにあの味。
ちなみにだしがらとなった肉も、あら熱を冷まして骨から肉をちまちまと外せば、けっこうな量になる。うまみはだいぶスープに抜けてしまっているものの、だし醤油でもかけてやれば立派な酒のつまみだ。
ではいよいよ、鶏がらどん兵衛を作ってみよう。熱湯を注げば5分でできるところ、ここまですでに2時間がかかっている。この酔狂こそが、自宅料理、晩酌クッキングの醍醐味だよなと噛みしめつつ、そこでふと気づく。あ、そういえば、家にどん兵衛がないや。
というわけで、最寄りのコンビニに買いに行ったのだけど、無事どん兵衛を入手して家に帰る途中にふと思う。これ、せっかくだから外で食べちゃおうかな。
熱湯さえあればどこでも熱々のできたでが食べられるのはカップ麺の強みだ。そして、今日は、あまりにも天気がよく、散り際のソメイヨシノが美しい。屋内にいる時間自体がもったいなく感じるくらいの気持ちのいい気候だ。
そこで家に帰り、もう一度グラグラと沸かしたスープを真空断熱水筒に注ぐ。どん兵衛とよく冷えた缶ビールも持って、はい準備完了。鶏ガラどん兵衛がつまみの、ひとり花見スタートだ。
ではいざ、どん兵衛に熱々のスープを注ぐ。和だしと鶏だしの融合した魅惑的な香りがぶわっと立ち上る。フタをして5分待つ。と言いたいところだけど、僕は若干硬めの食感が残る段階から麺を食べはじめたい変わり者なので、3分ほどで開封。
当然のことながら、まずはスープをひと口飲んでみる。すると意外や意外。まったく過剰だったり下品だったりすることはなく、むしろ雅(みやび)な味と香りだ。かつおや昆布などのだしと濃厚な旨味の鶏ガラが見事に調和している。さすがけんたさん。こりゃあ確かに、うまい。
極上のスープがたっぷり絡んだ平打ちのうどんをずずずとすすると、洗練と無骨さの両方を合わせもったような麺の食感と風味が口内を幸せで埋めつくす。食べれば食べるほど、どん兵衛本来の味と、それをブーストする鶏だしの旨味が押し寄せてきて、その合いの手にビールを挟めばもう最高。
そして丼のなかで抜群の存在感を発揮するおあげ。どんな技術力なんだ!? と不思議でならないが、物体としてもうこれ以上は無理、というレベルで、たっぷんたっぷんにつゆを吸っている。口に含むとそれがじゅわりとあふれだす。しかもその液体は、デフォルトを鶏だしで底上げした極上スープ。快感としか言いようがない。
と、興味がわいて実際に作ってみたところ、素晴らしい体験になったどん兵衛アレンジ。
これだけのためにスープをとる時間的余裕のある人は多くないかもしれないけれど、時間だけはかかるが格安で美味しく、幅広く料理に使える食材であることは間違いない鶏ガラスープ。僕もけんたさんをまね、特に用事がなくても日々煮出してみようかなと思った次第だ。
取材・文・撮影/パリッコ