
【王者を意識して4回転フリップを導入】
4月17日、東京体育館。今シーズンを締めくくるフィギュアスケートの世界国別対抗戦が開幕。アイスダンスのあと、男子のショートプログラム(SP)が始まっていた。
キス・アンド・クライに座った鍵山優真(21歳/オリエンタルバイオ・中京大学)は、やや硬い表情だった。しかし、隣に寄り添う父・鍵山正和コーチに「よくまとめた」と励まされ、さらにうしろに陣取った坂本花織を中心にした日本チームの明るい声で支えられると、気持ちを切り替えられたのだろう。最後は朗らかな顔つきになった。
「氷から上がった時は、落ち込みすぎてやばかったんですが。みんなが明るくしてくれたので......今日のチャレンジは意味があるものだったと思います」
演技後、鍵山は毅然として言った。
3月の世界選手権で銅メダルを獲ったあと、鍵山は2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ五輪に向けて進化する道を選んでいる。端的に言えば、SPにこれまでの4回転サルコウではなく、4回転フリップを入れることを決めた。より高難度のジャンプで、得点も多く稼げる。世界王者イリア・マリニンが"生物学的進化"を見せるなか、現状維持では太刀打ちできない。
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「(ジャンプの構成変更は)イリア選手を意識して近づきたいっていうのはありますね。だから、ここでうまくまとめても意味がない。挑戦するからこそ、来季にもつながると思っていました」
6分間練習からフリップには苦戦していたが、鍵山は少しもひるまずに挑んでいる。
「ゆまち!」。坂本花織だろうか、応援ブースから声援が飛んだ。ペアの木原龍一が日の丸の旗を振った。「がんば!」と観客席からも激励が届いていた。
【大技は転倒も意味あるチャレンジ】
静寂の会場に『The Sound of Silence』が立ち上るように流れ出し、演技が始まった。
冒頭、鍵山は4回転トーループ+3回転トーループを完璧に決め、GOE(出来ばえ点)も含めて17.36点とハイスコアを叩き出している。結局、4回転フリップはうまく軸が取れず、派手に転倒した。しかし、トリプルアクセルはまるで氷に吸い込まれるように静謐に降り、GOE含めて11.43点を出し、アクセル単体ではマリニンを上回った。
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終盤、曲にボーカルが入って盛り上がりを見せるなか、鍵山はハイレベルなスケーティングで観客のボルテージを高めた。スピン、ステップはすべて最高評価のレベル4だった。一つひとつの動きに無駄がなく、エレメンツごとに余韻を感じさせた。ジャンプが1本失敗だったことを考えれば、93.73点での4位は、ポテンシャルの高さを示したとも言えるだろう。
「どう捉えられるかわからないですが、フリップ以外で頑張ろうとは思っていました。ミスしているフリップに意識が持っていかれて、ほかがおろそかになるよりは......」
鍵山は冷静に振り返った。
「トゥーループ、アクセルはこれまででも一番の出来でした。ステップも最後の表現まで、感情を込められたと思います。だからこそ、スタンディングオーベーションをしてもらったはずですし、そこは自信を持ってもいいところなのかな、と」
彼は進化を遂げる過程での失敗を恐れなかった。フィギュアスケートという競技は日進月歩で、立ち止まることができない。チャレンジは宿命なのだ。
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「五輪シーズンだからまとめるじゃなくて、どんなシーズンでも新しい挑戦をしないといけない。今シーズン、これ以上ないくらいのショートをしながらも、自己ベスト更新に至りませんでした。だからこそ、フリップ挑戦は意味があると思っています。ただ、曲のなかに入れるのには、もう少し自信も必要で。ショートは3本のジャンプで、絶対に決めないといけないから」
変身を遂げる痛みが、己を鍛えることも知っているのだろう。実際、もがくなかで全体的にクオリティが上がりつつある。フリーでも新たに4回転ルッツを入れる構成を考えているという。一日の練習のなかで、何本かは降りることができているそうだ。
「ただ、4回転ジャンプを入れれば入れるだけいいわけではなくて。一本一本の質も大事になります。スピン、ステップも大切なエレメンツで、(基礎点が低くても)GOEで稼ぐのも大事だと思っています」
【背中を押したチームジャパンの声援】
鍵山は、日本代表としての気持ちも口にした。
「チームジャパンはみんな仲がよくて、目の前で応援してくれるので。成功した時も、ミスした時も声援が聞こえて、すごく励まされました。だから、自分も応援する時は気合い入れてやりたいと思います!」
彼は生真面目に言う。しかし向き合っている挑戦を乗り越えることこそ、日本のフィギュアスケート界全体を牽引するはずだ。
「今シーズンは悔しい思いもたくさんしてきましたが、最後までしっかり頑張りたいです。来季に向けて全力で戦えるように」
4月18日、鍵山はフリーを滑る。今シーズンの終章を飾り、来シーズンの序章へ。終わりは始まりの合図だ。
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