小学5年生ながら恵まれた体格と突出した才を持つ少年、綾瀬川次郎が野球と出会うことから始まるスポーツ漫画『ダイヤモンドの功罪』(平井大橋/集英社)。才能に溢れる次郎とそれを取り巻くチームメイトや大人達のやりとりが地獄の展開を見せていると話題になっている。従来のスポーツ漫画とは一線を画す本作の魅力を考察していきたい。
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※以下、最新刊並びに単行本未収録の話内容に触れる部分があります。未読の方はご注意ください。
◼︎高みに行き過ぎた存在の孤独と怒り
どんなスポーツをやっても簡単にこなせてしまうことで周囲の人間から嫉妬され、居場所を見つけられなかった次郎。自分が居るせいで周りの人間が怒られたり、その道を諦めてしまうことが嫌で、皆が笑顔で楽しめる場所を探してやってきたのが弱小野球チーム「バンビーズ」だった。
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弱小チーム故、次郎の速すぎる球を取れるキャッチャーがいないバンビーズ。それもあって公式の試合に出ることはできなくても、チームメイトと楽しく練習ができることに喜びを見出していた次郎。しかしその才能を目にしたチームメイト・ヤスの父親が、自分の息子と次郎を比較し、息子の才能の無さに幻滅してしまう。
父親の変わり果てた姿と、天才と比較され父親に選ばれなかった悲しさに苦しみバンビーズを辞めてしまったヤス。次郎はまた自分のせいで競技をやめる人を出してしまったことに苦しむと同時に、次郎を理由に「辞める」という行為に対して確かな苛立ちを抱く。
通常、ステージが上がれば上がるほどどこかのタイミングで壁にぶつかる。より強大な存在を前にして、自分の至らなさを反芻することが世の常だ。だが少なくとも現時点で次郎にその瞬間は訪れていない。いや、今後訪れるかどうかすらわからない程に次郎の才能は群を抜いている。その孤独に共感できる人間が現れることがあるのだろうかとすら考えてしまう。
◼︎ダイヤモンドのように輝く才能に、大人も子供も狂い出す
最新8巻では野球の才には恵まれなくても、野球というスポーツを愛し、自分自身に期待していると真っすぐな気持ちで野球に向き合う同学年の選手、大和に対して「野球嫌いになってオレのせいにされたら嫌」「オレが同じことを言ったりやったりしたら絶対なんか言われる」と苛立つ次郎の姿が印象的だった。
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何より次郎は全く楽しそうに野球をしていない。しかし実際そうだよな、とも思わせられる。プロを目指して日々厳しい練習に取り組む野球部員は数多い。厳しい競争の中を勝ち残らないと生きていけない中で、心から楽しいと思える瞬間がどれだけあるのだろう。
私達は、球児達に綺麗な動機と美しい精神を期待し過ぎているのかも知れないと、次郎の姿を見てハッとさせられるのだ。
ここで作品タイトルにもある「功罪」の意味について改めて触れておきたい。功罪とは、称えられるべき成果と、咎められるべき過ち。 功績と罪。 良い影響も悪い影響も同時にもたらすさまを指す言葉だ。
しかしながら、本作はあまりにも「罪」の部分が深すぎるのではないか。綾瀬川次郎というまぶしく輝くダイヤモンドの存在に目が眩み、周囲が正常な判断ができなくなっているようにさえ見える。
大人達は中学に上がったばかりの次郎の進路のことで利を得ようと駆け引きを行うし、U-12日本代表に選ばれた後に次郎が入団したリトルリーグの強豪・足立フェニックスのチームメイト達も次郎の存在をやっかみ「まるで正論のような」言葉をぶつける。物語が進むにつれ、読者が触れることになるのは次第に輪郭を帯びてくる次郎の怒りの感情の強さだ。
本作が我々のよく知るスポーツ漫画と大きく異なる点。それは勝利への渇望も、努力することの美しさも、チームメイトとの友情も、そのどれもが主軸にはないことだろう。
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読者に刺さるのは高みに行き過ぎた人間の孤独と、自分になら何を言っても構わないのだという弱者の驕りに対してのやり場のない怒りだ。試合に勝って楽しいとか、昨日まで出来なかったことが練習の末できるようになった、といったスポーツ漫画でよく見られる感動や喜びを本作に期待することはあまりオススメしない。
実際問題、次郎自身は何も間違ったことをしている訳ではない。しかし孤独な怪物がわかり合おうと歩みよったところで、人間側は一向に近寄ってこようとしない。その存在を怖がって遠ざけるか、自分達の弱さを盾にして怪物を追い込むことしか出来ないのだ。
そんな地獄のような展開が待ち受けていることがこれからも続きそうな状況ではあるが、読者の大多数が一般人であることからして、俯瞰で天才側が受け止め続ける苦しみの深さから学べる部分は大きい。マジョリティーとは時に理不尽で傲慢なのだから。
コミックス巻末に添えられるおまけ漫画の登場人物達のゆるくほっこりするエピソードがせめてもの救いだ。読者の感情の振れ幅お化けフォーク級の本作を是非とも手にとって、地獄の扉を開いていただきたい。
(文=もり氏)
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