最近、ニュースサイトなどでよく目にするようになった言葉の一つが「オーバーツーリズム」だ。筆者は札幌在住だが、確かに多くの外国人観光客が街中を歩いている。道内では外国人向けのビジネスを展開している場所として「ニセコ」エリアが話題になることも多いが、現状はどうなのか。実際に現地を訪ねた。
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●小樽駅は大混雑 ホームがすし詰め状態に
ニセコエリアと北海道の中心地である札幌は、JRを利用して移動する。札幌からニセコを目指すにはバスなどを使う必要があるが、時間の都合上、JRを選択した。札幌からだと、まず小樽へ向かい、そこでニセコ方面へと乗り継ぐ必要がある。札幌に住んでいる筆者はニセコを目指し、札幌〜小樽間を30分ほどで結ぶ「特別快速・エアポート」に乗車した。車内には外国人観光客がちらほらと乗車している。
小樽駅に到着すると、ホーム上は大勢の外国人観光客で埋め尽くされており、なかなか前に進めない。外国語が飛び交い、すし詰め状態である。人混みをかき分け、一旦小樽駅の外に出た。ひと休みした後、倶知安行き普通列車に乗車した。
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出発時間が近付くと、キャリーバックを持った乗客が増え始め、出発直前には満席になった。座れない乗客もおり、混雑した状態で小樽駅を出発し、1時間以上かけて目的地の倶知安駅に到着した。
●ゴミ投棄など迷惑行為に住民が迷惑 市が警備員を配置する事態に
それにしても小樽駅の混雑はすさまじいものだったが、小樽市はどのように対応しているのだろうか。取材に応じた小樽市観光振興室の担当者は「小樽市としては2025年のある時期に限定し、船見坂に3人、JR銭函駅と朝里駅、それと眺望が良い三本木急坂にそれぞれ2人の警備員を配置する予定だ。これらの場所は特に観光客が集中するため、警備員を置くことになった」と説明する。
背景には「外国人観光客が個人宅の敷地内に侵入したり、迷惑行為を行ったりしていることで住民が困惑し、ごみの不法投棄が相次いでいる」点があるとし「地域住民から『迷惑している』との声が市役所に寄せられている」と現状を明かしてくれた。
市では中心部で英語や中国語などの街頭放送も実施している。これまでは住民が注意喚起のポスターを作成していたが、直近ではこちらも市が担当するようになった。
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市の担当者によると警備員の配置はひとまず2024度末で終了し、2025年度は春節の時期を中心に再び警備員を配置する計画だという。今後、警備員などにかかわる支出増には「官公庁の補助金を活用するとともに、宿泊税を導入することが決まったため、税金を一部の補助にしたい」としている。
●まるで“異世界” 価格も景色も特殊な世界
話を戻そう。JR倶知安駅に着いた筆者は、駅前で「ニセコバス」に乗車。バスは比羅夫を通り、リゾートホテルのヒルトンニセコビレッジ方面へと向かった。乗客は20人前後。日本人は筆者を含めて2〜3人のみで、他は全員外国人と見受けられた。スキー板やスノーボードを持っている。
ニセコバスの車内では、日本語と外国語の自動音声が長々と流れる。同社の自動音声装置などを製作する中央バス商事によると、製作している音声の種類は日本語と英語、中国語の3種類。「確認できるものでは、2005年ごろから運用を始めているとの記録がある。今のところ、国の数を増やす予定はない」(同社担当者)という。
また、ニセコバスによれば「乗務員への教育は特にしていないが、(外国人との会話を補助するための)指さし確認ボードを持たせてはいる。バスの増便は人手不足のため、したくてもできない」と回答し、肩を落としていた。
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バスは坂を上り「比羅夫北」停留所を過ぎた。このエリアでは道道343号線に沿い、ホテルやペンションなどが立ち並んでいる。外国人観光客向けだろうか「インターナショナルクリニック」と書かれた病院があり、まばらだが飲食店もある。
この辺りからキッチンカーの姿を多く見かけるようになる。時を同じくして、道路の両側にロッジが見えてきた。数でいえば7棟×3列ほどだろうか。
「パノラマ ニセコ」と書かれた1泊10万円以上もする宿泊施設も見えてきた。とある宿泊予約サイトを見ると、ホテルやコンドミニアムの価格が10万〜20万円が当たり前。筆者はこの時点で「別世界に来た」と感じた。これまでバスで通ってきた風景とは全く違うもので、まるで日本ではない別の国に訪問したような感覚である。
●寿司1カンで数千円 「30万円」のメニューを出す店も
その後、筆者は「ひらふ十字街」停留所で下車した。ひらふ十字街はニセコアンヌプリのふもとにあり、飲食店やホテル、コンビニエンスストア、食料品店などが多く集まるエリアで利用者が多い。
辺りを見渡すと、昼間であるせいかキッチンカーはほとんど営業していない。驚いたのは、飲食店で提供する商品の価格だ。近くにあった寿司店に目を移すと、「うに」「いくら」「まぐろ」などの握りが写真に映っており、値段はほとんどが2000円だった。
そこから少し歩くと、ラーメン店も見えてくる。通常のとんこつラーメンが1杯1700円、違うラーメン店ではチャーシューラーメンが1杯3400円、さらにカニの足が入った「クラブラーメン」が1杯1万円である。
中華料理店にも寄った。ほうれん草炒めが2580円、鴨肉の煮込みが1万5800円、極上熊の手の中華煮込み特大が30万円。ため息が出るほどだった。
それもそのはず、北海道が3月に公表した「令和7年地価公示」のうち、ニセコエリアを含む後志(しりべし)総合振興局が取りまとめた地価公示結果によると、倶知安町ニセコひらふの価格は1平米当たり18万1000円。前年度比で1万6000円も上昇している。ニセコひらふでは2023年→2024年でも地価が9000円上がっており、需要が大きい分、価格も上がるようだ。
●住民の「生活物価」が意外とふつう?
このように価格が異様に高いのがニセコエリアの現状だ。その一方「カレーライス物価」を見ると興味深い結果も出ている。カレーライス物価とは、カレーライスに使う原材料や、調理に必要な水道光熱費などを独自に試算した指数だ。ニセコ町が発表したカレーライス物価レポートによると、1食当たりの価格は342円(2月現在)。帝国データバンクが発表している全国平均の396円(1月時点)より50円ほど安い。
レポートの中で、町は「ニセコ町の生活物価は高くない」「暮らしは全国の地方と変わらない」と宣伝しているが、どうしてカレーライス物価をPRしているのかは疑問である。町の担当者に聞くと、次のように話す。
「マスコミをはじめ、ニセコエリアの物価が高いとの報道がたくさんある。特にインターネットでは『これがニセコの全てだ』と喧伝されているイメージがある。その結果、一部の日本人観光客から敬遠され始めている。私たちはニセコに住んでおり、その目線から実情を伝えようとしており、ラーメンでも良かったのだが、より親しみのあるカレーライスの方が今回は分かりやすいと考えた」
カレーライス物価レポートでは、帝国データバンクが公表しているものと同様の定義を準用。6食分(市販のカレールー2分の1パック)をまとめて調理したと想定し、ニンジンやジャガイモ、米、カレールーなどを電気とガスで調理した際、1食分でどれくらいの費用がかかるかを計算している。
確かに、筆者が駅前のスーパーに入った際、食べ物の価格は札幌とあまり変わらなかった。利用した飲食店も、提供する食べ物の種類や量によるが、高くも安くもなくといった感覚だった。宿泊したホテルも1泊1万3000円ほど。少し割高に感じたが、極端に高くはない。駅から離れた町の一部エリアの物価だけが異常に高かった印象だ。
●逆風の中でも「スキーの町」を強調
倶知安町には「レルヒ記念公園」という公園がある。その名前の主は「テオドール・エードラー・フォン・レルヒ」というオーストリアの少佐だ。倶知安町について著した『倶知安の八十年』(1971年、吉田 冨美雄編、倶知安町刊)によると、レルヒ少佐は1912年に旭川師団付きとなってスキーを指導。同年に少佐一行は倶知安に到着し、スキーで羊蹄山の登山を成し遂げたとの記述がある。
1972年、倶知安町はスキーを町技と定める「スキーの町宣言」を行った。町は公式Webサイトで、宣言に関して「スキーの町であることに誇りを持ち、町民だけではなく、この地を訪れる全ての人の豊かな未来に向け、世代を超え、これからも歩み続けていきます」と強調している。
観光客が多すぎるとして、オーバーツーリズムがわが国の社会的な課題ともいわれているが「スキーの町宣言」の中には、町を訪れる人に対する思いが込められている気がする。多くの媒体では「ニセコが高い」などと書かれ、筆者も実際に同じような印象を持っていたが、今回の取材を通じてその印象は変わった。
(小林英介)
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