最強のおとぎ話「桃太郎」はどうつくられた? 神話・怪異・伝承・史実……ルーツを紐解く

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2025年04月25日 13:00  リアルサウンド

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(左から)漆原侑来『桃源暗鬼(23)』 (秋田書店)、朝里樹 (監修)、えいとえふ (著)『日本怪異伝説事典』(笠間書院)
■「桃太郎」にはどんなルーツがある?

 誰もが知っているおとぎ話「桃太郎」を下敷きにした人気コミック『桃源暗鬼』のアニメ化が発表された。同じく桃太郎を下敷きにした『ピーチボーイリバーサイド』もアニメ化されており、間接的・部分的に桃太郎を引用した作品となると『鬼灯の冷徹』、『幽☆遊☆白書』などもその範疇に入る。「桃太郎」は単に有名なおとぎ話ではなくフィクションの素材として大いに受け入れられている。今回はアニメ、漫画の題材としてもたびたび登場する「桃太郎」の伝説についてそのルーツを紐解いていく。


  桃太郎の伝承に関しては思いのほか書籍が少なく、今回は主に朝里樹 (監修)、えいとえふ (著)『日本怪異伝説事典』を参考にした。桃太郎の伝説は主に岡山県に伝わっているが、香川県など他県にもまたがっており同書のいくつかの項目を参考にした。鬼の由来に関しては小松 和彦 (監修), 飯倉 義之 (監修)『日本の妖怪』、小山 聡子 (著)『鬼と日本人の歴史』を主に参照している。


■イヌ、サル、キジのルーツ

  桃から生まれた桃太郎がきびだんごを与えて犬、猿、雉を従え鬼ヶ島の鬼たちを懲らしめる。鬼は「財宝をあげるから命は助けてほしい」と懇願し、桃太郎は鬼から受け取った宝物を故郷に持ち帰る……めでたしめでたし。これがよく知られる桃太郎の物語である。


  桃太郎の物語には原型がある。日本神話に登場する吉備津彦命(きびつひこのみこと)が温羅(うら/おんら)という鬼を退治した伝説である。吉備津彦命は『古事記』『日本書紀』によると第7代孝霊天皇の皇子とされ、弟の稚武彦命(わかたけひこのみこと)ともに吉備国(現在の岡山県)を平定したと記録されている。漫画『ピーチボーイリバーサイド』に出てくるキビツミコトの名前の由来である。伝わっている吉備津彦命の鬼(温羅)退治は下記のような話だ。


  当時の吉備国では百済の王子・温羅の一族が鬼ノ城を根城に暴虐の限りを尽くしていた。温羅は身の丈4メートルを超える巨体で、妖力を操った。吉備津彦命と温羅の戦いは拮抗したが、吉備津彦命が放った矢の一本が温羅の片目に刺さり、温羅はたまらず鯉に変身して逃げ出した。吉備津彦命は鵜に変身して鯉に嚙みつき、温羅を捕らえて首を刎ねた。首を刎ねられた温羅は首だけになってもうなり声を上げ続け、骨だけになっても声はやまなかった。そこで吉備津彦命はその首を釜殿の下に埋めた。すると吉備津彦命の夢に温羅が現れ「私の妻に神饌を炊かせてほしい。そうすれば釜の音で世の中の吉凶を占おう」告げた。この伝説は吉備津彦命を主祭神とする吉備津神社(岡山県岡山市)の儀式「鳴釜神事」として再演されている。


 桃太郎のルーツが吉備津彦命なら、お伴のイヌ、サル、キジのルーツは吉備津彦命の家臣たちにある。吉備津彦命は犬飼健命(いぬかいたけるのみこと)・楽々森彦命(ささもりひこのみこと)・留玉臣命(とめたまおみのみこと)の3人の家来を連れて温羅を退治したと伝わっている。犬飼健命がイヌはわかりやすい。楽々森彦命、留玉臣命についてはこの二人がそれぞれ猿飼部(さるかいべ)、鳥飼部(とりかいべ)という朝廷の役職に就いていたからとの説がある。鳥飼部については「朝廷の求めに応じて、鳥類の捕獲および捕獲した鳥類の飼育・養育に従事した役職」との記録が残っているが、筆者の調査した限り猿飼部という役職はわからなかった。吉備津彦命の父とされる第7代孝霊天皇は実在が定かでないようなレベルの人物である。仮に吉備津彦命の吉備国平定が事実だったとしても、欠損している記録が相当量あると考えた方がいいだろう。鳥飼部が実在したのなら、猿飼部も実在したかもしれない。


 岡山市の犬島にも桃太郎に関連する伝承がある。家来の犬は航海術に優れており、桃太郎が鬼ヶ島に渡るのを助けた。この「犬」は「犬島の船乗り」に由来するとの説がある。お伴のイヌ、サル、キジは陰陽五行説により、犬猿酉が鬼門(風水で鬼が出入りする方角)とちょうど反対方向の方角だからという説もありはっきりしない。逆に考えるといくらでも解釈のしようがある。これはフィクションの題材としては都合のいいことだ。桃太郎は知名度の極めて高い伝承だが、知名度が高いことに加えて解釈の余地を多く残していることもフィクションの題材として好まれる理由なのだろう。


■似て非なる桃太郎の存在

  香川県高松市の一地区である鬼無(きなし)にはよく知られるものとは似て非なる桃太郎伝説が伝わっている。


  鬼無町の郷土史家・橋本仙太郎氏が1914年に女木島で巨大な洞窟を発見した。洞窟は人工のものであり、紀元前100年ごろにつくられたと推定されている。誰が何の目的で作ったのか不明だが、伝説では鬼が住んでいたとされている。橋本仙太郎氏は鬼無の地名は桃太郎が鬼退治をしたことで鬼がいなくなったことに由来すると主張している。鬼無町の伝説では桃太郎は吉備津彦命ではなく、鬼無の熊野権現に祀られている稚武彦命(わかたけひこのみこと)とされている。吉備津彦命の弟で共に吉備国を平定したとされる人物である。※稚武彦命は吉備津彦命と称されることもあるが、その呼称では一般に兄の彦五十狭芹彦命(大吉備津彦命)を指す場合が多い。


  犬、猿、雉の由来は吉備津彦命の家来でも、陰陽五行説に基づく方角でもなく、猿王(綾歌郡綾川町陶)、犬島(岡山県)、雉ヶ谷(高松市鬼無町)の出身者が稚武彦命に仕えたからとのことだ。吉備津彦命とは異なるが、こちらもかなり桃太郎のルーツらしく見える。熊野権現は「桃太郎神社」の愛称で親しまれ、境内には桃太郎と御伴たち、おじいさん、おばあさんの墓もある。神社の近くには「鬼ヶ塚」と呼ばれる鬼の墓もあるそうだ。


  よく知られる話と鬼退治の経緯も異なる。絵本などで語られる桃太郎は最初から鬼ヶ島を目指しているが、香川の桃太郎伝説では物語は桃太郎が鬼に苦しめられていた里に旅の途中で立ち寄ったところかろから始まる。桃太郎は里の娘と恋仲になって定住し、猿王、犬島、雉ヶ谷から集まったお供とともに鬼ヶ島に向かう。桃太郎は鬼たちを殺すことなく懲らしめて里に戻るが、鬼たちが復讐に来たので桃太郎はすべての鬼を殺し鬼は鬼ヶ塚に葬られたという。鬼が持っていた宝物の話は香川バージョンの桃太郎には出てこないし、桃太郎は里帰りもしていない。稚武彦命は兄の吉備津彦命(大吉備津彦命)による吉備平定に付き従った際の伝承が各地に残っている。鬼無の鬼退治伝説のルーツはそこにあるのかもしれない。


■鬼はそもそも何者なのか?

  桃太郎の起源は吉備津彦命、稚武彦命にある。イヌ、サル、キジの起源は諸説あってはっきりしない。では、鬼の起源はどこにあるのだろうか? 鬼の起源は元を辿ると古代の中国にある。


 「鬼」は音読みすると「キ」だが、元は「帰(キ)」で現世に「帰」ってきた霊魂、すなわち幽霊を指していた。また、目に見えないが人に危害を加える病などのことを指し、「鬼(オニ)」は「隠(オン)」がなまったものという説もある。人気漫画『キングダム』に、傷口の応急処置をしながら「傷口に小鬼が入る」と河了貂が言っている描写があった。『キングダム』の舞台は春秋・戦国時代の末期(紀元前3世紀)だが、鬼が悪しきもの全般を指すという思想は古代中国からあったものと思われるので、この表現は当時としては自然なものだったのだろう。節分の豆まきで「福は内、鬼は外」と言うのは平安時代の宮廷儀式「追儺」に由来するがここで言う「鬼」は「病気や自然災害をもたらす悪しき存在の象徴」という意味合いがある。


  日本で角を生やした恐ろしい形相の鬼が誕生したのは仏教伝来以降で、そのビジュアルイメージは仏教の守り神である夜叉や羅刹に影響を受けている。夜叉も羅刹も元は邪悪な魔物である。虎の毛皮の腰巻をつけているのは風水の鬼門(鬼が出入りする方角)が、丑寅の方角に当たることから来ている。現在一般的な鬼のイメージが完成したのは、鎌倉時代と言われている。具体的な鬼の伝承と言えば、安達ケ原の人食い鬼や大江山の鬼の首魁、酒呑童子などが有名どころだろう。記録的な大ヒット作になった『鬼滅の刃』の鬼は、日の光の下で生きられない吸血鬼の設定を取り入れたハイブリッド設定だが、鬼が人を食うイメージは安達ケ原の人食い鬼などのイメージに由来するのだろう。


  また、「鬼=日本に渡ってきた外国人だった」という俗説もある。岡山県総社市の鬼ノ城には山城の遺構が残されている。歴史書に記録が無いため詳細は不明だが、百済から渡来した技術者が築いた朝鮮式の要塞だったという。吉備津彦命に退治された温羅は百済の王子との伝説だが、そのルーツは朝鮮からの渡来人(外国人)だった可能性がある。古代には勅撰の歴史書に、鬼の出現が記録されている。『日本書紀』に544年、佐渡島に日本列島の北方にすむ種族「粛慎人(みしはせびと)」(アイヌやツングース族を指すなどの説がある)が上陸した際の事件が記されている。島人たちは粛慎人を鬼だと恐れて近づかなかったが、そのうちに島の人間がさらわれてしまったという。戦時中には「鬼畜米英」などというアメリカ人とイギリス人にとっては実に失礼な表現が使われたが、ここに「鬼」の文字が入るルーツは鬼=外国人の俗説にあるのかもしれない。


  人気漫画『ミステリと言う勿れ』の映画化されたエピソード「狩集家遺産相続問題」では一族の因縁を脚色を交えて描いた劇中劇の場面があったが劇中劇の「鬼」は文脈からして外国人だったのだろう。前述のとおり鬼は日本に渡ってきた外国人という俗説があるが、『ミステリと言う勿れ』に出てきた鬼はそういう存在だったのかもしれない(劇中で明らかになっていない)。伝承はあやふな部分を残し、多くの解釈の余地がある。鬼の解釈一つとっても多くの姿があるのだ。



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  • 諸説あると云われているが、大威𢸍八連制覇に於いて一号生筆頭剣桃太郎が大豪院邪鬼を打ち破ったことが起源であるという説が支配的である。
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