米国の「トランプ関税」が2025年も再燃し、世界の金融市場を激しく動揺させている。そうした中、米国債利回りの突然の“急騰”が、トランプ政権の関税戦略にブレーキをかけたという見方が広がっている。
【画像を見る】ローリスク運用のつもりがハイリスクになってしまったのではないか
その立役者としてウワサされたのが、意外にも日本の農林中央金庫(以下、農中)だった。米国10年債利回りは4月6日に3.9%前後だったところから、一時4.5%超まで上昇した。
米国にとって長期金利の上昇は財政の大きな痛手である。2025年3月の米国連邦債務残高は約31.4兆ドル。年間利払い費は約6000億ドル(約90兆円)にも達し、金利が1%上がるだけで約9兆円もの追加負担が生じる。
金利の急騰で財政負担が重くなれば、景気を抑え関税政策を進めようとするトランプ前大統領の思惑は崩れる。
|
|
この予想外の金利急上昇が、関税政策の再検討を迫った可能性がある。こうした状況下で「農中が米国債を大量売却したのではないか」という憶測(おくそく)が市場を駆け巡ったのだ。
確かに農中は、2024年度中に含み損のある外国債券を約10兆円売却し、2025年3月期決算で1.5兆円の赤字を計上する見通しを2024年に公表していた。
当時、同庫の運用資産は約64兆円(2024年3月)で、直近では40兆円台にまで落ち込んでいるとみられるものの、依然として世界有数の機関投資家であることに変わりない。
●農中の“損切り”はデマ?
今回、米国債が売られた規模が世界全体で10兆円ともいわれている。
|
|
SNSでうわさになる背景としては、10兆円というポジションの規模感や、ちょうど債券を売却するタイミングが符合するという点も挙げられるだろう。しかし、その信ぴょう性は疑わしい。
うわさの投稿は「レバレッジを60倍もかけた運用がロスカットされた」という趣旨で、そもそも農中がそのようなハイリスクな運用を行なっていたかは疑問だ。
さらに、プロの公的運用期間である農林中金が、米国債売却で米市場を直接揺さぶるほど乱暴なロスカットを行うかについては、依然として疑問が残る。SNSの情報をうのみにすることは避けたい。
※なお本記事執筆時、農中の北林太郎理事長は日本経済新聞による取材で、米相互関税導入時の米国債大量売却について「事実はない」と否定したことが分かった。運用失敗に伴う米国債の一括売却は2024年度で終えたという。
●ローリスク運用のつもりがハイリスクに?
|
|
しかし、この度の金利高騰で農中は既存の他債券含め、さらに大きな損失を資産運用事業で抱えたのではないかと考えられる。
本来、債券中心の運用スタイルといえば「ローリスク・ローリターン」であるといわれるが、本当にそうだろうか? 債券偏重であることのリスクについて触れていきたい。
農中は「銀行等の株式等の保有の制限等に関する法律」により、自己資本額を超える株式保有は禁止されている。さらに、農林中央金庫法第73条では企業の議決権10%超の株式取得も禁じられるなど、資金運用の柔軟性が制約されている。
その結果、安全とされる債券への依存度が高まり、ポートフォリオが硬直化していると指摘する声もあるのだ。
さらに、リーマン・ショック後に導入された国際金融規制「バーゼルIII」も重荷である。バーゼル規制では金融機関に8%以上の自己資本比率を義務付け、国内重要行(D-SIBs)の農林中金には追加で最大1%が求められる。
債券は市場金利が上昇すると価格が下落するため、金利が上がると時価評価で含み損が発生する。
規制上、自己資本比率を維持するためには損失覚悟で売却するしかない状況もあり得るのだ。通常、債券は満期まで保有していればいくら市場での額面が下がっても額面で償還されるため、損失のリスクは低い。
しかし、そこに国際金融規制や独自のリスク管理規定によって満期を迎える前に損切りしなければならない場合、そのような「債券投資のセーフティネット」は作動しないのだ。
●リスクは「逸失利益」にも
三菱UFJや三井住友、みずほ銀行が「利上げ」により過去最高益を更新し、証券会社などの業績も好調に転じるなか、利上げで価格が下がる債券運用に偏重した農中は2024年度においては「一人負け」に近い状況に陥った。
ポートフォリオ理論によれば、組入資産の種類が多様化するほどポートフォリオ全体のリスクは低減する。その逆で、低リスクだと思っていても債券一辺倒になってしまえば、当初の利回りよりはるかに強いインフレが確認できると、今回のように資産が大きく目減りするといったデメリットが発現してしまうのだ。
市場関係者の中には、株式などの資産クラスもバランスよく配分すれば損失を抑えられたのではという指摘もある。実際に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は資産の約半分を株式で運用し、金利上昇期にも安定した運用成果を上げている。農中のポートフォリオも同様の柔軟性を持つべきであると筆者も考えている。
農水省の有識者検討会も、農林中金に対し、農業・食品関連企業への株式投資拡大など、より柔軟な運用を提言している。しかしバーゼル規制はもとより、農林中央金庫法がある以上、農林中金が直ちに大きな資産配分の変更に踏み切るのは難しいだろう。
●デフレ下で決められた債券主体の運用方針、もう時代遅れ?
農林中央金庫法が今の形に改正されたのはバブル経済が崩壊し、失われた30年真っただ中の2001年である。デフレ経済下においては債券運用も有効だが、インフレになってきた足元においては債券のみの運用はリスクがかえって大きくなりそうだ。
今回の米国債騒動がトランプ関税政策を止めたかどうかは不透明だ。しかし、「この相場で大損したとしたら農中だろう」と思われている時点で、それだけのリスクを農中は背負っているともいえるのではないか。
農林中金は今後、時代遅れの投資制限を見直し、債券偏重から脱却する運用戦略を模索する必要に迫られそうだ。
●筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO
1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手掛けたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレースを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務などを手掛ける。Twitterはこちら
|
|
|
|
Copyright(C) 2025 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。