ブロードバンド衛星通信サービスについて説明する三木谷浩史 代表取締役会長 楽天モバイルは4月23日、「日本国内で初めて、低軌道衛星と市販スマートフォン(スマホ)同士のエンドツーエンドでの直接通信によるビデオ通話に成功」と発表した。同社が目論む携帯電話のブロードバンド衛星通信サービスが、一気に現実味を帯びてきた。米・AST SpaceMobileと連携し、来年第4四半期にも開始できる見込みだ。携帯電話キャリアとして最後発の同社。サービスエリアの拡大には苦戦し続けてきた。宇宙に基地局を打ち上げる「衛星通信」サービスは、日本国土の面積カバー率を一気に100%までひっぱりあげる「飛び道具」だ。
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特別な端末もアンテナも不要で実現する衛星通信のアイディア。楽天モバイルがサービスを開始してほどなく、三木谷浩史 代表取締役会長が標榜していたものだ。現在使っている携帯電話でそのまま使える。4G LTE通信ができさえすれば機種も選ばない。音声通話はもとよりビデオ通話も可能。YouTubeのようなストリーミング動画の視聴もできる。ユーザーは基地局の切り替えを意識する必要もない。山間部や海上などで、地上基地局の電波が届かなくなった場合、自動的に衛星通信に切り替わる、というイメージだ。三木谷会長は「災害時などではこの衛星回線を、他キャリアユーザーにも開放して非常通信ができるようにすることも考えている」という。
衛星通信といえば、テレビなどで使われる衛星中継を思い浮かべる。大きなパラボラアンテナと通信設備を使って遠く海を隔てた海外ともつなげられる技術だ。地上約3万5000キロに浮かぶGEO(Geostationary Orbit=静止軌道)衛星を使って実現する。論理上3つの衛星があれば地球のどこからでも通信できる、というメリットがある。しかし衛星までの距離が遠く電波が極端に弱くなってしまうため、地上ではパラボラアンテナのような特殊なアンテナを使って通信する必要がある。当然、特別なアンテナを持たないスマホをGEO衛星に直接接続することはできない。
普通のスマホで衛星通信を実現する、という奇抜なアイディアに対し当初、「そんなことはできるはずがない」と疑問視する声が多かった。「楽天はAST SpaceMobile(旧AST & Science)に騙されているのではないか」と揶揄する声もあったほどだ。同社が挑む衛星通信はGEO衛星を使ったものではない。最近注目されているLEO(Low Earth Orbit=低地球軌道)衛星を使う。上空740kmと低い軌道で周回しているため、電波の出力も比較的小さくて済み、信号の遅延も少ないというメリットがある。
とはいえ、ブロードバンド通信を実現するためには通常、端末側にもそれなりの大ぶりなアンテナと専用機器が必要だ。衛星の数も膨大。Starlinkが提供する衛星通信サービスがこのカテゴリーに入るが、現在7000機弱の通信衛星が地球を周回し、サービスを維持している。また、auが4月10日に開始した「au Starlink Direct」は、通常のスマホと衛星を直接つないで通信できるもの。しかし中身はテキストメッセージの送受信のみ。空が見えていればつながるにはつながるが、YouTubeなどの動画コンテンツの視聴はおろか、音声通話もできない。一方楽天モバイルが目指しているのは、衛星経由のブロードバンド通信を、現状のスマホで実現するというもので、一線を画す。
なぜ楽天モバイルはそんなことが可能なのか。三木谷会長は「要は宇宙に浮かぶ巨大な鏡を使った通信のようなもの。ある種コロンブスの卵だ」と説明する。三木谷会長が「鏡」に例えるのは巨大なアンテナだ。昨年9月に打ち上げた5基の衛星は64.4m2、実用段階では実に223m2の衛星を使うという。6.2m2しかないStarlink衛星の実に36倍もある。これによって、地上の広範囲でスマホが発する微弱な電波を衛星が捉えることができるわけだ。衛星が捉えた電波は、パラボラアンテナを備えた地上のベースステーションに転送し、通信を確立させる。通信のやり取りは、地上のベースステーションがコントロールし、基地局の機能も果たす。一方衛星にはアンテナと太陽電池、中継器のみでいい。その分アンテナを大型化できるというわけだ。最終的には衛星は約50基、日本国内3カ所のベースステーションで運用する。料金体系については「まだ悩んでいる」(三木谷会長)という。
三木谷会長自身も当初「本当に動くのか」と、懐疑的な部分は少なからずあったようだ。しかし実験成功を受けて「本当に動いちゃったよ」と感想を語った。サービス開始までには、まだ50基の衛星打ち上げという最大の関門が控えている。この4月、18の航空会社で機内ローミングサービスを始めたばかりの同社。価格だけでなく、サービス面でも他社との差別化を進めている。予定通り衛星通信サービスを実現させることができれば、同社の大きな目玉になることは間違いないだろう。(BCN・道越一郎)