日本での製品発表にアメリカから駆け付けたiRobotのゲイリー・コーエンCEO ロボット掃除機「Roomba(ルンバ)」のアイロボットジャパンは4月16日、新製品6機種を一斉に発表、ラインアップを刷新した。米・iRobotは、2021年度に初めて営業赤字に転落し、以降4期連続で赤字が継続。厳しい経営状況が続いている。立て直しのため昨年4月、ゲイリー・コーエン氏がCEOに就任。「日本は米国に次いで大きく重要な市場」だと語り、製品発表会のために来日し、自ら新製品の説明を行った。
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わずか1年の間にルンバのラインアップを刷新することにしたのはコーエンCEOの指示。すべての製品を設計から製造まで見直す必要があるとの考えからだ。6機種を一気に発表するのは初めてのこと。山内洋 製品担当ディレクターは「開発部隊も100人単位でリストラされる中、1年足らずでの開発はものすごく大変だった。寝る間も惜しんで仕事をした」と話す。同社が極めて切迫した状態に置かれていることがよくわかる。非常事態が日本で改めて認識されたのはこの3月。2024年度決算報告書の一文からだ。「2024年の連結財務諸表の発行日から少なくとも12カ月間、事業を継続できるかどうかのゴーイングコンサーン(継続企業の前提)に相当な疑義があります」とあった。日本のメディアもこの点を一斉に報じた。
起死回生を目指すラインアップ「全とっかえ」がどれほどの効果をもたらすのか。すでに欧米では新製品が発売されているが、コーエンCEOは「まだ発売したばかりだが、初期は予想通りの動き。製品の評価は高い」とするにとどめる。必ずしも出足絶好調、というわけではなさそうだ。この状況を反映してか、株価の低迷は続いている。米NASDAQ市場で21年に一時197.4ドルを記録した同社株。しかしこの3月の終値では3ドルを切る2.8ドルまで下落。4月に入ると新製品の登場効果で底を打った感はある。しかし、依然2ドル前後と過去最安値水準で推移している。今のところ株価は「V字回復」にはほど遠い。決算報告書には「消費者の需要、競争、マクロ経済状況、関税政策などの潜在的な要因により、新製品の発売が成功するという保証はありません」という記述もある。おおかたの投資家も、新製品が同社の業績を急回復させるとは、今のところ考えていないようだ。
とはいえ、ルンバが繰り出した新製品は単に従来の延長線上にはない。「刷新」とするにふさわしいもののようだ。例えば、これまではモデル毎にできるだけ部品の共通化を行い、アクセサリーなども共用できるよう工夫していた。今回からその考えを捨て、それぞれのモデルで最適な部品を採用することで、コストを圧縮した。また、設計から製造に至る細部まで「自前主義」を貫いてきた同社。それゆえコスト高体質にもなっていた。舵取りは同社が主導しつつ、海外のパートナーを積極的に活用する体制に改めたことで、コストダウンに結び付けている。同社を経営不振に追い込んだ要因の一つに、低価格製品を打ち出す中国企業の台頭がある。開発体制の見直しを通じ利益率を上げ、価格競争力を取り戻すのも、ラインアップ刷新の狙いの一つだ。
例えば、10万円を切った「全自動モデル」。吸引掃除機と水拭き、水ぶきパットの乾燥機能と自動ゴミ捨て機能がそろった「Roomba Plus 405 Combo + AutoWash 充電ステーション」を税込みオンラインストア価格9万8800円で販売する。商品説明で、渡邉峻 セールストレーナーは「これで競合と戦える」と胸を張った。取り扱いのなかったヤマダ電機でも、4月から販売を開始。日本での売り上げ拡大も狙う。機能面では、全モデルでレーザー光センサー「LiDAR(Light Detection and Ranging)」を搭載した。自動運転などでも採用されているセンサーだ。これで、高速・詳細に部屋の状況や間取りを把握できるようになった。また、物理的にゴミを圧縮する機能を本体に内蔵する「Roomba 205 DustCompactor Combo ロボット」も新たに開発。本体だけで最大60日分のゴミを保持できるようにした。そのほか、拭き掃除機能はすべてルンバに集約。拭き掃除ロボット「Braava(ブラーバ)」は終息させる。
22年8月、米・Amazonは、経営不振に苦しむiRobotを約17億ドルで買収すると発表。しかし24年1月、「EU・規制当局の承認を得る見込みが立たない」として買収を断念した。この影響で株価は一気に下落。CEOが、創業者の一人コリン・アングル氏からコーエン氏に引き継がれたのも、この影響によるところが大きい。製品発表会でコーエンCEOは「あらゆる財務基盤の強化策を講じている。製造体制の見直しを通じ利益率も2桁で向上させた。我々はしっかりとここにいる。どこにも行かない」とし、改めて立て直しへの自信を語った。一方で、米・トランプ大統領が打ち出す関税政策が、同社の再建に影を落とすのでは、との懸念もある。コーエンCEOは「日本と欧州向けの製品は中国とベトナムから出荷。北米向けの製品はベトナムからのみ出荷している。きちんと分散できている」とした。トランプ政権は、中国に対して最大245%もの関税を課すとの見解を示している。中国製造分は北米には輸入しないことで、影響を回避する構えだ。コーエンCEOは、トランプ関税の影響は「今のところ」限定的だ、との見方を示した。
ロボット掃除機という新たな製品ジャンルを、ルンバの名のもとに開拓したiRobot。出自は、一定の面積を網羅的に探索できる地雷探査技術だ。地雷探索では一切の漏れが許されない。多少時間がかかっても非効率でも面積をすべて「塗りつぶす」事が必須。初期型モデルのルンバが「無駄な動きが多い」と評されたのもうなずける話だ。初号機が登場したのが2002年。わずかなセンサーで実現させた掃除ロボットは、ある意味「エンジニアリングの塊」のような製品だった。時代は進みIT技術は飛躍的に進歩した。今やAI全盛。SFの話にすぎなかったヒト型家事ロボットまで、登場目前と言われている。家事ロボットの先駆者iRobot。危機を乗り越え、社名に恥じないロボット企業として再起し飛躍できるか。正念場だ。(BCN・道越一郎)