不思議の国「日本」を理解するために、インド人が続けてきたこと

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2025年04月23日 07:21  @IT

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インド人と日本人の特徴

 国境を越えて活躍するエンジニアにお話を伺う「Go Global!」シリーズ。番外編として、インドのIT企業「HCLテクノロジーズ」(HCLTech)訪問記を2回にわたってお届けする。


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 2025年3月、メディアツアーとして、IT系各メディアの記者たちがインド ノイダにあるHCLTech本社を訪問し、AI(人工知能)ラボ、AIoTラボ、デリバリーセンター、日本向けプロジェクトのデリバリーセンターなどを取材した。今回は、その中でも筆者が特に興味を持った、日本向けローカライズユニット「JLANS」(Japanese Language Services)を紹介する。


 インドに本社を置くHCLTechは、1976年創業。8ビットコンピュータの開発から始まり、ハードウェア、SI(システムインテグレーション)、ソフトウェアと分野を拡大し、現在では、世界のシステムインテグレーター時価総額ランキング6位(2023年度)、世界60カ国に220の拠点を持ち、22万5000人以上の従業員を雇用するグローバルテクノロジー企業だ。


 日本との歴史も長く、1998年に「エイチシーエル・ジャパン」を設立。27年間にわたり、ITおよびエンジニアリングR&D(研究開発)サービス分野でさまざまな業界のデジタル化を支援してきた。


 現在では、日本国内の従業員数750人以上にまで成長した同社だが、その道のりは容易なものではなかったようで――。


●日本には「根回し」というプロセスがある


 HCLTechが日本に上陸したのは、1998年のこと。先んじて展開した米国や欧州では比較的早く成長できたため、同じサービスや専門技術を提供すれば日本でもスムーズに発展できると当初は考えていたが、なかなか軌道に乗らなかった。JLANSのOperations Directorはその理由を、「独特の言葉と文化」にあったと分析する。


 「日本市場に参入した頃、私たちは日本文化を理解できず、日本側の事情を無視してしまうことがしばしばありました。例えば、日本の企業がなぜ提案の承認を迅速にしてくれないのか理解できず、速やかに承認してくれるよう強く要求することがありました。しかし日本には日本の事情があるのですね。私たちは、日本には『根回し』というプロセスがある、意思決定に時間がかかる、ということを徐々に知りました」


 こういった文化的な違い、言葉の壁、そしてビジネス習慣や交渉の仕方の違いがあることを理解したHCLTechは、それを乗り越えるために日本語専門家のユニット「JLANS」を2001年に設立した。


●「気配り」がちりばめられた翻訳サービス


 JLANSは、日本語の専門家が日本向けプロジェクトにさまざまなサポートを提供する組織だ。翻訳、通訳、さまざまなトレーニングプログラムを実施しており、メンバーのほとんどは、インドの一流大学の日本語学科を卒業した日本語の専門家だ。ノイダ、チェンナイ、バンガロール、プネに拠点があり、設立以来多くの大規模プロジェクトを実施し、年間700人月分の翻訳を実行している。


 JLANSのメンバーは、カメラやプリンタ、テレビや自動車など、さまざまな分野の専門用語の知識を持っており、大規模なデータベースもある。


 その日本語能力を生かして、RFP(提案依頼書)、提案書、仕様書や設計書、コードのコメントやテスト項目などを翻訳し、電話会議やビデオ会議、顧客がオフショア拠点を訪問する際の通訳などを行う。


 文書を翻訳する際は、単に日本語を英語にするだけではなく、さまざまな「最適化」が施される。日本の顧客から預かった全ての文書の内容を読み込み、複雑さを判断し、ファイルのフォーマットや形式などを確認し、プロジェクトで使用する専門用語を統一化し、専門用語のリストを作成する。専門用語のリストやチェックリスト、ガイドライン、スタイルガイドなどに沿って翻訳し、用語リストを更新する。このように細やかな「気配り」で、アウトプットが洗練されていく。


 翻訳や通訳だけではなく、コミュニケーションチャネルの構築、日本文化の理解など、プロジェクトを円滑に行うためのさまざまなサポートも実行し、日本の顧客とインドのプロジェクトメンバーのギャップを最小限に抑えるよう努めている。


●「お水をください」→「ファイルをください」


 JLANSでは、日本向けのプロジェクトに従事するインドのエンジニアたちに、日本に特化したさまざまなトレーニングプログラムを実施している。トレーニングの主な目的は、インドのエンジニアたちに、日本の顧客と仕事をすることに対して自信を高めてもらうことと、トレーニングを受けたエンジニアを配置することで、日本の顧客に安心感を提供することだ。


 トレーニングは、基礎の日本語トレーニングと、日本文化認識プログラムの2種類がある。


 基礎日本語トレーニングを受けたエンジニアたちは、買い物で値段を聞いたり、日にちや時間、道順などを尋ねたり、日本で生活していけるレベルの日本語を話せるようになる。日本語を学びながら、ビジネスマナーやエチケットなど、文化的な洞察も学ぶ。


 「日本語トレーニングでは、基礎の日本語を応用してIT業界でよく使う文章を学びます。例えば、『お水をください』という文章から『○○をください』のパターンを学び、『ファイルをください』『データをください』へと応用します」


 チューニングプログラムでは、自己紹介で使うフレーズや、電話会議でよく使われる表現など、さまざまなビジネス場面でよく使用する典型的な表現やフレーズも学習する。


 これらのトレーニングで日本語の勉強に強い興味やコミットメントを持っていると判断されたエンジニアは、日本語学校でより高度な日本語を学習し、さらにスムーズなコミュニケーションを取れるようになる。


●「ほうれん草」という概念は何であるか


 JLANSでは、日本文化認識プログラムも定期的に実施している。冒頭に記したように、異なる文化の人たちとビジネスを行う際には、異文化認識がとても重要であると認識しているからだ。


 社会学者はよく、「文化も氷山のように見える文化と見えない文化がある」と文化を氷山に例える。見える文化は、食べ物、建築、言語、振る舞いなど、見えない文化は、コミュニケーションの仕方や社会的価値や規範などだ。


 ビジネスの観点から例を挙げると、見える文化は、品質、契約条件、納品物など、見えない文化は、学歴、宗教、時間感覚、労働感覚などだ。氷山と同様に文化も、見える文化よりも見えない文化の方がはるかに大きな割合を示しているため、他の文化的価値や規範、振る舞いを持つ顧客と仕事をするときには、誤解や間違いが発生しがちだ。


 「例を挙げますと、インド人は『はい』と言うときに、首を横に振ります。日本人は縦ですね。日本の皆さんは『Yes』なのか『No』なのか分かりにくいでしょう。また、インドでは、男同士で手を握り合ったりつないだりするのはごく普通のことです。他の国の人たちにとって、これは違和感のある振る舞いかもしれません。


 自分たちの文化で一般的なこと、大切なことは、当然他の文化でも一般的で大切であると考えてしまいがちです。このような文化の違いから生じる認識のギャップをできるだけ克服するために、JLANSのメンバーは、エンジニアたちをさまざまな面でサポートします」


 日本文化認識プログラムでは最初に、日本の社会制度のさまざまな概念を学ぶ。調和を保つことや、目配りをすることなど、日本の職場のさまざまな側面に結び付いている日本人の生き方や振る舞い、考え方などを学ぶ。


 「インドの職場では個人主義が重視されますが、日本の職場ではチームワークが必要です」


 次に、名刺交換の仕方などの「型」や「ほうれん草」(報連相)という概念は何であるかなどのビジネスエチケット、服装や態度などのマナーを学ぶ。


 さらに、仕事で発生するさまざまなビジネスシナリオも学習する。


 「具体的なシーンの例としては、日本では良いニュースよりも悪いニュースを先に連絡するとか、問題について説明するときに、インド人は詳細を説明してから結論を述べますが、日本では結論を先に話してから詳細を話すとか。米国人にははっきりと『ノー』と言っても構わないが、日本人には断り方を考えなければいけないとか」


 異文化間のプロジェクトを成功させるための鍵ともなるコミュニケーションについても、みっちりトレーニングする。


 用語や認識を統一する、あるいは違いを認識してすり合わせれば、曖昧さを回避できる。日本向けプロジェクトでは「ASAP」(As Soon As Possible:できるだけ早く)などの略語を避けるのもその一例だ。


 「私たちにとって『金曜日の終わり』が締め切りの仕事は、『日曜日の終わり』までにやっておけばいいという認識です。なぜなら、顧客がメールを確認するのは月曜日の朝だろうと思っているからです。ですが、日本は違います。日本の顧客とやりとりをするときは、日本時間の終了時間なのか、インド時間なのか、確認する必要があります」


●インド人が延々と話し続ける理由


 JLANSでは、インドのメンバーに日本文化認知プログラムを実施するのと同じように、日本の顧客に対しても、定期的にインド文化認識プログラムを実施している。内容は、インドの一般的な情報やインドのビジネス文化についてだ。日本とのプロジェクトを成功させ、良好な関係を構築するためには、双方の努力が大事だと考えているからだ。


 図は、インド人と日本人の特徴をまとめたものだ。インド人は、温かく、感情を大切にし、衝動的で多弁。遠回しな表現を好み、活発に議論するという。


 「ビジネスの場で議論が静かになると、インド人は少し落ち着かなく感じます。その不安を隠したり拭ったりするために、延々と話し続けてしまうことがあります。日本人は聞き上手、インド人は話し上手といえるでしょう」


 日本人にとって、インドはエキゾチックでエキセントリック、それ故に少し距離を感じてしまう「神秘の国」だ。今回、JLANSのお話を聞いて感じたのは、インド人にとっても、日本は「不思議の国」だということだ。


 そして、神秘の国の人々は、不思議の国にビジネスをローカライズするに当たって、お互いの違いを理解し、歩み寄ろうとしている。日本特有の厳格な品質管理基準や、時間を守る習慣などから学ぶことが多く、それがJLANSメンバーや日本向けプロジェクトのエンジニアのモチベーションになっているとまでいう。インドからのここまでのラブコールに、日本も応えるべきではないだろうか。


 なお、世界60カ国に拠点を持つHCLTechにおいて、特定の国向けのユニットはJLANSだけだという。それだけ、日本は「不思議の国」なのだろう。



このニュースに関するつぶやき

  • インド企業が慣れてない日本の習慣は『定額請負契約』だよ。逆に日本は、インドの厳密な要件定義に対応できない。だからユルユルな中国を使いたがる。ところでHCLは、日本企業との合弁を切ったくせに日本で仕事するつもりかね。
    • イイネ!12
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