画像はイメージです先日、市村優汰さん(16歳)が母・篠原涼子さんとのツーショットをSNSで公開しました。彼の父は市村正親さん。離婚時、市村さんが親権を持ったことが注目されたのは、まだ記憶に新しいところ。さて、夫婦が離婚するとき、未成年の子どもがいる場合、その子どもを夫、妻のどちらが引き取るのか……そもそも離婚届に親権の所在を記入しなければ受理されません(民法819条)。
父子家庭で子どもを育てている有名人といえば、元首相の小泉純一郎さんもその一人。昨年、進次郎さんが43年間生きてきて初めて“生みの母”に会ったと告白したことも大きな話題になりました。ただ、父親が子どもを引き取って育てるケースはあくまで少数派です。
◆父親の割合はわずか「8%」
まずは論より証拠。厚生労働省の統計(2022年、人口動態統計)によると、夫婦が離婚する場合、子どもが1人のとき、母親が親権を持つ割合は全体(4.5万人)の92%(4万人)。父親の割合はわずか8%(5千人)にすぎません。ここ10年間で父親が親権を持つ割合はさらに下がっています。2012年の同統計によると、父親の割合はまだ全体(6.4万人)の13%(8千人)もいたのですが、それもそのはず。
母親が子どもを引き取った場合、父親から一度でも養育費を受け取ったケースは42%もいます(厚生労働省の2021年、全国ひとり親世帯等調査)しかし、逆に父親が母親から養育費を受け取ったケースは14%にとどまります。
父親が子どもを引き取ったのに、母親へ養育費を請求しない理由として、相手と関わりたくない(20%)、相手に支払う能力がないと思った(18%)、相手に支払う意思がないと思った(13.3%)と挙げています。このように最初から養育費をもらうことをあきらめていますが、もっと悲惨なのは母親が子どもに会う権利(面接交渉権)を有していることです(民法766条)。母親が子どもを引き取った場合、父親が子どもと面会しているケースは30%なのに対し、母親が子どもを面会しているケースは48%にのぼるのです。
◆「父が親権を持つケース」について解説
子どもを妻から守るため、必死の思いで離婚し、子どもの親権を獲得しても、元妻から養育費をもらえず、さらに元妻に子どもを会わせなければならない可能性があるのです。参考までに2012年より離婚届には「養育費の取り決めをしたか」「面会の取り決めをしたか」を記入する欄が新設されました。これは未記入のまま提出しても受理されます。
そのことを踏まえた上で、「父が親権を持つケース」はどのような家庭なのか。今回はてんかん持ちの子どもを守るために、親権を勝ち取った井上雅人さん(42歳)の相談事例をもとに、行政書士とファイナンシャルプランナーの資格を持つ筆者が解説します。
なお、本人が特定されないように実例から大幅に変更しています。また夫婦、子どもの年齢、家事や育児の役割、不和の原因などは各々のケースで異なるのであくまで参考程度に考えてください。
<家族構成と登場人物、属性(すべて仮名。年齢は現在のもの)>
夫:井上雅人(42歳) 自営業のウェブデザイナー (年収350万円) ☆今回の相談者
妻:井上玲奈(40歳) 会計事務所の一般事務(年収400万円)→勤務税理士(年収650万円)
子:井上有希人(9歳)
◆家事や育児の分担は?
雅人さんは「何とか家庭を維持してきました。妻が昇進するまでは……」と当時を振り返ります。
共働きなので、お互いに家事や育児を分担していたそうです。まず平日の食事ですが、朝食は妻が作り、夕食は雅人さんが作り、昼食はそれぞれ別。雅人さんはフリーランスでウェブデザインの仕事をしており、基本的には在宅で作業をしていました。
そのため、息子さんを学童へ迎えに行ったり、スイミングや書道、英語教室などの習い事へ送迎したりするのは雅人さんの役割。妻が帰宅するまでの間、息子さんの相手をし、宿題を教えたり、翌日の準備をするのも雅人さんの役目。妻が洗濯機を回し、衣服を干したり、取り込んだりするのも雅人さんです。
一方、休日は食事、洗濯、掃除をすべて妻が行うのです。筆者が「雅人さんの負担のほうが多くないですか?」と尋ねると、「それでも週末は身体を休めることができるので」とため息をつきます。
◆妻の夢をかなえるため、一念発起
雅人さん夫婦には特別な事情がありました。それは息子さんがてんかんの持病を持っていること。今までは雅人さんが薬を飲ませなければなりませんでした。しかし、現在9歳の息子さんは1日3回、自分で薬を飲めるようになり、雅人さんは確認をするだけ。「息子の成長が微笑ましかったです」と振り返ります。
妻の勤務先は会計事務所。一般事務としてフルタイムで働いているのですが、もともとは会計専門学校の出身。税理士試験の合格は学生時代からの夢でした。そこで「税理士に挑戦したい、3年だけ時間をちょうだい」と頼んできたのです。具体的には週末は試験の勉強をするので家事、育児をできない。雅人さんに任せたいと言うのです。妻がずっと税理士に憧れていたことは雅人さんも知っていました。
そこで「彼女の夢をかなえてあげたい!」という一心で快諾したのです。そして週末は「妻がいない生活」が始まりました。妻は朝9時に出かけると資格予備校の自習室にこもりきり。帰ってくる頃には夜の10時を過ぎていました。
とはいえ雅人さんはすでに42歳。決して若いわけではありません。平日は仕事とお迎え、休日はすべての家事と育児。ほとんど休む暇はなく、自分の時間もとらず、心身ともに疲労が蓄積する日々を送っていました。そんななか、無理がたたったのでしょうか。朝に目が覚めると首から背中にかけて激痛が。雅人さんは「ベッドから起きると左腕が上がらなかったです」と回顧します。
◆「話が違う」事態を指摘すると、妻は…
整形外科でレントゲンをとると左肩が炎症を起こしており、「いわゆる四十肩ですね」と言われたそう。ロキソニン入りの湿布を貼り、何とかやり過ごしたのですが、1度や2度ではなく、3年間で4回も同じ症状が起こったそうです。そんなふうに雅人さんは満身創痍になりながらも、必死の思いで妻を支え続けました。そのおかげで、3年かけて税理士試験のすべての科目に合格したのです。
筆者が「奥さんの試験が終わっても生活スタイルは元に戻ったんですよね」と確認すると、雅人さんは首を横に振ります。妻は税理士として登録し、勤務先で税理士業務を行うようになり、「仕事だから」と週末も出勤するように。
雅人さんが「話が違うじゃないか」と指摘しても、妻は「しょうがないじゃない」と逆ギレ。実際のところ、妻の立場は一般事務から勤務税理士へ大幅格上げされ、その分、給料も大幅に増額されたようなのです。
今まで妻は生活費として毎月10万円を入れていたのですが、「それじゃ、15万入れるから……これで文句ある!」と丸め込もうとするのです。雅人さんが「いや、お金の問題じゃないだろ」と口から発する前に、妻は姿を消してしまうという繰り返しでした。
◆収入が増えたのに、なぜ生活費はそのままなのか
不毛なやり取りが1年間ほど続いたのですが、妻はいっこうに生活費を増やそうとしませんでした。どうやら、なあなあで済まされてしまった様子です。
そこで筆者は「夫は妻の、夫は妻の所得証明書を役所で発行してもらうことが可能ですよ」とアドバイス。雅人さんは恐る恐る、市役所で申請書に記入し、提出したところ、「妻の」所得証明書が発行されました。そこには書かれていた金額は雅人さんが知っている数字の1.7倍だったのです。
雅人さんは妻の言動の一つ一つが気になり、同じ自問自答を何度も繰り返し、もう頭がおかしくなりそうでした。例えば、週末は本当に出勤しているのだろうか。勤務先じゃないとしたら、まさか男と会っているのでは? 給料が増えた分で楽しくデートをしていたら……だから生活費をなかなか上げてくれないのかも。筆者の事務所へ相談しに来たとき、雅人さんが疑心暗鬼に取りつかれた状態でした。
◆離婚が避けられない状況に突入
筆者は「まだ機は熟していませんよ」と止めたのですが、雅人さんは日曜に帰宅した妻に向かって言い放ってしまったのです。「今日はどこへ行っていたんだ!」と。妻は唖然とした感じで言い返します。「仕事に決まっているじゃないの。何言っているの?」と。
雅人さんが「そうか。分かった」と言えば、それで終わった話ですが、「嘘つきの言うことなんて信じられない!」と激高してしまったのです。そのため、妻も引くに引けず、「今日は何なの? 酷い言いようじゃない!」と大声で反撃したので、雅人さんはついに堪忍袋の緒が切れたのです。
「今までずっと我慢してきたけど、もう限界だ!」と。そうすると妻は雅人さんを励ますでもなく、「はいはい、私と別れたければ、勝手にすれば?」と捨て台詞を吐き、いったん脱いだ靴をまた履き、その勢いで出て行ってしまったのです。ここに至ってはもはや離婚が避けられない状況でした。
◆どちらが親権を持つべきか
では、息子さんの親権を雅人さんと妻のどちらが持つのが良いのか。2026年から共同親権が導入される予定です。「離婚する場合は必ず共同親権」と誤解されがちですが、単独親権、共同親権のどちらかを選ぶことができるというのが正しいです。現在は単独親権のみなので、親権者が子どもを引き取り、責任をもって育てていきます。非親権者は「面会」という形で協力することはあっても、基本的に育児を担うのは親権者のみです。雅人さん夫婦の場合、どうでしょうか?
現在、妻が担っている家事は朝食の準備と平日の洗濯(洗濯機を回すだけ)です。育児はすべて雅人さんが丸抱えしている状態です。筆者は「仮に雅人さんがすべての家事、育児を担当した場合、奥さんの代わりに朝食の準備と平日の洗濯をすれば良く、それ以外は同じですよ」と助言しました。
逆に妻が親権を持った場合はどうでしょうか。これは雅人さんがやっている家事、育児を引き受けることを意味します。今までやってこなかった夕食の準備、学童や習い事の送迎、帰宅後の相手や宿題のフォロー、そして学校や地域行事の参加、学校からの呼び出しへの対応を行うのですが、夏休みなど長期の休みはずっと息子さんと一緒です。
◆「首を縦に振らない妻」をどう説得したのか
離婚に伴って息子さんの環境をなるべく変えないことが大事です。筆者は「どちらが息子さんを引き取れば環境の変化を最小限にできるかは明らかですよね」と念押ししました。雅人さんは「息子は大半の時間を僕と過ごしており、あまり妻に懐いておらず、最近は距離をとっている感じでした」と答えます。
そのことを踏まえた上で、雅人さんは妻を喫茶店に呼び出し、親権をあきらめるように迫ったのです。「もし、有希人に「パパとママ、どっちと暮らす」と尋ねた場合、僕を選ぶに決まっているよね」と。しかし、妻はそれでも妻は首を縦に振らなかったのです。
仕方なく雅人さんは別の切り口で説得することに。雅人さんは前もって「どうしても見過ごせない落ち度があるんです」と教えてくれました。今でこそ雅人さんが息子さんの薬を管理していますが、受験前は違いました。妻が息子さんの面倒をみている日に発作で倒れたことがあったそう。妻から話を聞くと、薬を飲ませるのを忘れたと言うのです。
しかも、失念による発作は一度や二度ではありません。筆者は「そのエピソードは使えるのでは」と提案。なぜなら、もし、妻が親権を持った場合、薬の管理も妻が行いますが、また同じことが起こるだろうからです。
◆できれば離婚しないほうが望ましいが…
そこで雅人さんは妻に対して「お前には任せられない!」と声を大にして言ったのです。さすがの妻も過去に自分がやったことなので何も言い返せなかったようです。ここにきてようやく妻は息子さんを連れず、一人で出て行くことを決めたのですが、養育費として毎月4万円を払う代わりに、毎月1回、息子さんと会うことを約束し、正式に離婚が成立しました。
世の中には母性が強い女性、そうでもない女性がいます。前者の場合、何があっても子どもを守ろうとするので、夫と離婚する場合、親権を手放そうとしません。そもそも子どもに薬を飲ませるのを忘れるようなことはしません。もし、夫が親権を手に入れることができるとすれば後者の場合です。雅人さんの妻の言動を見れば分かるでしょう。
とはいえ父親が親権を持つことは、同時に子どもから母親を奪うことを意味します。どんな子どもでも目の前から母親がいなくなれば、そのショックは計り知れないほど大きいです。さらに「僕のせいでママはいなくなった」と自分を責め、精神的に不安定になったり、無断で家出をして母親に会いに行ったりするケースもあります。
つまり、なんとか離婚せず、日々をやり過ごせるなら、子どもにとってはそのほうが望ましいです。それでも離婚を選んで良いのは子どもにとって母親が「いないほうがいい」存在の場合に限られます。母親の存在が子どもに対してどのくらい悪影響を及ぼしているのかを十二分に検討することが先決です。
<TEXT/露木幸彦>
【露木幸彦】
1980年生まれ。国学院大学卒。行政書士・FP。男の離婚に特化し開業。6年目で相談7千件、「離婚サポートnet」会員は6千人を突破。「ノンストップ」(フジテレビ)、「ホンマでっかTV」(フジテレビ)、「市民のミカタ」などに出演。著書は「男のための最強離婚術」(7刷)「男の離婚」(4刷)など11冊。X:@yukihiko55 ブログ:法律でメシを食う若造のブログ Facebook:yukihiko.tsuyuki