
【新連載】
松井大輔「稀代のドリブラー完全解剖」
第5回:ヴィニシウス・ジュニオール
現在、レアル・マドリードが誇る「前線最強カルテット」の一翼を担っているのが、ブラジル代表のヴィニシウス・ジュニオールだ。
レアル・マドリードに加入したのは2018年夏のこと。しかしそれ以前に、16歳でデビューを飾ったフラメンゴ時代にはレアル・マドリード入りが合意されていたという事実からも、いかにヴィニシウスが特別な才能の持ち主であったのかがよくわかる。
実際、レアル・マドリード加入初年度からカステージャ(Bチーム)とトップチームで頭角を現すと、すぐにトップチームに定着。当時から左サイドでボールを受けたあとのドリブルは異彩を放っていた。
本格的なブレイクは、得点力が急激にアップした加入4年目のこと。今ではマンチェスター・シティのアーリング・ハーランドとともに、移籍専門サイト『Transfermarkt』の市場価値ランキングのトップとなる2億ユーロ(約319億円)を誇るまでに成長を遂げている。
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そんなヴィニシウスの代名詞とも言えるドリブルには、どんな特徴があるのか──。
現在浦和レッズで育成年代を指導するほか、Fリーグ(日本フットサルリーグ)理事長も務めている松井大輔氏に詳しく解説してもらった。
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「まず、ヴィニシウスのプレーを見ていて感じるのが、古きよき時代のブラジル人アタッカーのテイストですね。
ドリブルのなかにテクニックとイマジネーションがあふれていて、次に何をするかが予測できない。現代サッカーでは消滅しつつあるクラッシックな要素を残しながら、それでいて現代でも通用するだけのスピードや効率性を兼ね備えています。
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遊びがあって、ファンを楽しませるという意味でも、ブラジル代表の先輩ネイマールの後継者であり、現代サッカーに生き残った『絶滅危惧種のドリブラー』と言ってもいいでしょう」
たしかに松井氏が言うように、ヴィニシウスのドリブルには典型的なブラジル人選手のエッセンスが散りばめられている。ヨーロッパはもちろん、ほかの南米諸国出身の選手とも明らかに異なるリズムがある。
【ヴィニシウスを象徴するテクニック】
「具体的には、相手と対峙して自ら仕掛ける時によく見せるボディフェイントです。ブラジルでは『ジンガ』と呼ばれる体の動きですが、そのボディフェイントによって相手の重心を動かして、傾いた瞬間に逆をとって素早く抜き去っていくパターンです。
それに加え、高速のシザースフェイントを使って相手の体勢を崩すパターンもある。なので、なおさら対峙する相手が重心をキープするのは難しくなってしまいます。
僕も現役時代に意識していたことですが、鬼ごっこで相手に触られないようにするイメージで、常に相手の逆をとって抜いていくドリブルですね。しかも、ヴィニシウスは突出したスピードもあるので、相手からすると、不用意に間合いを詰めるとあっという間に背後を取られてしまいます。
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間合いをとればジンガやシザースで重心を動かされ、食いつけばスピードにやられてしまうので、相手にとってはとても対応が難しいドリブラーだと思います」
松井氏は、そんなヴィニシウスのプレースタイルを象徴するテクニックがあると指摘してくれた。それが、左サイドのタッチライン際でよく見せるプレーだ。
「対峙すると対応が難しいので、当然ながら相手には前を向かせたくないという意識が働きます。しかしヴィニシウスはそれを利用して、タッチライン際でボールをもらう時にトラップすると見せかけて、ボールに触れずにスルーをして反転。一気に加速して相手を置き去りにするテクニックをよく使います。
相手は自分に対して斜めから寄せてくるので、縦パスを受ける場合は効果抜群で、スピードのある選手にとっては特に効き目があると思います。もし相手が寄せて来なければ前を向いて勝負を仕掛け、前を向かせないように寄せてきたらスルーでかわせばいいので、どっちにしても優位性を保てるわけです。
ドリブルは、自分の特長や武器を最大限に生かすためのテクニックを使い分けることが重要になりますが、まさにヴィニシウスはそれを実行していると思います」
【幼少からフットサルを経験させるべき】
絶滅危惧種ともされるヴィニシウスの独特なドリブルだが、果たして、日本人でもそのテクニックを習得することは可能なのだろうか。
「たしかに環境が人を育てると思うので、ヴィニシウスはブラジルだからこそ生まれた選手だと思います。
ブラジルでは幼い頃から、週に何日かフットサルをプレーすることが一般的になっていて、そのなかで習得したテクニックをサッカーの世界でそのまま使っているケースがよく見受けられます。ネイマールはその代表格と言えますが、そういう意味では日本でも小さい頃にサッカーだけでなく、週に何日かはフットサルをプレーすることも、ひとつの方法だと思います。
僕自身も選手生活の晩年にフットサルを経験して、それまで知らなかったテクニックや戦術的な要素を学ぶことができました。それを体験しているので、現在は子どもの指導のなかでもフットサルのエッセンスを交えて指導するようにしています。
ただ残念なのは、まだサッカーの指導者のなかにはフットサルから学べることが多いことを認知していないので、頭ごなしに否定されてしまうことがあるようです。でも、ブラジルだけでなくヨーロッパのスペインやポルトガルなどでも、子どもの頃にフットサルを経験させることが浸透していて、世間的にもそれが認知されています。
フットサルはGKを含めて5人でプレーするので、狭いコートのなかではドリブルで相手を剥がすことが重要になります。そのなかで、どのようにして剥がすのか、いつどこで剥がすのか──といったテクニックを自然と身につけられる環境があります。
ブラジルのジンガとは言わないまでも、相手と対峙した時にフットサルのテクニックを使うことで、ヴィニシウスのドリブルに近いテクニックは学べると思いますね」
サッカーとフットサルの二刀流。育成年代でそれが一般化すれば、日本にもヴィニシウスのようなドリブラーが育つのかもしれない。
(第6回につづく)
【profile】
松井大輔(まつい・だいすけ)
1981年5月11日生まれ、京都府京都市出身。2000年に鹿児島実業高から京都パープルサンガ(現・京都サンガF.C.)に加入。その後、ル・マン→サンテティエンヌ→グルノーブル→トム・トムスク→グルノーブル→ディジョン→スラヴィア・ソフィア→レヒア・グダニスク→ジュビロ磐田→オドラ・オポーレ→横浜FC→サイゴンFC→Y.S.C.C.横浜でプレーし、2024年2月に現役引退を発表。現在はFリーグ理事長、浦和レッズアカデミーロールモデルコーチ、U-18日本代表ロールモデルコーチ、京都橘大学客員教授を務めている。日本代表31試合1得点。2004年アテネ五輪、2010年南アフリカW杯出場。ポジション=MF。身長175cm、体重66kg。