
新たな為替合意なるか、と注目された日米財務相会談が24日、ワシントンで行われました。特定の水準をめざすといった大がかりな合意にはならなかったものの、円安修正が緩やかに進む現在の市場動向を追認し、今後も緩やかな是正を目指すことで一致した形です。
【写真を見る】日米財務相会談、事実上、円安ドル高の『緩やかな是正』で一致【播摩卓士の経済コラム】
加藤・ベッセント会談の見どころ会談後、加藤財務大臣は「米国から為替水準の目標や、それに対する管理、枠組みの話は全くなかった」と言い切りました。トランプ政権になって、円安ドル高の是正に向けた大きな合意があるかとの観測が事前にあっただけに、まずは、それを完全に打ち消しました。
会談は通訳を入れて50分とそれなりの時間で、基本的な認識の擦り合わせが相当程度行われたと見るべきでしょう。記者会見で、加藤大臣は、細かなやり取りへの言及は避けながらも、足もとの市場動向について、ベッセント財務長官から特段の言及がなかったことを認めており、一時の過度な円安ドル高が修正されつつある現在の市場の動きを、双方が追認したことをにじませました。
また、加藤大臣は「現在行われている日米貿易交渉に関連して、為替について、引き続き緊密かつ建設的な協議を続けて行くことで一致した」と述べました。この表現は、よく練られた、示唆に富む文章だと私は見ています。「引き続き緊密に協議」と言う表現は、いつもの当たり前の表現ですが、前段の「日米貿易交渉に関連して」と言う文言は要注目です。貿易交渉は通商分野の話で、通常、為替などマクロ政策は関係がありません。敢えて、これに触れたのは、現在行われている日米貿易交渉の文脈、すなわちアメリカの貿易赤字削減という目的を踏まえて、為替について、今後も協議をしていくと言う意味です。しかも「建設的な協議」と、為替に関する声明には馴染まない言葉まで入れてあります。双方のマクロ経済にとって建設的な形で、と今後の協議に、いわば釘を刺しているのです。
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つまり、アメリカの貿易赤字削減と言う文脈で、為替水準を是正していくものの、経済にダメージを与えるようなやり方はしないことで一致したと言っているのです。すなわち「緩やかな是正」で一致した、と私は理解しました。
想いは同じでも、告白できない円安ドル高の是正は、実は、日米双方の思いです。貿易赤字削減や製造業の復活を掲げるトランプ政権にとって、高過ぎるドルは是正されるべきで、とりわけ他の通貨に比べて弱さが突出している対円レートの修正は、優先順位の高い政策に思います。
しかし、派手で不透明な関税政策によって、トリプル安など「アメリカ売り」のリスクが高まっている時に、ドル安誘導を宣言するのはあまりに危険です。
一方、日本にとっては、国内の物価高を緩やかにし、実質賃金をプラス化するためにも、円安是正は不可欠です。ただ、こちらも急激な円高は、輸出企業のマインドを悪化させ、円安是正の切り札である、日銀による利上げ=金融の正常化を難しくしてしまうので、文字通り円高への修正が望まれるのです。
その意味では、日米双方の是正願望を市場がくみ取り、引き続き、緩やかに為替調整が進むことが、当面、ベストのシナリオなのでしょう。「想い」は同じでも、「告白」のタイミングではないのです。
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急激な変動へのリスクと共に、新たな合意へのハードルが高いことも事実です。トランプ再選以来、為替調整に向けた『第2のプラザ合意』や、新たな『マールアラーゴ合意』などと囃し立てる向きがありました。しかし、そうした「大がかりな合意など無理」というのが大方の専門家の見立てです。
そもそも1985年のプラザ合意当時と比べて、為替の取引量は飛躍的に大きくなり、介入効果が限られています。世界経済に占めるG7の比重も格段に小さくなりました。何より為替調整の前提であるマクロ政策協調が実現していません。関税戦争に代表されるようにG7が協調どころか、対立している現状では、大掛かりな為替調整の枠組みなどできるはずもありません。
市場はドルを疑っている更に言えば、トランプ政権のドルに対する姿勢を市場は測りかねています。貿易赤字解消や製造業復活に向けたドル安志向があるものの、その一方で、中国を始めBRICSなどを念頭に、基軸通貨としてのドルの地位を守ることにも強い拘りを表明しています。
プラザ合意の85年のアメリカは、レーガン政権が旧ソ連と強く対峙した時代です。同盟国の安全保障へのコミットメントを疑う者はなく、多少ドル安が進もうが、強いアメリカへの信認は全く揺るがなかった時代です。アメリカへの信認が同盟国からさえ低下している時代に、トランプ政権がどのように基軸通貨の地位を守れると思っているのか、こちらが聞きたいぐらいです。
日米一致の脆弱な基盤そう考えてくると、加藤・ベッセント会談での「緩やかな円安ドル高是正」という合意も、脆弱なように思えます。関税戦争が落ち着きを見せない限り、ニュースのヘッドラインで為替が乱高下するリスクは続きます。貿易や投資の停滞も、ファンダメンタルズを反映した為替市場の健全な価格形成を妨げるでしょう。行き過ぎたアメリカの関税政策がインフレ急伸や景気減速を招けば、なおさらです。トランプ不況によって、日銀が利上げできなくなれば、「緩やかな円高」などと言ったシナリオなど、すぐに吹っ飛びかねません。
市場はすでに、そうした脆弱さを見透かしているかもしれません。
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