「僕のアイドル」漫画家・浅田弘幸、中原中也の世界を描く絵本『月夜の浜辺』出版記念展レポ

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2025年04月20日 08:00  リアルサウンド

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浅田弘幸『月夜の浜辺』(ワニマガジン社)
■浅田弘幸 絵本『月夜の浜辺』出版記念展開催

 現在、東京・渋谷のギャラリーDéesse space caiman shibuyaにて、漫画家・浅田弘幸の個展――「浅田弘幸 絵本『月夜の浜辺』出版記念展」が開催中だ(2025年5月5日[月・祝]まで)。


 同展は、「十代の思春期、中原中也は僕のアイドルでした」(文庫版『眠兎』あとがきより)という浅田弘幸が、中也の詩2篇をモチーフにして描き下ろした絵本『月夜の浜辺』(ワニマガジン社)の出版を記念するもの。



 浅田弘幸は、1986年、「幽界へ…」(月刊少年ジャンプ漫画大賞準入選)にてデビュー。『BADだねヨシオくん!』などの連載を経て、バスケットボールに青春を賭けた少年たちの成長を描いた『I’ll〜アイル〜』でブレイク。そののち発表したファンタジー大作『テガミバチ』でさらに多くのファンを獲得することになるが、忘れがたい初期の傑作の1つとして、中原中也の詩にインスパイアされた『眠兎(ミント)』という中編もある。


 今回の個展では、その『眠兎』のアナログ原画と、新作『月夜の浜辺』の高精細複製原画が展示の中心になっている(後者が複製原画なのは、同作がデジタルで作画されているため――つまり、もともと「紙の原画」が存在しないため)。


詩人の人生を知ることで、作品の理解が深まる

 さて、前述のように、絵本『月夜の浜辺』は、中原中也の2篇の詩をモチーフにして描かれた作品である。2篇の詩とは、表題作にもなっている「月夜の浜辺」と、「夏の夜の博覧会はかなしからずや」。いずれも、1936年、わずか2歳でこの世を去った中也の長男・文也(ふみや)を追悼した作品として知られている(文也の死は中也の精神を破壊し、翌年、中也は遺児のあとを追うようにして病死する)。


 とはいうものの、2篇のうち、「月夜の浜辺」は、実は、文也が亡くなる少し前に書かれたものだと推定されている。つまり、同作はもともと追悼詩として書かれたものではなかったのだが、のちに詩集『在りし日の歌』の第二章「永訣の秋」を編集する際に、あらためて追悼と永訣の意を込めて、収録作の1篇として選ばれたものなのだ。


 一方、「夏の夜の博覧会はかなしからずや」は、中也の生前は未発表だった作品(こちらは文也の死後に書かれている)。文也と妻と3人で、上野で開催された「国体宣揚大博覧会」へ遊びに行ったときの思い出がもとになっている。


 誤解を恐れずにいわせていただければ、前者は、もともとは抽象的な世界観の詩(のちに別の意味が加えられた詩)であり、後者は、プライベートな現実の思い出が直接作品に反映されたものであるといえよう。


 この虚実入り混じる2篇から受けた鮮烈なイメージを、浅田弘幸は巧みなモンタージュで組み合わせ、漫画家ならではの、コマを割ったページ構成で、見事な絵物語にまとめあげた。


言葉と絵を用いて、浅田弘幸が表現してきた“ひとの心”

 絵本『月夜の浜辺』の主人公は、中原中也とおぼしき男性(ただし、明確にそう描かれているわけではないので、架空のキャラクターとして読んでもかまわない)。


 巨大な満月が空に浮かぶ夜――男は、ひとり波打ち際を歩いている。と、足元に落ちている丸いボタンが目に止まる。そして、男はそっとボタンを拾い上げ、かけがえのない我が子のことを思い出すのだった……。


 「月夜の晩に、拾ったボタンは/どうしてそれが、捨てられようか?」(中原中也「月夜の浜辺」より)


 丸いボタンと丸い月は、「永遠」や「輪廻」の象徴かもしれない。また、「波打ち際」という舞台設定は、この世とあの世、あるいは、過去と現在の狭間(はざま)に男が立っていることを表わしているのだろう。


 いずれにせよ、文学(詩)と漫画という、隣接する表現ジャンルの幸福な融合を、この絵本では目にすることができる。そう、『眠兎』から『テガミバチ』にいたるまで、漫画家・浅田弘幸が一貫して試みてきたのは、言葉と絵を用いて“ひとの心”を描くということだったともいえ、そういう意味では、この1冊は浅田作品の集大成であるといっても過言ではないのだ。ぜひ個展会場に足を運んで、作者の熱い想いに触れてほしいと思う。



【参考】
「中原中也年譜」(中原中也『汚れつちまつた悲しみに……』角川文庫・所収)
「解説」池田誠(漫画・浅田弘幸/詩・中原中也『月夜の浜辺』ワニマガジン社・所収)


【付記】
絵本『月夜の浜辺』の通常版は、2025年4月25日(金)発売予定。特装版は、現在、個展会場や通販で購入可能。



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