3月26日に行われたOpenAIのGPT-4oのアップデートでは、画像生成機能が大幅に改善され、多くのユーザーがこの機能のために殺到した。3月31日には、無料ユーザーにもこの機能が開放され、SNSでは多くのスタジオジブリ風自画像があふれた。
こうした風潮に対して、著作権的に問題はないのかという懸念の声も上がっている。当事者であるスタジオジブリからは、「弊社から特にコメントする事はございません」と回答しているが、ネットにはスタジオジブリからのニセの警告文が出回るなど、混迷を極めている。
こうしたニセの警告文が本物と間違われて拡散するほど、多くの人はこうした○○風画像生成に対して、何らかの権利を侵害しているのではないかという懸念を持っている、ということだろう。
AIと著作権の関係は今どうなっているのか、最新の事情を組み入れながら、整理しておこう。
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●なぜ作風は模倣されるのか
コンテンツに関わる権利といえば、著作権法が真っ先に思い浮かぶ。著作権の原点はコピーライツ、つまり複製権なので、著作物そのものズバリのデッドコピーと中心とした権利体系になっている。
一方で著作権法は、作風・画風を含むアイデアは、著作物性がないとして保護されない。
例えばブルースやロックンロールは、それを最初に発明した人がどこかにいるはずだ。だがそれらと類似するもの、すなわち作風を模倣することが禁止されたら、今のような音楽業界の隆盛は存在しなかった。つまり作風といった表現スタイルにまで権利が及んでしまえば、文化的発展が見込めなくなってしまう。
したがって、生成した画像を誰がどう見てもジブリ風だと認識しても、作風が似ているだけでは著作権法上の侵害にはならないということになる。
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ただしこれは、著作権法ではアイデアや作風は保護されないというだけで、アイデアや作風に保護する価値がないということではない。知的財産権という考え方に立てば、特許権、実用新案権、意匠権、商標権など別の法と権利によって保護することも可能だ。
これらの権利が著作権と違うのは、出願しなければ権利が得られないというところである。逆に著作権は出願しなくても自然絵発生的に付与されるので、誰にでも関係するからややこしい、という話である。
では、自分が生成したジブリ風の自画像は、誰が著作権を持つのか。以前は、米国を中心にAIが生成したものに著作権はないという考え方が支配的だったが、AIをツールとして使えば創造的なものも制作可能ということが分かってからは、条件付きでAI利用者が著作者になるという考え方に変わってきている。
ただこの条件もまだ整理が十分ではなく、判例もまだないので、現時点では権利は宙に浮いた状態である。
●著作物とAI学習の関係
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ではなぜChatGPTは、「ジブリ風の画像」と指定しただけでジブリ風の画像が生成できるのだろうか。それはOpenAIがスタジオジブリの作品を、それと分かっていて学習させたから、ということで間違いないだろう。
商業コンテンツを、権利者に無断でAIに学習させることに関しては、日本の著作権法では合法である。
これにはいつものただし書きがついており、著作権者の利益を不当に害することとなる場合には対象外となる。じゃあ具体的に著作権者の利益を不当に害するとはどういう場合か、については、最終的には裁判で決着をつけるということになっている。つまりここはあえて細かく具体的に規定しないことで、萎縮効果を期待しているわけである。アクセルを踏みつつ、いつでも止まれるようにブレーキに足を乗せている状態という、日本の法体系によくあるパターンだ。
この規定の成立については、立ち遅れている日本のAI開発を加速させるという狙いがあった。しかし海外のAI企業が日本でコンテンツを学習させ、それが世界中からアクセスされるという状況は想定していただろうか。日本に来れば何でもOKであれば、それは単なる「学び逃げ」であり、日本にメリットは何もない。
OpenAIが、ジブリのコンテンツを日本で学習させたという根拠を示すものは、何も提示されていない。したがってこれが日本の著作権法の規定を利用した「学び逃げ」なのかは、分からない。ただ今後、国内外の事業者から日本のコンテンツが権利者に無断でガンガン学習されてしまうことは起こりうると考えるべきで、この規定の妥当性が問題となるだろう。
では米国で学習させたという場合はどうなるのか。米国において著作物のAI学習に関しては、何か特定の規定が設けられているわけではない。米国の著作権法には「フェアユース」という概念があり、それを裁判で主張することで免責されるという仕組みになっている。免責される判断基準は4つあるが、長くなるのでここではその内容は割愛する。要するに米国は訴訟大国なので、個別事案は全て裁判で決着をつけているわけだ。
OpenAIやGoogleなどのAI開発企業は、現在も法廷闘争を続けているが、フェアユースで勝てるという見込みがあるから続けているのだろう。これによって得られる利益は莫大なものになり、長期間の訴訟費用を負担しても、割に合う。
ただ、AI開発事業者にとっては悪いニュースもある。2025年2月11日、ニュース配信事業大手のトムソン・ロイターが、AIスタートアップのRoss Intelligenceを著作権法違反で訴えた裁判では、裁判所はRoss Intelligenceが主張したフェアユースを認めなかった。この判決が同様の裁判で参照されれば、AI開発事業者には大きな後退が余儀なくされる。
OpenAIがジブリのコンテンツを米国で学習させたなら、フェアユースを主張するのだろう。だがこれは裁判してみないと、合法なのかどうかは分からなくなった。
現在米国で懸念されているのは、特定の著名人の容姿や声をAIに学習させて、デジタル的なレプリカが生成されることである。24年5月には、OpenAIが発表した音声サービス「Sky」の声の一つが、米俳優スカーレット・ヨハンソンに酷似ていたとして、問題の声の使用を中止するという事件があった。
学習させたのは別の声優のものだと主張したが、現時点でも有名人のリソースが無断学習されるという懸念は払拭されていない。24年10月には、米国下院司法委員会 裁判所小委員会委員長であるダレル・イッサ議員が、「デジタルレプリカの乱用防止法」(PADRA)の法案を提出した。
これは、個人の音声、画像、肖像が不正な方法で商業的に使用されるのを防ぐことを目的としており、そのターゲットはAIによる、デジタルレプリカだ。
AIに学習されたくないという権利を、具体的にどのように担保するべきか。筆者は23年6月に公開したコラムで「『AIに学習されない権利(自由)』は保証されなくていいのか、という話である。これは法的にやると時間がかかるため、技術仕様としてAIによるクローリングを拒否するためのメタデータの記述式を決める等の動きは、今後あり得るかもしれない」と書いた。
そしてこうした動きは、徐々に始まっている。23年9月には、Googleが自社のAIモデルのトレーニングに使われないようオプトアウトする「Google-Extended」の提供を開始した。Appleも24年に同様のツール「Applebot-Extended」の提供を開始している。
一方でこのような方法論は、永遠のモグラたたきを生む。AI開発事業者は有象無象存在し、その全てのクローリングをコンテンツホルダー側が見張り続けるのは、現実的ではないからだ。そもそもAIを相手にするという話なのに、人間が「robots.txt」ファイルにチクチク追記し続けるのが唯一の対策というのも、いかがなものか。もう少し自動的で、包括的な方法が必要だ。未知のAIクローリングを監視して自動的にrobots.txtに追記するAIが登場するのも、時間の問題だろう。
仮に米国で商業コンテンツを無断でAIに学習させることが違法であるということになった場合、そのAIを作って生成した結果も違法性が問われるのか。また問われたとしたら、その責任を誰が負うのか。AI事業者では責任の範囲が広すぎて、とても補償などできないだろう。おそらく生成者責任ということになるだろうが、法の不遡及という原則が適用されるだろうか。
AIの生成結果については、法的にまだ決まっていないことが多い。「アイデアは保護されない」という考え方だけでは、乗り切れないかもしれない。
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