
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「生成AI」について。
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「生成AIが東京大学理科三類の合格水準に到達」というニュースが世間を震わせた。対象となったのは米Open AIのo1(オーワン)と中国のDeepSeekだが、遅かれ早かれ他の生成AIでも同様の結果になるだろう。医師国家試験や司法試験などの難関資格でも合格レベルにあるという。
もちろん実際に面接を受けるわけにはいかないが、昨今の進化を考えると、面接官に目隠しをして生成AIと話してもらったら、おそらく合格レベルだろうね。
話が変わるようだが、私はコンサルタントという仕事に従業している。クライアントはまず3名(社)くらいのコンサルを候補として挙げ、そこから自社に最適なコンサルを選ぶ。
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私は不思議だった。コンサル並みの知識がないから、コンサルに依頼するのだ。では、なぜ知識がないクライアントに、どのコンサルがすごいかわかるのか。
もちろんわからない。ほとんどの場合は「なんとなく、この人がいい」と直感で選ばれている。同業者間で「なぜレベルの低いコンサルが生き残っているのか」と話題になるが、理由は簡単で、論理展開のデタラメに気づかないクライアントがいるからだ。
生成AIに話を戻す。
「東大理科三類」「医師国家試験」「司法試験」というのはきわめて象徴的だ。それなら一般人の想像の範囲で「頭が良い」とわかる。逆にいえば、これからさらに生成AIの知性が上がっても、もはや「わからない」可能性が高い。
これは人間の認識の問題だ。
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私は東大理科三類を卒業した方と仕事をしたことがある。しかし、仮にその方より10倍頭が良い人がいるとしても、おそらく私は「10倍頭が良い」とは判断できないはずだ。同様に、GPT-3.5と4の大きな違いはわかったけれど、それ以上になると実感できるすごさが逓減する。
このテーマは人材育成の話にも発展するかもしれない。
今後、生成AIが頭脳にチップで埋め込まれるか、あるいは軽量ポータブルデバイスとして持ち歩くのかわからないが、全人類が東大理科三類並みの受け答えができるようになる可能性は高い。そのとき、受験やスキルアップなどの必要性はどうなるか。ある瞬間から共通意識が急激に変化するだろう。
では、残された人間はなにをするか。私は音楽とスポーツに答えがあると思う。
先日、島村楽器の方と話した。「いまさら楽器?」と思うかもしれない。しかしこの時代にあって業績は好調。理由は、相当な数の発表の場を用意しているから。初心者が集団で演奏したり、店舗でミニライブができたり、酒を飲みながらセッションできたりする。
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いまではパソコンで楽曲を生成でき、歌も乗せられる。人間の演奏に意味はない。スポーツだって、やり投げとか、幅跳びとか、何の意味もない。機械にやらせたらもっと上手くできる。ただ、その意味のなさこそが決定的に重要で、そこに興奮したり熱狂したりする。
無意味なことをやったり見たりするのは人間の根源欲求だ。だから楽器演奏とスポーツをやろう。演奏もスポーツも、いくらAIが進化しようと、自分に身体的教養がなければ他者のすごさがわからず、楽しめない。
「楽しめるかどうか」はAI時代にきわめて大切だ。無意味代表の演奏とスポーツの頂点は、今日も未来も拍手喝采をあびるだろう。