雑誌「クロワッサン」2025年4月10日号(マガジンハウス)より、吉田戦車のエッセイコミック『弁当を作る男』の連載が始まっており、これがなかなか面白い。“弁当を作る男”とは、吉田自身のことであり、彼が毎朝、中学生のひとり娘の弁当を作るために孤軍奮闘していた頃(2022年頃?)の様子が、独特なギャグを交えて綴られている。
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なお、吉田戦車といえば、90年代初頭の漫画界で一大ブームになった、「不条理ギャグ漫画」の牽引者の1人であるが、近年のおもな作品は、(くだんの『弁当を作る男』に限らず)「食」や「家族」といった日常的なテーマを取り入れたものになっている。(4月4日より「ビッグコミックオリジナル」で連載が始まった『親GoGoGo』も家族との日常を描いたエッセイである。)
不条理漫画から日常物へ。これは一見大きな変化ではあるが、実は、吉田戦車の作家としての軸の部分はさほどブレていない、ともいえる。そう、吉田が90年代からいまにいたるまで一貫して描き続けているのは、日常と隣り合わせにある非日常――その2つの世界の隙間が生み出す“笑い”なのだ。
そこで本稿では、90年代初頭、吉田戦車が――とりわけ彼の出世作である『伝染(うつ)るんです。』が、いかに革新的なものであったのかを、あらためて振り返ってみたいと思う。
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「起承転結」の基本パターンを打ち崩した『伝染るんです。』の革新性
吉田戦車は、1985年デビュー。1989年から「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で連載開始した4コマ漫画『伝染るんです。』でブレイク、相原コージ、中川いさみ、和田ラヂヲらとともに、「不条理ギャグ漫画」の代表的存在の1人として、一世を風靡する。また、祖父江慎による、同作の単行本の「意図的に落丁・乱丁本に見せかけたデザイン」も話題になった。
前述のように、『伝染るんです。』では、日常と隣り合わせにある非日常が描かれ、その両者の生み出す歪(ゆが)みがギャグになっている。物語を通しての明確な主人公はいないが、ハワイに異常な執着を持つかわうそとその友達のかっぱ君、感受性の強いカブトムシの“斎藤さん”、宇宙人の兄妹など、毒がありながらもどこか愛らしいキャラクターたちが多数登場し、人気を博した。
まず、なんといっても同作が革新的だったのは、「起承転結」という4コマ漫画の基本を完全に無視した、極めて変則的な構成にあったと私は思う。
もし、いまあなたの手元に『伝染るんです。』の単行本があれば(何巻でもかまわない)、試しにパラパラとめくってみてほしいが、同作では、本来の4コマ漫画なら「結」や「転」にもってくるようなコマを、平然と1コマ目にもってきているケースが少なくないということに気づくのではないだろうか。
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そう、いわゆる“出オチ”というか、物語の自然な形での始まり(=通常の4コマ漫画の「起」の表現)を省き、最初にいきなり読者に強いインパクト(=通常の4コマ漫画の「結」ないし「転」の表現)を与え、そのままの勢いで最後まで突っ走るような作品が同作ではことのほか多いのだ(このパンクなスタイルが、既成概念や固定観念を覆す、『伝染るんです。』の内容とも妙に合っていた)。
もちろん、この手の構成の4コマ漫画を描いたのは、吉田が初めてではないだろう。しかし、「ビッグコミックスピリッツ」というメジャー誌で、こうしたアヴァンギャルドなスタイルを貫き通し、結果的に、その型破りな4コマ漫画をメジャーなものにした吉田の功績は、もっともっと評価されてもいいのではないだろうか。
◼︎吉田戦車のギャグ漫画は本当に不条理なのか
ところで、「不条理ギャグ漫画」とは何か、という話を最後にしたい。
というのも、そもそも吉田の漫画は不条理なのか、という疑問を私は昔から抱いているからだ。
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たとえば、いま述べたように、「4コマの構成が合理的ではない」(=「起承転結」という定型から大きく逸脱している)という点をもって不条理だというのならわかる。だが、一般的に吉田の漫画を不条理だという場合、それは形式ではなく、内容に対していっているのではないだろうか。
だとしたら、私は、やはり吉田の漫画は不条理ではないと思う。なぜなら、のちに発表された『ぷりぷり県』などを読めばよりわかりやすいのだが、吉田戦車という漫画家は、一見わけのわからない世界を描いているようだが、実は、1つ1つの作品を「合理的」に考えて漫画を描いているからだ。また、言い間違いや聞き間違いなどをもとにした、ベタなネタも意外と少なくない。
だから、(少なくとも私にとっては)吉田のギャグ漫画は、頭で理解できたうえで、“笑える”ものなのだ。これを不条理とはいわないだろう(つまり、吉田の漫画は、偶然性や無意識を重んじるシュルレアリスムよりも、理論に基づいて書かれているナンセンス文学の方が近いといえよう)。
たぶん、言葉の本来の意味での「不条理ギャグ」とは、つげ義春の「ねじ式」を読んで、「なんだかわからないが、笑いそうになってしまう」感覚がいちばん近いように思う(むろん、「ねじ式」はギャグ漫画ではないが、この笑いを誘発する感覚を活かして、江口寿史は「わたせの国のねじ式」という傑作パロディを描いた)。あるいは、榎本俊二の『GOLDEN LUCKY』のような、人によってはその“笑い”がまったく理解できない突き抜けた作品をこそ、不条理ギャグと呼ぶべきだろう。
いずれにせよ、吉田戦車は、90年代初頭に、4コマ漫画の方法論を革新した。しかし、それは、一般的に思われているような、不条理ゆえの新しさではなく、形式的にも内容的にも、極めて合理的に考え抜かれたうえでの革新だったのである。
(文=島田一志)
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