「Tシャツ、1万円」――。
こうした値札を見て「ちょっと高いなあ。バーゲンで安くなったら、買おうかな」と思ったことがある人も多いはず。バーゲンだけでなく、アウトレット、ECサイト、フリマアプリなどで購入する人も多いだろうが、オフプライスストアがじわじわ広がっていることをご存じだろうか。
オフプライスストアとは、ブランド品などを定価よりも安く販売する業態のこと。簡単にいえば、「高いモノを安く買える店」のことだ。メーカー側が「このままでは売れ残りそう」「店舗ではもう売れないよ」と判断した商品を、オフプライス業者が一括で買い取って販売している。シーズンオフの商品を安く仕入れられるので、定価の30〜90%オフで扱っているところが多い。
このように説明しても「うーん、分かったような、分からないような。アウトレットとどう違うの?」と感じられたかもしれない。最大の違いは、アウトレットは売る側がメーカー、オフプライスストアは買い取って売る小売業者であることだ。
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例えば、アウトレットのアディダス店では、基本アディダスの商品のみを販売しているが、オフプライスストアではアディダスもあれば、ナイキもあれば、プーマもあるといった感じである。
オフプライスストアは米国で広がっていて、「T.J.Maxx(ティー・ジェー・マックス)」「Ross Dress for Less(ロスドレスフォーレス)」などがある。日本でもじわじわ増えていて、ワールドやオンワード樫山などでも展開しているが、個人的に気になっているのは、ゲオグループのゲオクリア社(名古屋市)が運営する「ラックラック(Luck Rack)」だ。
ラックラックが誕生したのは、2019年4月のこと。「オフプライスストアってなに? 聞いたことがないや」といった人が多い中で、同社は「米国で盛り上がっている業態の店が日本に登場した」「ハイブランドの商品が新品でも安く買える」といった文言で、消費者にアピールした。「10万円の財布が3万円」「2万円のパーカーが4000円」といった商品が並び、まずまずのスタートを切った。
●とある店舗で実験してみた
ここまで読んで、「あれ?」と感じた人もいるかもしれない。最近、ラックラックに足を運んだ人からは「ん? 10万円の財布なんて売ってないよ。どこにあるの?」などと思われたかもしれないが、その通りである。当初はハイブランドやデザイナーズブランドなど高価な商品を扱っていたが、いまは販売していない。なぜか。
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数年前、ゲオクリアは社内で“ある議論”を重ねていた。ラックラックをチェーンストアとして、店舗を増やすにはどうすればいいのか、である。
そのヒントをつかむために、神奈川県の「マルイファミリー溝口店」で2つの実験を行うことにした。1つめは、店内のレイアウトである。ラックラックではアパレル、雑貨、コスメなどを扱っているが、従来はアパレルの棚(什器)が1段しかなかった。天井の高さはまだ余裕があったので、実験店では2段にしてみた。
棚を1つ増やせば、同じ売り場面積でも、販売数は2倍になる。そうすれば売り上げも2倍……と皮算用してしまうが、話はそれだけではない。店内にたくさんの商品が並んでいれば、お客は「掘り出し物を探すような楽しさを感じられるのではないか」といった狙いもあったのだ。
ちょっと話がそれてしまうが、こうした取り組みを聞いて、ドン・キホーテの店内を思い出した。お客に強い印象を与えるために、ドンキでは「圧縮陳列」と呼ばれる手法を展開している。たくさんの商品を積み上げているわけだが、ラックラックの実験店でもこれに近い形に変更したのだ。
と同時に、店内のレイアウトをもうひとつ変えた。商品をメンズとレディースでわけていたが、それがどのような商品なのか明示していなかったのだ。お客にとっては分かりにくかったので「Tシャツ」「スカート」「コート」といった具合にわけて、ポップで紹介する。さらにサイズ別でも、わけてみた。そうすることによって、お客は宝探しのような楽しさを、より手軽に味わいやすくなったようだ。
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●ハイブランドの販売を止めてみた
実験の2つめは、ハイブランドとデザイナーズブランドの廃止である。先ほど紹介したように、当初のラックラックではハイブランドやデザイナーズブランドを扱っていた。しかし、ある課題を感じていた。
「東京の都市部の店では、ハイブランドはそこそこ売れていましたが、郊外の店では苦戦していまして。お客さまが『高い』と感じられたのかもしれません。ボリュームゾーンを2000〜5000円に設定したところ、売り上げは大幅に伸びました」(ラックラックのOPS宣伝販促課・中村雅美さん)
当初は誰もが知っているようなブランドを扱っていたが、元値が高い。7割引き、8割引きにしても、価格はどうしても高くなる。1万円を超えると、お客は「高い」と感じるようで、そうした商品は苦戦していた。
というわけで、実験店ではハイブランドの扱いを止めたところ、売り上げがアップ。この成果を受けて、ラックラックでは2023〜24年にかけて「店内のレイアウトを変更+ハイブランドの廃止」を進めていった。
で、結果はどうだったのか。2024年度の売り上げは前年比120%を達成。店舗数は4月末現在で29店だが、今年度は20店の出店を計画している。
こうした話を目にすると、ラックラックの勢いを感じられたかもしれないが、課題もある。「商品を安定して仕入れるために新たなルートを開拓しなければいけない」(中村さん)こともあるそうだが、冒頭でも紹介したように、オフプライスストアの認知度がなかなか上がってこないことを挙げている。
米国では1000店を超えるチェーンも出ている中で、日本ではまだまだ。「どんな店なの?」「どんなモノを扱っているの?」「中古品なの?」と思っている人が多く、どうやって認知を広げていくべきか。「ラックラックとはどういった店なのか」といった基本的なことを知ってもらうために、さまざまな取り組みを続けるようだ。
●「売れ残り=悪」なのか
さて、オフプライスストアはまだまだ“ひよっこ”だが、この市場を伸ばすには、どのような施策が必要なのか。アウトレットやフリマアプリはすでに浸透しているので、「お得に買いたい」というニーズはある。オフプライスストアはその中間として「新品を安く買える場」として認知が広がれば、多くの人が一期一会の買い物体験を味わうようになるのではないか。
そこで、ワクワク感の演出がカギになりそうだが、気になるのはラックラックに限らず、他のチェーン店でも店内からなんともいえない違和感が漂っていることだ。筆者も最初に足を踏み入れたときには「ここは中古品を扱っているのかな?」「ちょっと安すぎない? 品質は大丈夫?」と思ったほどである。
では、海外ではどのようにして定着したのか。欧米の成功事例を見ると「売れ残り=悪」ではなく、「循環の一部」として捉えられているようだ。在庫を無駄にするのではなく、社会的意義をうまく前面に打ち出せば、若い世代が「お、それはいい!」と共感を呼び、消費につながる可能性もある。
うまくいけば、ラックラックの棚のように、オフプライス市場の未来も「2段構え」で伸びていくかもしれない。
(土肥義則)
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