品数がありすぎて栄養成分表にも見える ちょっとだけ飲んでから帰りたいけど、わざわざ居酒屋に行くほどではない――。そんなときに重宝するのが「ちょい飲み」のお店だ。吉野家の「吉呑み」を筆頭に、最近ではファミレスやファストフード、大衆中華チェーンなどでもちょい飲みセットを提供するところが広がっている。
日常的に酒場へ通い、酒にまつわる連載や本を多数執筆している酒場ライター・パリッコさん(@paricco)。普段は地元に密着していて、単独ではちょっと入りづらいような個人店を取り上げている彼に、ベタなチェーン店で飲んでもらう連載「パリッコのチェーン店ひとり酒」。
第10回に取り上げるのは、干物定食チェーン「しんぱち食堂」。最近街でよく見かける同チェーンには、目を疑うような値段のメニューの数々が……。
◆言い訳を頭のなかでくり返しながらたどり着いたのは…
4月上旬だというのに、春を通り越して初夏がやってきてしまったかのような、あまりにも気持ちの良い天気の日だった。朝、仕事場へ向かおうと家を出た瞬間に思う。
どこかに行ってしまいたい……。
こういうとき、気ままなフリーライターというのは実にありがたい立場だ。仕事場といったって、個人で借りている小さなアパート。今日そこに出勤しなくても、僕を怒る人はいない。
当然、原稿の締め切りなど諸々に関しては自分の首を絞めることになるけれど、もうがまんできない! それに、こういう無意味な行動が頭をリフレッシュさせてくれ、新しいスポットや店と出会わせてくれ、それがまた次の仕事の糧になってゆくはず。そんな、誰も聞いていない言い訳を頭のなかでくり返しながら、僕はすでに仕事場とは別の方向に歩きだしていた。
気のおもむくままにふらふらと散歩すること数十分。たどり着いたのは、西武新宿線の上石神井駅。ここから無意味に電車に乗ってみるのもいい。なんたって天気がいいし。というわけで、ちょうどやってきた電車に飛び乗ってしまい、終点の田無駅で降りる。
◆生ビールが165円!?
改札を出ると、駅ビルに「しんぱち食堂」があった。まだ午前9時ほどなのに、すでに営業中。どうやら「朝定食」が提供されている時間帯のようだ。
まだ入ったことはないが聞いたことはある。確か、干物を中心とした定食が大人気の定食屋だった気がする。
ほ〜ら、いきなり良い出会いがあった。僕はふだん朝食を食べないので、焼き魚を中心としたちゃんとした朝ごはんなんて、いつ以来食べていないだろうか。これはもう、入ってみるしかない。
などと外観を眺めていて、もうひとつ我が目を疑うような事実に気づく。なんと、生ビールが1杯税込165円!? 激安大衆酒場でもそうそう見ない安さだ。あくまで定食を頼んだ人のためのサービスメニューのようだけど、そもそもこの店で定食を頼まない人なんていないだろう。
不安要素は、朝の時間帯にアルコールが提供されているかどうかだけど……もしも頼めたら、“健康的に朝食を食べる朝”から“それをつまみにして飲む朝”に方針変更だ。がぜん盛り上がってきたぞ。いざ、おじゃまします。
◆立派な定食が「561円」で!
結論から言ってしまうと、生ビールは提供されていた。そして、驚きポイントはそれだけではなく、しんぱち食堂は想像を超えた朝飲み天国だった。ぜひ、その素晴らしい日のことを記録させてほしい。
まずはメニュー選び。店内の多くの人が頼んでいる朝定食を見ると、これが驚きのお得さ。
・朝イワシ定食
・朝さば文化干し定食
・朝じゃけ定食
・朝ぶたばら目玉定食
メインのおかずに、ごはん、みそ汁、漬けものがついて、どれも561円。豚肉が大好物の僕的には、まさかの「朝ぶたばら目玉定食」の存在に強烈に惹かれたが、今日は初めてのしんぱち、ここはやっぱり魚ものを選んでおこう。よし、「朝さば文化干し定食」で!
で、さらに驚きなのがその下にあるサイドメニューの存在。どれもこれも酒のつまみになりそうで、しかもそのほとんどが、1品33円? 朝限定の価格のようだけど、ほ、ほんとに!?
◆「1品33円」の小鉢軍団がお得すぎる
ね? おそろしくないでしょうか? テンションが上がりすぎて、思わずほぼ全部のボタンをだだだっと押してしまった。
するとすぐに、小鉢軍団がビールとともに到着。生玉子と納豆がまだやってきていないのは、定食と合わせたほうがベターだという店員さんの判断だろう。その心遣いもありがたい。
朝から始まってしまった。テーブルの上がいきなり朝9時台とは思えない光景になってしまい、ちょっとドキドキ。周囲のお客さんに奇異の目で見られていないだろうか? しかし、ちらりと見回してみると、完全に杞憂だった。誰も僕のことなんて気にしていないし、みんなそれぞれが頼んだ料理に集中し、一様に幸せそうな顔をしている。定年退職後のお父さんやご夫婦にも見えるお客さんを中心に、朝ビールを飲んでいる人もけっこういる。いい店だな、しんぱち食堂。
それにしても、あらためて上の写真を見直してみてほしい。なんとこの段階での合計金額、ビールも合わせて、363円!
細めでしゃきしゃき食感のきんぴら、優しい味つけで量も申し分ないいんげんのごまあえ、居酒屋ならば一品料理として大きな顔をしている冷奴、どれもこれも良いつまみになり、ビールがすすむ。でまた、このビールがきっちりとうまいんだ。
また、僕は晩酌のつまみに、わかめを刺身のようにわさび醤油で食べるのが好きでふだんからやっている。が、しんぱちには「醤油マヨ」のバリエーションがあり、興味があるのでそちらを選んでみた。
するとこれもいい! マヨに七味をちょっとかけると抜群で、晩酌おつまみのバリエーションを増やしてもらえて感謝だ。
◆ビールは2杯目に突入
そんなことをしていたら、メインの定食もやってきた。ビールをちょうど飲み干してしまったタイミングだったので新たに注文し(当然165円!)、目の前に現れたのがこの光景だ。
ちなみにごはんは、並盛りの他、少なめの「半割り」というのがあって、飲みメインの僕はそれを選んだ。なのでここにきて初めて告白するけれど、この朝定食のメイン部分、通常価格である561円から55円引きの、なんと506円! すごすぎるぞ、しんぱち食堂……。
あと、ひとつだけ注意点。メニューでも推されていた、白米から玄米への変更。僕もより健康的に玄米でいこうかなと思っていたんだけど、タッチパネルには項目がなく、そこだけは注文後に店員さんに直接伝えないといけないシステムらしい(というかメニューにもそう書いてある)。今回はうっかりしてしまったけれど、次回はぜひそうしよう。ま、白米大好きだからいいんだけど。
◆しんぱち食堂でなにより嬉しいのは…
これまでもさんざん幸せな気分を味わわせてもらっているけれど、やっぱりしんぱち食堂でなにより嬉しいのは、焼きたての魚料理が食べられることだろう。こんがりと焼き目のついたそれは、ほとんどの店舗で炭火焼きされているそう。かつての日本では当たり前だったことかもしれないけれど、現代においてはこの上ないぜいたくと言えるだろう。
ちなみに「文化干し」とは、一般的な天日干しとは違い、塩水に漬けた魚を機械によって冷風乾燥させた干物のこと。焼いても身が縮まずジューシーなことが特徴。というのは、今原稿を書きながら調べていて初めて知ったことなんだけど、文化干し、確かにすごかった。
ぱりりと皮目に箸を入れて割り、蒸気の上がるその身をひと口かじると、ふわっとした食感ととももに、さばのジューシーな旨味があふれ出す。素直にうますぎる。こりゃあ人気がでるはずだわ。そんなさばと、醤油をたらした大根おろしとの相性なんて説明するまでもなく、すかさず白米をほおばれば、まさに“おさかな天国”。しかもそこから間髪を入れず、キンキンの生ビールまで飲めてしまう。
◆やりたい放題やったのに、お会計はまさかの…
店頭のサンプルなどと比べてみたところ、朝定食は値段も安いぶん、魚の身も小さめサイズで出しているようだ。しかしそれが朝食としても、そして酒のつまみ的にも、むしろちょうどいい。
あとはただひたすらに、あっちをつっつき、こっちをつっつき、ビールをぐびぐびやるわくわくタイム。ただし、個人的に、あまりにおかずがうまいからと米を食べきってしまうことはがまんしておいた。なぜならば、最後に残しておいた半膳ほどで玉子かけごはんを作り、それをも酒のつまみにしてやろうという魂胆があったから。
実は僕、この玉子かけごはんをつまみにすることこそ、定食屋飲みにおける真骨頂と思っている節がある。誰に押し付けるでもなく、ひとりで勝手にそう思っているだけなので、ぜひそっとしておいてほしい。
と、やりたい放題やって心の底から堪能し、身も心も大満足。
さて、最後にもう一度、今日の朝飲みで使った金額をふり返ってみよう。いいですか? 落ち着いて聞いてくださいね? すべての料理と生ビール2杯、ぜ〜んぶ合わせて、お会計、なんと1,100円!
僕のように朝から酒を飲んでしまうようなダメ人間は読者の方のなかには多くないと思われますが、なにしろ魚料理が絶品で(とはいえ次回はぶたばら目玉も食べてみたい)、生ビールはいつでも165円。しんぱち食堂、おそれいりました。
<TEXT/パリッコ>
―[チェーン店ひとり酒]―
【パリッコ】
1978年東京生まれ。酒場ライター。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター・スズキナオとのユニット「酒の穴」としても活動中。X(旧ツイッター):@paricco