発達障害などの障害を持つ人を「職場の困った人」などと表現した本が物議をかもしている問題について、出版社が謝罪し、見解を伝えました。ねとらぼ編集部の取材に応じた識者は「差別や偏見を助長する」として、本の内容に警鐘を鳴らしています。
●当事者団体も質問状を送付
物議をかもしたのは、4月24日発売予定の『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』(著:神田裕子、三笠書房)。書籍の表紙や帯文などによると、同書は「産業カウンセラー」として活動する神田氏が、職場での「困ったさん」と向き合う際の「対策」をアドバイスするという内容です。
同書ではADHDやASDといった発達障害者、愛着障害やトラウマ障害、うつや更年期障害などの疾病を抱える人などを「困ったさん」とラベリングし、それぞれのタイプへの対策方法を記しているとしています。表紙では「困ったさん」をイメージしたとみられる、擬人化された動物のイラストも描かれていました。
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SNSでは障害や病気のある人へのネガティブなラベリングや、表紙のイラストなどが疑問視され、「差別の助長」「非常に侮辱的」「非人道的扱い」と批判の声が相次ぎました。
発達障害の当事者で作られる団体「発達障害当事者協会」は4月17日、「発達障害者の尊厳を傷つける表現が含まれている」として、三笠書房に質問状を送付したと発表。「誤解や偏見を助長するような表現に対しては毅然とした姿勢で臨んでいく」と、団体としての立場を表明しました。
また、日本自閉症協会も18日に「障害に対する誤解を生み、差別や偏見、分断を助長するものと判断します。このような本を、90年を超える歴史がある三笠書房が発刊されることは誠に残念です」と、本の内容に対する声明を発表しています。
●イラストには「差別的な意図はまったくありませんでした」
三笠書房は4月18日、公式サイト上でこうした批判に対する見解を掲載。「本書籍に対するご批判等賛否の意見が本書籍の発行前に生じておりますが、まずは事前告知の限られた情報の中で、ご不快な思いをされた方がいらっしゃった事実について、お詫び申し上げます」と謝罪しました。
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同社は、本は「職場や組織に『困った人』が少なからず存在する現実に基づいて執筆されている」とし、内容については「どのような姿勢で臨めばトラブルの発生を回避しつつ、当人と上手に付き合うことができるか」を論じていると説明。
寄せられた批判に対しては「病気や障害の有無にかかわらず、人は誰しも誰かにとっての『困った人』となりえます。それを念頭に『相手を知ろうとする姿勢』や『お互いさまの精神』が重要である、との視点に立っています」と見解を示しました。
動物を擬人化したイラストについては「『困った人』と『困っている人』という対比を人間の表情や姿勢等で表すことには限界があることから、『困った人』を愛らしい動物に置き換えるという表現にしました」と経緯を記しています。
発表では著者の神田氏のコメントも掲載され、同氏は「さまざまなご批判があることを承知している」としたうえで、自身も含めて発達障害の特性傾向が見受けられるとし、「差別意識や偏見などはまったくない」と意図を伝えました。また、「私は、医師ではないので、もちろん診断はできない」としながら、「(本の中で)ASD的な言動を事例としていくつか出している」と説明しています。
同氏は本を通じて「知ることの大切さ」を伝えたかったとし、表紙のイラストについては「愛おしいもの、ピュアなものの象徴としてとらえており、差別的な意図はまったくありませんでした」としています。
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●識者「上から目線で『動かす』のではなくサポートが必要」
一連の動きを、識者はどう見ていたのでしょうか。ねとらぼ編集部は、『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書)など発達障害に関する書籍を複数出版しているライターの姫野桂さんに見解を聞きました。
姫野さんは「発達障害はグラデーション状の障害であり、『この人はこんな特性があるから発達障害』と素人が言い切ることはできません。例えばケアレスミスや忘れ物が多い人はADHDと思われがちですが、これは健常者にも当てはまることです」と、専門家ではない著者が発達障害を論じることなどを問題視。「(書籍の)帯に使われているような文言は障害や疾患に偏見を助長することに繋がる」と懸念を示しました。
また、表紙イラストの「擬人化」についても「障害や疾患を持つ人がナマケモノやチンパンジー、羊といった動物のイラストで描かれていますが、これは障害者差別だと言ってもいいと思います」と見解を伝えました。
発達障害の人たちが「困った人」とラベリングされ、そうした人たちへの対処方法を記載しているという点については「発達障害は生まれながらの脳の偏りが原因であり、うつや適応障害は困っているからこそ患った病気です。『困った人』たちは『困っている人たち』であり、上から目線で『動かす』のではなくサポートが必要です」と持論を示しました。
出版社側は発表を通じて「困った人」を知る姿勢が重要だとの立場を示したものの、姫野氏は「具体的な障害や病気名を出している時点でアウトではないでしょうか」と指摘。出版社側の見解を踏まえてもなお「発達障害や精神疾患のある人へのスティグマ(差別や偏見)を助長する可能性の高い本だと感じた」と語りました。
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