
パートやアルバイトの働き控えの原因として指摘されてきた「103万円の壁」が、今年度から引き上げられることとなった。
これまでの税制では、基礎控除の48万円と給与所得控除の最低額55万円を合計した103万円を超えると所得税が課税され、扶養控除からも外れてしまう。そのため、扶養されている学生や主婦層を中心にこの金額を意識した収入調整が習慣化していた。
こうした働き控えが所得増や労働者不足の一因になっているとして、政府は今年度から基礎控除を58万円、給与所得控除の最低額を65万円に引き上げ、壁を123万円に緩和したのだ。さらに年収200万円以下の場合は基礎控除が95万円となる特例も設けられたことで、壁は最大160万円にまで引き上げられた。
■今なお立ち塞がる100万円の壁
しかし、働き控えの解消策としても効果は限定的かもしれない。
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「103万円の壁が引き上げられても、年収を上げるわけにはいきません」
そう語るのは、近畿在住の40代の主婦、成田喜美子さん(仮名)だ。
建設会社社員として働く夫とその両親、そして3人の息子の7人暮らしという成田さんは、子育ての傍ら、パートタイムとして雑貨店で勤務している。経済的にそれほど余裕はないというが、収入がある一定額を超えないよう収入調整をしている。しかしその金額は、160万円でも123万円でもなく、110万円だという。
この「110万円の壁」について、元国税調査官で税理士の松嶋洋氏が解説する。
「2025年の税制改正で、所得税の基礎控除と給与所得控除の最低額は大きく引き上げられましたが、住民税の給与所得控除の最低額は55万円から65万円へと10万円の引き上げにとどまっている。住民税課税のボーダーラインである非課税限度額は45万円なので、住民税を課税されないために『110万円の壁』が意識されることは以前と変わらない」(松嶋氏)
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ただ、成田さんが110万円の壁にこだわるのは、単に自身にかかる住民税の支払いを免れるためだけではないようだ。
「我が家は私だけでなく夫も住民税を課税されていない、住民税非課税世帯です。住民税非課税世帯だと、コロナ禍以降、散発的に行われている給付金や、自治体による就学支援などでも上乗せがあるだけでなく、大学の授業料などでも優遇されるので、場合によっては年間100万円以上の恩恵がある。子育てが終わるまでは住民税非課税世帯を外れるわけにはいかないのです」(成田さん)
成田家の「大黒柱」たる夫の年収は400万円弱。日本の年収の中央値にも近い額を得ながら、なぜ住民税が課せられないのか。前出の松嶋氏がそのカラクリを明かす。
「たとえば東京23区の場合は、所得が35万円×(本人+被扶養者の人数)+31万円以下であれば住民税非課税。配偶者と3人の息子、さらに両親も扶養に入れているとすれば、所得にして276万円、給与所得控除を踏まえると、年収400万円弱なら住民税非課税になる可能性が高いでしょう」(松嶋氏)
ちなみに厚労省による2022年の国民生活基礎調査によれば、成田さん一家のような住民税非課税世帯は、全国に1300万世帯。全世帯の24%に相当している。住民税非課税世帯の大半は高齢者世帯が占めているが、18.9%は50代未満の現役世代が世帯主となっている世帯だ。
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そして彼らの中には、住民税非課税世帯としての恩恵を受け続けるため、成田さん同様、非課税限度額を意識した収入調整を継続する人たちも少なくないはずだ。
「所得税の面では、年収の壁は最大160万円まで引き上げられ、社会保険に加入する義務が発生する年収のボーダーラインである『106万円の壁』も近く見直しが決まっています。
しかし一方で、住民税の課税限度額は微増にとどまったことには、片手落ち感が否めない。主婦や学生のパートやアルバイトの働き控えの解消にはつながらないでしょう」(松嶋氏)
それでも自民・公明両党は、最大160万円まで「年収の壁」を引き上げたことで、納税者の多くは現行制度から年約2万〜3万円の減税となるとして胸を張る。ところが月2000円程度にとどまる減税に対し、国民からは「期待はずれ」「ショボすぎる」という批判があるのも事実だ。
「国民の生活支援目的だとしても、この規模の減税では何の効果もない。低所得者の負担軽減なら、対象を絞って直接給付の方が効果的なはず。わざわざわかりにくい制度にして、国民を煙に巻いているだけのような印象も否めません」(松嶋氏)
壁など意識せずとも、働けば働いただけ報われる社会であってほしいものだ。
文/吉井透 写真/首相官邸、玉木雄一郎公式X