
高校通算本塁打の本数を聞くと、櫻井ユウヤ(昌平)は無邪気な笑顔で「40本です」と答えた。
40本──。その本数の重みを噛みしめる。
櫻井の打球を見れば、その本数にもうなずけるはずだ。身長180センチ、体重87キロの分厚い肉体でバットを振り抜くと、強烈な打球音が球場中に響き渡る。
【スラッガー不在の時代へ】
2024年3月に低反発の新基準バットが高校球界に導入されて以降、本塁打の数が激減している。それと同時に、派手な本塁打数を誇る高校生スラッガーも減少した。
昨年のドラフト会議で打撃力を高く評価された石塚裕惺(花咲徳栄→巨人1位)は通算26本塁打、柴田獅子(れお/福岡大大濠→日本ハム1位)は通算19本塁打、モイセエフ・ニキータ(豊川→ヤクルト2位)は通算18本塁打だった。
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例外と言っていいのは、通算48本塁打を放った森駿太(桐光学園→中日3位)。ただし、その半分以上は新基準バット導入以前に放ったものである。
高校生活の大半が新基準バットでのプレーになっている現高校3年生は、より通算本塁打数が減っている印象がある。今春の選抜高校野球大会(センバツ)では、プロスカウトが注目するような3年生スラッガーはほとんどいなかった。大会後に実施されたU−18日本代表強化合宿で圧倒的な長打力を見せつけた田西称(たさい・とな/小松大谷)が通算22本塁打と聞き、「多いな」と驚かされたのも記憶に新しい。
その田西は大学進学希望を表明しており、落胆するスカウトも多かった。それだけに、櫻井の「40本」という数字にはインパクトがあった。櫻井は「ドラフト1位でプロに行くのが夢」と語るように、高卒でのプロ志望を打ち出している。
もちろん、高校通算本塁打の本数は、あくまでも「目安」でしかない。練習試合の数、使用グラウンド、対戦相手のレベルなど、チームによって事情が異なる。単純に本数を比較するのはナンセンスだろう。大阪桐蔭のように、「B戦(二軍クラスの練習試合)の本塁打数はカウントしない」といった方針のチームもある。
それでも、新基準バットで積み上げた櫻井の「40本」には価値がある。櫻井はこう言ってのけた。
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「新基準バットになって、こすった当たりのホームランが減りました。でも、しっかりととらえれば、打球の速さは変わらないです。ごまかしがきかないので、新基準バットのおかげでたくさん練習できます」
【中1で見せた驚愕の飛距離】
筆者が櫻井を初めて見たのは、今から4年前の春先だった。当時、櫻井は硬式クラブ・日光ヤングスワローズ(栃木)に所属する中学1年生。タイ国籍の両親を持ち、身長174センチ、体重89キロのガッチリとした体形だった。竹バットでロングティーをすると、91メートルのフェンスを越える打球を連発。最長で115メートルほども飛ばすと聞き、強い衝撃を受けた。
その後、櫻井は埼玉の強豪・昌平に進学する。スカウトを受けたわけではなく、「自分の行きたい学校を選ぼう」と学校側に自らコンタクトを取ったのだという。
「プロに行くことが絶対だと考えていました。あとは甲子園に行ける可能性があって、1年生からでも試合に出られるかもしれないチームで、練習の雰囲気がすごくいい昌平に『行きたい』と思いました」
櫻井は1年時からレギュラーとして起用され、ステップを踏んでいる。昌平の岩崎優一監督は、櫻井の資質をこう評する。
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「スラッガーとしてもともとすばらしい才能を持っていましたが、1年時は粗削りで穴の大きなバッターでした。今はスイングや思考面で成長して、2ストライクと追い込まれてからでも四球を取れるなどスキがなくなってきました。高校野球で結果を出したいと思うと、どうしてもバッティングが小さくなってしまうところがあります。彼には上の世界で頑張ってもらいたいので、しっかりとスイングするよう伝えてきました」
岩崎監督自身、身長185センチの巨体で、社会人の強豪・三菱重工名古屋で活躍した右の長距離砲である。
近年のアマ球界では、バットが下から出てくるスイング軌道のスラッガーが目立つ。だが、櫻井は上から叩くでも下からかち上げるでもなく、レベルの軌道でバットが出てくる。大きなアクションをとることもなく、ごくシンプルなフォームという印象を受ける。岩崎監督に聞くと、こんな反応が返ってきた。
「選手には『いかにレベルで振れるかが大事だよ』と伝えています。上の世界を見ても、成功している選手は結局シンプルなバッティングをしていますよね」
【憧れの甲子園へ、焦がれる想いと覚悟】
櫻井の課題は守備面だったが、この冬場に徹底的に技術面から見直してきた。櫻井はその手応えを語る。
「昨夏はファーストだったのが悔しくて。将来のことを考えると、サードを守れないと厳しいと思って練習しました。岩崎先生から『きっかけをつかめ』と言ってもらって、グラブの捕球面をボールに向けるとか、基本的なことを何度もやってきました。スローイングはピッチャーをやらせてもらうなかで、だんだんよくなってきました」
投手としても、最速140キロを計測するという。4月14日に行なわれた県大会の東部地区予選・獨協埼玉戦では、打っては2打数1安打2四死球1盗塁を記録。守っては三遊間寄りのゴロを流れるような動きで処理するなど、3本の三塁ゴロをさばいた。チームは7対0(8回コールド)で勝利し、県大会進出を決めている。
チーム内には東川一真というドラフト候補もいる。身長193センチ、体重97キロの巨体だが、身長の伸びはまだ止まっていないという。筋力的に未成熟にもかかわらず、最速144キロを計測。それでいて制球力が高く、ゲームメイク能力が高い点をスカウト陣から評価されている。
櫻井は「東川とは一番仲がいいので、一緒にプロに行きたいです」と語った。
今春のセンバツで浦和実がベスト4と躍進した話題を振ると、櫻井は焦れたような笑顔でこう語った。
「出たくて出たくて、しょうがないんですよ、甲子園。浦実がうらやましかったですね。去年の夏が終わってキャプテンに任命されて、『このままじゃダメだ』と思って、自分のことだけじゃなくチームのことを考えるようになりました。甲子園は夢なんで、なんとかチームとして行きたいですね」
昌平にとっては、春夏通じて初の甲子園まであと一歩に迫る時期が続いている。悲願の聖地にたどり着けるかどうかは、櫻井ユウヤという逸材がカギを握っている。