【高校野球】神奈川屈指の進学校、川和の左腕エース・濱岡蒼太はなぜ「高卒→プロ」にこだわるのか?

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2025年04月18日 07:10  webスポルティーバ

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 想像していたイメージとは違うな......。

 4月12日、春季神奈川大会3回戦・川和対藤沢翔陵戦。藤沢八部球場のマウンドに上がった川和の先発左腕・濱岡蒼太を見て、そんな感想を抱いた。

【球速よりも大切なもの】

 濱岡は群雄割拠の神奈川で脚光を浴びる左投手だ。2回戦の日大藤沢戦では自己最速タイの144キロを計測し、延長11回タイブレークの末に4対3と勝利している。昨秋は甲子園メンバーが多数残る東海大相模に2対3で敗れたものの、7回まで1失点。川和は文武両道の県立高ながら、今やすっかり強豪からマークされる存在になっている。

 濱岡は身長177センチ、体重87キロのたくましい肉体で、とくに腰回りの筋肉の充実ぶりは目を見張る。てっきり東松快征(享栄→オリックス)のような剛球左腕を思い浮かべていたのだが、試合前のキャッチボールの段階で違和感を覚えた。

 数十メートル離れた地点から投げる濱岡のボールが、パートナーの手前で落ちてくる。いわゆる「垂れるボール」だった。濱岡自身も納得がいかないのか、傍らで見守る平野太一監督と話し込む光景も見られた。

 試合が始まっても、印象は変わらなかった。

 あくまでも目測ながら、球速は130キロ台前半程度。美しいスピンがかかっているわけでもなく、捕手の手前で失速するボールも目立った。つまり「キレがいい」と評されるタイプの投手ではなさそうだった。

 立ち上がりには2四死球を許し、二死一、二塁のピンチを背負っている。濱岡が本調子ではないのは明らかだった。

 だが、不思議なことに、濱岡は一向に打ち込まれる気配がなかった。スイスイとアウトカウントを重ね、9回を投げ抜いてしまう。被安打3、奪三振9、与四死球4、失点0。チームは2対0で勝利し、4回戦進出を決めている。

 試合後、濱岡に自身の投球について聞くと、こんな答えが返ってきた。

「理想どおりのピッチングではなく、苦しい展開だったんですけど、粘ってゼロで切り抜けられたのは成長だったと感じます」

 やはり本人のなかでもストレートが走っていない感覚があったようだ。濱岡はこうも語っている。

「(球速は)130キロちょいしか出てないかなと感じます。1試合通して修正はできませんでした。経験したことのないマウンドでの対応とか、課題が残りました」

 その一方で、濱岡はこう続けている。

「球速は目立つんですけど、大事なのはそこじゃないと思っていて。変化球との球速差で打ち取れればいいかなと考えています。今日はカットボールのスピードを落として投げたので、球速差は出せたと思います」

【プロにこだわる理由】

 藤沢翔陵戦で際立ったのは、濱岡の変化球の精度だった。得意のカットボールだけでなく、右の強打者には落ちるボールで空振り三振を奪うシーンもあった。濱岡に聞くと、「スプリットチェンジ」だという。

「冬の間に磨いた球種なので、精度はまだこれからだなと感じます」

 少し会話しただけでも、濱岡の聡明さが伝わってくる。ストレートがいつもよりも走らなかった原因をどう自己分析しているのか聞いてみると、濱岡はこう答えた。

「力学的な部分で、回転速度であったり、回転の方向だったり、球速を出すための重要なポイントはある程度把握しているんですけど。そのどこかが欠けているのは間違いないので、家に帰って整理して、修正していきたいです」

 話を聞きながら、素朴な疑問が浮かんだ。これほどまでに思考力が高い選手なら、「大学で力をつけてからプロに進みたい」と考えるのが一般的ではないか。川和は公立進学校でもあり、濱岡は中学時代にオール5の成績を収めるほど学力が高かったという。

 すでに多くのメディアで報じられているように、濱岡が川和を進学先に選んだのは、選手の自主性が尊重され、外部指導者を含めスタッフが充実しているからだ。練習見学時には、約30項目にわたる質問内容をノートにびっしり書き込んで臨み、当時部長だった平野監督にぶつけている。すべては「高卒でプロに行くため」の行動だった。

 なぜ、そこまでしてプロ野球選手になりたいのか。プロ野球以外にも、キラキラと輝く選択肢はたくさんあるのではないか。そんな疑問をぶつけると、濱岡は「うーん」と考え込んだあと、こう答えた。

「野球が一番、とにかく好きで、頑張って活躍したい思いがあります。父など家族がずっとサポートしてくれていましたし、ここまで熱中して頑張れることはないので。野球のためなら、自分を律することもできますし。自分の人生をよりよくするために、野球で上の世界を目指したいと考えています」

 濱岡は自分の性格を「だらしがない」と分析する。だからこそ「自分を律する」ことの重要性を感じているのだろう。濱岡は笑いながら、こう続けた。

「野球をする前は、みっともない人間でした。川和に入ってからは、私生活と野球がつながっていることを学んで、無意識下でもちゃんと生活できるようになってきたと思います」

 もし自分がスカウトなら、濱岡蒼太という選手のどの部分を評価するか。そう尋ねると、濱岡は苦悶の表情を浮かべたあと、こう答えた。

「1年の秋に翔陵に負けて(2対6)、名のない選手だったところから、課題をひとつひとつ克服しながら伸びてきているところだと思います」

 技術的に不足している部分があるのは、本人が誰よりも痛感している。だが、今の濱岡を見ていると、どんな困難があろうと正面から立ち向かい、解決してしまいそうな気がしてくる。それほどまでの悲壮な覚悟を感じる。

【指揮官が語る濱岡蒼太の個性】

 この日は取材時間が限られたため、後日、平野監督にも話を聞いてみた。平野監督は大分県出身ながら、激戦の神奈川で勝負するため神奈川県の教員採用試験を受験。津久井浜、瀬谷と赴任校で次々に結果を残してきた、気鋭の指導者である。

 まず、濱岡の球質について聞いてみると、平野監督はこう答えた。

「きれいなスピンで伸びていくというより、回転数が少ない球質だと思います」

 平野監督は「ただ」と言って、こう続けた。

「有識者からは『きれいなボールを目指すべき』と言われたのですが、私はそれでは濱岡のよさを消してしまうと思っています。持って生まれた『ギフト』ですから、この球をベースにピッチングをつくっていけばいい。対になる変化球を磨けば、その組み合わせで打者を打ち取ることはできます。ブルペン映えではなく、ゲームのなかでよさを出していくピッチャーだと考えています」

 この言葉を聞いて、濱岡が不調だった藤沢翔陵戦で完封勝利を収められた理由がわかったような気がした。

 濱岡が進学ではなく、プロに進みたい意向を示していることに対しても、平野監督は「なりたい自分になることを大事にしたい」と背中を押している。

「いい大学からオファーがあるなら、行かしてやるのも大事なんじゃない? とも言われます。でも、濱岡は『プロになりたい』という強い思いがあって、自分が一番伸びる場所だと信じています。名前のある大学になびくのではなく、自分が成長できる場所を誠実に選択している。ご両親も『大学で勉強するのはいつでもできる』と本人の意向を尊重しています。彼は人生を選択するうえで『つぶしがきくから』とか、そういうことは一切考えていないですよ」

 プロ入りするために、スピードや球質を磨く。大学でワンクッションを置く。そうした選択を否定するわけではない。濱岡蒼太という野球選手を唯一無二の最高傑作に仕上げるため、本人は最適な道を探し続け、周囲はサポートを惜しまない。

 川和の次戦は4月19日、21世紀枠でセンバツに出場した横浜清陵との対戦になる。川和が勝てば勝つほど、「ゲームのなかでよさを出していく」濱岡の持ち味は、スカウト陣の間で浸透していくに違いない。

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