4月8日に鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)で開催されたF1日本グランプリは、トップチームの一角であるレッドブル・レーシングのドライバーに日本人の角田裕毅が抜てきされた直後であること、さらに鈴鹿サーキットを所有する本田技研工業にとってもチャンピオンチームとの協業最後の年ということもあり、大きな盛り上がりを見せた。
フォーミュラ1(F1)が世界最高峰の技術を集めたレーシングカーによるレースイベントとして、過去にも最新のコンピュータテクノロジーが応用されてきたことは多くの読者が承知しているだろう。
しかし、ひとことで“最新のコンピュータテクノロジー”と言っても、その使われ方は変化している。
筆者がF1に関連したテクノロジー取材をしたのは、小林可夢偉選手が表彰台に上がった2013年以来のことだが、その間にF1におけるテクノロジー活用は想像以上に変化していた。
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●世界中のサーキットを転戦するF1の“共通リソース”
F1の全体像を理解するために、F1が(常識的には)かなり特殊な運営形態を採用していることからお伝えしておきたい。“F1を支えるテクノロジー”を考える上で、極めて重要な部分だからだ。
F1というレースイベントは、驚くほど幅広いリソースをシーズン中、一貫して確保した上で“全てのリソースが”世界中を移動しながら運用されている。
VIPゲストをもてなすパドッククラブの椅子、テーブル、グラス、お皿、料理人から料理の給仕担当者などに始まり、各種セキュリティゲートのシステム、果ては関係者をサーキットに送迎するドライバーなど、本当にあらゆるリソースが世界中を巡っている。
これはF1を支えるテクノロジー基盤にもいえることだ。F1のイベントを支える技術インフラも独自に開発され、どのサーキットでも同じものが運営されている。
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タイム計測用センサーなどタイミングシステムも、サーキットに固定で埋め込まれたものではなく、F1独自のシステムが用意され、フライング検知センサーなども含めて各地に展開されている。
例えば、走行タイムのデータにしてもサーキットのセクターを大まかに分割したタイム表示だけでなく、その細分化された“ミニセクター”のデータまで精密に計測し、即座にチームや映像メディア、モータージャーナリストなどに提供されることで、より高度な戦略分析や解説が可能になっている。
映像配信も基本的には同じだ。コーナーの縁石やコース端のウォールに埋め込まれたカメラなど、さまざまな“特化型カメラ”がサーキット各所に設置され、F1独自ののシステムで制御、運用されている。
この大量に集められた映像、センサーなどからのデータは、単に放映/配信されるだけでなく、チームが戦略を立案するための貴重な情報源として共有されるものだ。
英国にあるデータセンターには、週末に開催されるレースごとに膨大なデータがストリーミングされ、即座に分析され、必要な形で各チームにフィードバックされる。そのサイクルの早さ、正確さ、安定性を支えるために、Lenovoが提供するサーバおよびPCなどが利用されているというわけだ。
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●チームスポーツとして複雑化するF1
現在のF1は、“チームスポーツ”として高度に戦略化されている。レースでで車を走らせるのはドライバーだが、かといって天才ドライバーの力量だけで勝敗を決することはない。
今回の日本グランプリでも、レッドブル・レーシングのマックス・フェルスタッペン氏が天才的な走りでポールトゥーウィンを飾ったが、彼の走りの背景にはチームを支えるさまざまなスタッフ、エンジニア、そしてテクノロジーがある。
現代では多数のエンジニアやアナリストがコンピュータを駆使し、センサーなどが集める大量の細かなデータを解析、レースカーのセットアップを最適化し、戦略を組み立てる。
例えば、予選でのワンラップのタイムアタックでも、タイヤのコンディション、コース上の混雑状況など、さまざまな要素を考慮しながら的確な指示をドライバーに送らねばならない。
最終的にドライバーにメッセージを送るのはエンジニアだが、その指示の背景には多様な情報を分析した情報がある。
もちろん、レース本番ともなればタイヤ温度、劣化の状況、タイヤ交換のタイミング、燃料マネジメント、セーフティカーの出動リスクなど、リアルタイムに複合要素を加味しながらドライバーを導いていく。
レーシングカー各部に取り付けられた加速度センサーは、コーナリング中のちょっとしたスライドも見逃さず、車の姿勢変化などを常に検出し続けている。膨大なセンサー情報と映像を、AIを含む高度な分析プラットフォームで、どのように処理し、判断するか。一瞬の遅延や誤差がレース結果を大きく左右することもある。
●F1共通プラットフォームとLenovoの役割
では、なぜLenovoはトップチームの一角をサポートするのではなく、F1全体のグローバルパートナーとなったのだろうか。
実は映像システムはもちろん、センサー、映像システム、データ収集/分析のプラットフォームなどは、F1の共通システムを通じてチームに配信される。チームによる分析そのものはチームごとに行うものだが、その基礎となるデータプラットフォーム側がある。
各チームは個別のアプリケーションやアルゴリズムで解析を進める一方、全チーム共通のタイム計測や映像、その他の情報を同じ基盤から取得しており、そのデータの正確性や情報量の多さを改善することで、個別のチームではなく“F1全体”のパフォーマンスを底上げできる。
これが、Lenovoが個々のチームではなく“F1全体”のテクノロジーパートナーを選択した理由だという。
高い品質のデータプラットフォームを維持するためには、グローバル規模で展開できるITインフラ構築ノウハウが必要で、さらにパーソナルコンピュータ(クライアント)からサーバ、ストレージ、ネットワーク、そしてAIを活用した高速な分析システムに至るまでの包括的なソリューションを提供できなければならないのはもちろんだが、転戦するどの国/地域でも均質なサポート体制が必要になる。
●“シミュレーション”から“リアルタイム分析”へ
さて、前述したようにF1におけるコンピュータの活躍というと、過去はエアロダイナミックスのCFD(数値流体力学)シミュレーションを活用し、個々のマシンの性能を向上させることがその代表格だった。
もちろんCFDが重要な要素であることは間違いない。しかし近年では、戦略領域においてより広範にコンピュータが使われ、しかもそこにAIが組み込まれ始めている。膨大なデータを瞬時に取り込み、レース中にリアルタイムでシミュレーションを走らせることで、次のピットインタイミングやタイヤ戦略などを素早く導き出す。この“リアルタイム性”こそが、現代のF1における情報戦の核心だ。
具体的な活用の手法となると、戦略面での口は重い。それぞれのチームが独自に活用している面もあるだろう。しかしグローバルパートナーならではのAIの生かし方もある。
AIは“大量の雑多なデータを意味のある情報として可視化する”ことが得意だ。車両側のセンサーだけでも膨大な種類/量のデータをリアルタイムに吐き出すが、それらに加えてF1共通のデータ基盤からえられるデータを組み合わせ、どう分析、可視化し、チームの戦略立案に落とし込むかは、テクノロジー企業の腕の見せどころといえる。
2024年の段階でAI活用が成功した事例としては、“AIカメラ映像のカラー最適化”に関するPoC(概念実証)があるという。
LenovoのAI Fast Startサービスを使い、カメラ映像をAIを用いて最適化することで、トラックサイドや縁石のカメラ、オンボードカメラなどの映像をほぼリアルタイムでカラー補正し、均質な高品位映像として、国際映像に組み込めるようになった。オンボードカメラには、こうしたAI技術の一部がハードウェアとしてマシン内に組み込まれている。
今後、さらにどのような形で応用されていくかは今回の取材の中で明らかにされなかったが、年間24戦というスケジュールの中、移動/設置/稼働/撤収を繰り返す中で、質の高いソリューションにF1側は期待しているという。
まだAIの本格的な活用、共通システムにおける役割は始まったばかりで、その成果についてディスカッションしている段階ではない。しかし、大きなトレンドとしてテクノロジー企業に期待される役割が変化していることは間違いなく、クラウド、オンプレミス、オンデバイスという三つのレイヤーでAIアプリケーションを提供する、LenovoのハイブリッドAIという技術コンセプトが今後は生きることになるだろう。
●F1とLenovoのコラボレーションが切り開く“次のステージ”
取材を通じて見えてきたのは、Lenovoの取り組みが単なるマーケティング効果だけでなく、F1全体の“基盤”を底上げしているという事実である。
F1は映像配信やファンエンゲージメントにおいて世界最高峰のコンテンツを生み出し続けているが、その背景には極めて洗練されたデータ環境とITインフラがあることは、ここまでに紹介してきた通りだ。
しかし、データ分析と活用についても同じだが、長期的な取り組みによるノウハウの蓄積なしに進歩はない。F1におけるAIの導入を加速させることで、どのような価値が生み出せるのか。
特にファンに対してより多面的なデータや映像サービスを提供する仕組みや、チームがより戦略的判断を下せるよう、共通システムにおけるAIサービスを高度化していくことが期待される。
想像を超えるセンサーや映像からの膨大なデータを制する者がレースを制する。チームによる戦いをサポートする情報戦の側面をより高めていくには、個々のチームに提供されるF1プラットフォーム全体のシステム底上げが重要だ。
取り組みが始まったAI時代の新しいF1が、この技術的な挑戦を経てどのように次のステージに進むのか興味深い。
2026年にF1は、パワーユニットを含む大幅なレギュレーション変更が行われる。その時にF1のAI活用が、どのようになっているか、来シーズンが今から待ち遠しい。
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