マンチェスター・ユナイテッドに巻き返しの兆し カギはブルーノ・フェルナンデス

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2025年04月21日 07:20  webスポルティーバ

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西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第45回 ブルーノ・フェルナンデス

 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。

 今回は、ヨーロッパリーグ(EL)の劇的勝利でベスト4進出の、マンチェスター・ユナイテッドのキャプテン、ブルーノ・フェルナンデス。超テクニシャンかつファイターである彼が、今季低迷したチームの巻き返しのカギを握ります。

【水と油の奇跡的な融合】

 転機になる一戦だったかもしれない。EL準々決勝、マンチェスター・ユナイテッドはホームの第2戦でリヨンを下した。90分間では2−2の引き分け。2試合合計4−4で延長に突入すると、リヨンが2ゴールをゲット。しかし、ここからユナイテッドの猛反撃が始まり3点を連取。最後の勝ち越しゴールは延長アディショナルタイムの121分だった。

 劇的も劇的。ユナイテッドは2点を先行して追いつかれ、さらに後半の最後に相手が退場者を出していたにもかかわらず、延長で2点を献上。しかしそこから怒涛の3得点という、何とも目まぐるしい展開である。

 まさに「夢の劇場(シアター・オブ・ドリームス)」と呼ばれるオールド・トラッフォードに相応しい激闘だったわけだが、途中で夢ではなく悪夢の劇場になりかかっていた。それをぎりぎりでひっくり返したのは奇跡的で、現在のユナイテッドにはこれが必要だったのではないかと思うのだ。

 マンチェスター・ユナイテッドの栄光はいくつもの奇跡によって築かれてきた。

 ミュンヘンでの飛行機事故(8名の選手が亡くなった)から復活しての欧州王者(1968年)、1999年に三冠を達成した時のカンプ・ノウの奇跡(チャンピオンズリーグ決勝の大逆転勝利)が有名だが、理屈では説明がつかない何かを起こす、あるいは起こせると信じているメンタリティが独特なクラブである。

 今季、シーズン途中から指揮を執るルベン・アモリム監督は、ある意味ユナイテッドの体質から最も遠い指導者だろう。

 リヨン戦はアモリムのサッカーがよく表われていた。

 3−4−2−1のフォーメーションは攻守によく整理されていて、よくも悪くも非常に静的なプレースタイルである。例えば、2ボランチを組むカゼミーロとマヌエル・ウガルテの位置関係がまったく変わらない。右がカゼミーロ、左がウガルテ。流れのなかで入れ替わりがちなボランチのポジションでこれなので、他も選手の位置関係がほとんど変わらない。厳格なポジショニングを維持してのビルドアップは洗練されていて、守備ブロックも整然としている。

 もともとオランダをルーツとする戦術であり、位置関係が非常に合理的なのだが、カオス上等のユナイテッドの伝統からすると水と油で、むしろ同じ街のライバル、マンチェスター・シティのほうが相性のよさそうなサッカーと言える。

 2−0まではアモリム戦術のよさが出ていた。途中からはリヨンに保持されて押し込まれていたが、効果的なカウンターも繰り出している。ただ、それで3点目が取れればよかったのだが、取れずにカウンターばかりでボール保持ができず、試合をコントロールできなかった。このあたりはまだアモリム監督のスタイルが浸透しきっていない感は否めない。

 しかし、延長で2点をリードされてから別の顔を見せた。熱に浮かされたように反撃を開始、勢いで10人の相手を押しきっての3ゴールはアモリムのプログラムにはないユナイテッドの伝統だ。水と油の奇跡的な融合があった。

【超テクニシャンにしてファイター】

 水と油をつなぎ続けていたのがブルーノ・フェルナンデスだった。

 アモリムと同じポルトガル人だ。非常にクレバーで優れた技巧の持ち主。同時に強靭なメンタルと閃きを併せ持つ点で、いかにもユナイテッドのキャプテンらしい。

 10分の先制点はブルーノの裏抜けからだった。右シャドーのブルーノはサイドに開いてから相手のマークをタイミングよく外し、背後のスペースを突いた。ブルーノのボックスへ差し込んだパスをアレハンドロ・ガルナチョが受けてえぐり、ウガルテがゲット。きれいな崩しはアモリム戦術らしく、ブルーノの賢さと技術は象徴的だった。

 ボールの置き所がいちいちうまい。35分には後方からのロブをそのままボレーで蹴ってバー直撃。軸足を滑らせて体勢を崩しながらも、きっちりミートしている。

 攻撃の起点となり、精密なラストパスを供給、決定的なシュートも放つ。それだけでなく、ひとりで相手DFふたりを見るという、アモリムの守備タスクを忠実にこなす。球際で戦い、何度もファウルされるがそのたびに立ち上がる。超テクニシャンにしてファイター。アモリムとユナイテッドを結びつけるには余人をもって代えがたい存在と言える。

 114分、ブルーノは氷の冷静さで1点差に詰めるPKを決めた。120分、ブルーノ→カゼミーロとつないでコビー・メイヌーが合計6−6のゴール。最後はカゼミーロのハイクロスをハリー・マグワイアがヘディングで押し込む。PK奪取も含めて3点を実質アシストしたカゼミーロとともに、ブルーノが決定的な役割を果たしていた。

 127分、左サイドでボールを持ったブルーノはキープしながらフィールドを横断。ファウルをもらっている。冷静で賢く体を張ったプレーだった。

【知と血を結ぶキャプテン】

 キャプテンにもいろいろなタイプがいる。ユナイテッドに調整型は稀で、ほとんどは率先垂範のリーダーだ。

 1982年から12年間もキャプテンを務めたブライアン・ロブソンはブルーノ・フェルナンデスと似ていて、高い技術とフィールドの端から端まで走りきるガッツを持つリーダー。フィールド外でも飲み会の中心だった。

イングランドのフットボールと酒はセットだった。アレックス・ファーガソン監督が廃止するまでは根強い習慣で、現在では考えられないけれども、ロブソンはキャプテンらしいキャプテンだったわけだ。

 1シーズンだけだが、エリック・カントナもユナイテッドらしいキャプテン。ファーガソン監督さえアンタッチャブルな存在感と誰にも真似できないプレーは別格だった。

 その後のロイ・キーンは無類のファイター。クラブへの愛着と勝負への執念、チームメートへの当たりの強さも激烈で、現在の基準からするとパワハラの権化のようなのだが、不可欠のキャプテンだった。

 聖人君子はいなくて、ほぼ奇人変人に近い面々ばかり。ブルーノ・フェルナンデスがむしろ大人しくみえるくらいなのだが、理知の塊みたいなアモリムと暴走系のDNAを持つチームの接着剤としてこれほど相応しい人物もいないだろう。

 今季のプレミアリーグでは第33節終了時点でユナイテッドは14位。アモリム監督への批判も頂点に達していたが、リヨン戦のドラマチックな勝利で潮目は変わるかもしれない。

 強烈な個をどう連結させるかで迷走していた。アモリムはそこに明確な形を与えたが、一方で魂が抜けそうになっていた。ここにきてようやくバランスを見出したのではないか。

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