衛星通信サービス「au Starlink Direct」の戦略を解説 なぜau限定? 有料化の可能性は?

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2025年04月12日 09:21  ITmedia Mobile

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KDDIは、4月10日にSpaceXのStarlinkを活用したau Starlink Directを開始した

 KDDIで取締役執行役員常務CDO(Chief Digital Officer)を務めてきた松田浩路氏が、4月1日に代表取締役社長CEOに就任した。10日には社長就任会見を開催し、松田体制の方針が語られた。合わせて、同氏の掲げたチャレンジを象徴するサービスの1つとして、「au Starlink Direct」が発表され、同日から利用が可能になった。


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 au Starlink Directとは、低軌道衛星(LEO)から発射された電波を直接スマートフォンで受けられるサービス。一般的には、D2C(Direct to Cell)や衛星とスマホの直接通信などと呼ばれるものだ。KDDIは米SpaceXと提携し、基地局のバックホールに活用するとともに、法人、自治体にStarlink端末を販売してきた経緯がある。それをスマホに応用したのが、au Starlink Directだ。このサービスの詳細やKDDIの狙いを読み解いていく。


●ついに始まったStarlinkとのダイレクト通信、対応機種は50種類以上に


 社長就任会見のサプライズとして発表されたのが、春の開始を表明していた衛星とスマホの直接通信サービスだ。衛星には、SpaceXのStarlinkを活用。サービス名は、au Starlink Directと銘打った。料金は当面の間無料で、対応端末を持っているユーザーは10日から利用が可能になっている。iPhoneの場合、対象端末でキャリアプロファイルのアップデートを適用し、設定で「衛星通信」がオンになっていれば、4Gや5Gの電波が入らないときに衛星との通信に自動で切り替わる。


 Androidは、対象機種を最新のOSにアップデートした上で、メッセージアプリの「Googleメッセージ」を最新の状態にし、デフォルトSMSアプリに設定することで利用が可能になる。Androidでは、プラットフォームでも、データローミングは有効にしておく必要がある。まずは、SMSやRCSといったメッセージの送受信に対応。文字だけでなく、RCSを使った位置情報の共有やGoogleメッセージを介したGeminiとのチャットにより、生成AIも衛星経由で活用できるようになった。


 現状、携帯電話のネットワークは人が常時いる場所を中心に構築されており、山間部や海上などでは利用できないことが多い。そのため、国土カバー率は6割程度にとどまっていた。一方で、こうした場所でも、登山や航海などの際に利用したいというニーズは存在する。au Starlink Directを導入したことで、「空が見えればどこでもつながる」(松田氏)ようになり、他社に先駆け、残り4割のエリアをカバーした格好だ。


 低軌道といっても、その高度は地上約340km。Starlink端末と通信するために高度550kmを飛ぶ通常の衛星よりも低いが、地上に設置された一般的な基地局とスマホの距離よりははるかに遠い。衛星からは出力を上げれば電波が届くが、送信側はコンパクトなスマホから電波を出さなければならない。また、スループットも十分出ないため、スマホ上で動作できるアプリケーションも限定する必要がある。OSアップデートやキャリアプロファイルのアップデートがかかるのは、そのためだ。


 au Starlink Directでは2GHz帯の周波数を活用しているが、事業者識別コード(PLMN)は専用のものが割り当てられている。最新OS、プロファイルには、これを認識して自動でつかめるようになるアップデートも含まれているという。サービス開始にあたり、端末メーカーがアップデートを適用。サムスン電子、ソニー、Appleを中心に、ここ数年のモデルが一挙に対応し、その数は50機種、600万台にも及んだ。


●RCSとGeminiを生かし、メッセージでできることを増やす


 サービス面で面白いのは、単なるメッセージサービスに限定せず、Geminiを絡めてきたところだ。Googleは、RCSに対応したGoogleメッセージのRCSを使って、Geminiが自動で返答するサービスを提供している。au Starlink Directで通信可能な対象にも、このGeminiが含まれる。アプリやブラウザでGeminiにアクセスできずとも、メッセージサービスさえ使えればGeminiとやりとりすることが可能になる。


 メッセージだけだとコミュニケーションで終わってしまい、相手も必要になるが、Geminiであれば、すぐに応答してくれる。検索サービスではないため、最新情報を得るには限界がある一方で、学習で得た豊富な知識があるため、一般的な情報であれば引き出すことが可能だ。ブラウジングやアプリが使えない通信的な制約を、RCSと生成AIのGeminiで乗り越えたというわけだ。


 アプリやWebサービスがある中、わざわざRCSを介してGeminiが使える重要性は低いように思えたが、このような制限がある中でこそ真価を発揮できる。KDDIは、AndroidにGoogleメッセージを標準採用するとともに、iOSのRCS対応も進めてきたが、これらはau Starlink Directに向けた準備の意味合いもあった。ネットワークと端末の両面を見ているキャリアだからこそ、2つのタイミングを合わせて実現できたサービスといえそうだ。


 松田氏は、社長就任にあたって「夢中に挑戦できる会社」を掲げ、その1つ目の挑戦として、「未来をつくる仲間とつながる」を挙げていた。SpaceXとの提携だけでなく、通信の上にGoogleのGeminiやAppleのRCSを乗せてきたところは、その方針とも合致する。松田氏も、「共有したい、不安を解消したい、調べ物がしたいというお客さまの気持ちに寄り添うサービスができたと思っている」と自信をのぞかせた。


 ただし、au Starlink Directがメッセージサービス限定なのは、当初数カ月だけの話。2025年夏には、通常のデータ通信にも対応する予定だ。“通常の”と表現したのは、RCSやSMSも、厳密にいえばデータ通信網を通って送受信されているため。現状では、ネットワーク容量などに鑑み、通信できるアプリを制限している形になる。逆にいえば、夏ごろには衛星の数も増え、データ通信に必要なキャパシティーが確保できることになる。


 一方で、音声通話は「今の時点ですぐにという計画はない。もう少し先かなと(SpaceXとは)話をしている」(松田氏)と言うように、現状での予定は明かされていない。キャリアの提供する音声通話サービスとなると、品質確保や緊急通報など、乗り越えなければいけないハードルも高まる。とはいえ、LINEなどのアプリを使えば通話自体は可能になる。その意味では、データ通信の開始でよりサービスが本格化し、価値が高まるといえそうだ。


●料金は当面無料でau限定、サブブランドへの拡大はあるか?


 大々的にスタートしたau Starlink Directだが、当面はauユーザーに対し、無料で提供される。オプションを契約する必要もなく、端末のアップデートさえ済んでいれば、今すぐにでも利用することは可能だ。とはいえ、au Starlink Directの提供にも、コストはかかる。自前で建てた基地局とは異なり、オペレーションコストがかさむことも考えられる。


 無料の前に“当面”とついているのは、どこかでコストを回収するフェーズになる可能性があることを示唆している。一方で、松田氏は「まずは広く使っていただきたいという思いを込めて、当面無料にした」としながら、「これ単体でサービス収支を取ろうとは考えていない」と断言する。そのため、オプションとして通信料に上乗せするような形でサービスを提供することになる可能性は低そうだ。


 現時点では、au Starlink Directを「auブランドの魅力化」の武器と考えていることもうかがえる。実際、その名の通り、au Starlink Directはau限定のサービス。メインブランドのauのみが対応しており、同じネットワークを使うUQ mobileやpovo1.0、2.0では提供されていない。松田氏も、「auのメインブランドの価値の1つと捉えていただければ」と語る。


 仮にユーザーがこのサービスに魅力を感じ、UQ mobileやpovoからauに移れば、料金が高い分、ARPU(1利用者からの平均収入)は上がることになる。他社からMNPでユーザーを獲得する際にも、auに直接、移ってもらえる可能性は高まる。直接的に料金を徴収するのではなく、幅広いユーザーに使ってもらい、auへの乗り換えを増やすことで間接的に収入を拡大する戦略といえる。


 一方で、松田氏は、「“本日時点で”お使いいただけるのはauのお客さまのみ」と述べていたように、どこかのタイミングでUQ mobileやpovoへの拡大も視野に入れていることがうかがえた。ただし、この2ブランドはもと料金が安いため、auと同様、無料で提供されるかどうかは未知数だ。通常の料金に含めるのはメインブランドのauにとどめ、オプションという形で対価を求める可能性もある。


 中でも、オンラインで簡単にトッピングを追加できるpovo2.0とは、相性がよさそうだ。1日いくらという形で提供し、コンテンツバンドルのように、必要なときだけau Starlink Directを購入してもらうビジネスモデルは十分考えられる。実際に使うかどうかは分からなくても、山や海を訪れるユーザーが“保険”として購入することもあり得るだろう。povo2.0は、サブ回線として他社のユーザーにも訴求もしているため、間接的にau Starlink Directを他社に開放することにもつながる。


 海外では、同様にStarlinkを活用したD2Cを提供しているキャリアが、他社に有料でサービスを開放する動きもある。米国のT-Mobileは、一部料金プランにStarlinkのD2Cを無料でバンドルした上で、それ以外はオプションとして展開。他社ユーザー向けにも、月額20ドル(約2874円)でサービスを提供する。同じStarlinkを活用するキャリアの“仲間”なだけに、KDDIがこうした料金プランを参考にする可能性は十分ありそうだ。



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